朱と交われば

日がとっぷり沈んでから帰ってきたカスザメに、明日の朝食を作れと、命令した。

「え……、なんでオレ?」
「意味はねぇ。良いから作れ」
「……なに、食べたいんだ」
「みそスープ」
「……わかった」

それだけ言うと、ソファーに座って靴紐を結び直す。
目を伏せて、ろくにこちらを見ることもしない。
アイツはそのままで、少し離れた場所にいたルッスーリアに声を掛けた。

「おいルッス、他の奴らはどうしたぁ?」
「ベルちゃんとマモちゃんは、向こうのお部屋でお寿司食べてるわよぉ。レヴィは……あらん?どこかしら?」
「……アイツ」

レヴィの名を聞いて、オレは部屋に戻ろうとしていた足を止める。
カスザメもまた、顔を上げ、眉をピクリと動かした。
懐に手を入れて、ケータイを取り出して操作する。
レヴィに掛けているのだろう。
だが繋がらなかったらしい。
のそりと立ち上がって、スクアーロはベルとマーモンのいる部屋を開けた。

「う"おい、……マーモンは?」
「しし、マーモンならさっき、レヴィとどっか行ったぜ」
「っ!あの馬鹿が!今すぐ出発の準備をしろぉ!アイツら、向こうの雷の守護者候補のとこに向かったんだぁ!」
「あらまぁ」
「ベル!マーモンに連絡しろぉ!」
「わかったー」
「モスカ!すぐに出るぞぉ!」
「……グォン」

にわかに、部屋が慌ただしくなる。
向こうの守護者候補達。
……オレも、行かなければならない。
そんな予感がした。
上着を羽織り、準備を終えたカスザメの背後に立ち、肩に手を乗せた。

「おいカスザメ……」
「う"っ……お、驚かせんなよザンザス。どうかしたかぁ?」
「……さっさと行くぞ」
「ああ……って、お前も来んのかぁ!?アイツら回収してくるだけだから、まだお前は出なくても……」
「せーんぱい、マーモンからレヴィの近くに、向こうの守護者候補が集まってるって連絡あったぜー」
「なっ……!」

スクアーロは慎重なところがある。
きっと、向こうの候補者どもを倒しに行くのは、万全に準備を整えてからのつもりだったのだろう。
だが、レヴィが向こうの候補者達と邂逅してしまう可能性がある以上は、回収して出直す、というのは難しい。
敵とて、黙って帰しはしないだろう。
ここらで、このオレの前に立とうとする馬鹿の顔を拝むのも悪くない。
上着を羽織ったオレの後から、慌てて追い掛けてくるカスども。
すぐに隣に立ったカスザメと、オレの後ろを守るように、ピッタリとついてくる3つの影を従えて、敵の元へと向かった。


 * * *


別に、オレより十も下の子供が、オレを越える程の実力を持っているとか、それらしい風格があるだとか、そんなことを思っていた訳じゃねぇ。
だが、目の前で尻込みをする小さく弱々しいガキを見て、オレは腹の底にカッと怒りの炎が灯ったことを、まるで他人事のように感じていた。
周りが止めるのも構わずに、掌に憤怒の炎を集める。

「っ!待てザンザス!」

カスザメがオレの腕を取って止めようとする。
ギロリと睨み付けても、怯むことなく見上げてきて、ゆっくりと首を振られる。
ギリギリと腕を締め付ける、カスザメの指。
このまま炎を暴発させれば、こいつ諸とも塵になっちまうだろう。
舌打ちをして、渋々と炎を消そうとした、その時だった。

「……っ、退け!」
「なっ!」

目の端に、こちらへ飛来する鈍い銀色が見えた。
真っ直ぐとこちらへ飛んでくるのは、……鶴嘴か?
カスザメの腕を引いて、背後へ庇おうとした。
だが、カスザメは当然とばかりにオレの前へと出て、鶴嘴との間に壁として立つ。

「待てXANXUS、そこまでだ。ここからはオレが取り仕切らせてもらう」
「家光……!」
「……沢田家光、てめぇ何しに」

口を歪めて、憎々しげに敵の名を呼んだスクアーロは、剣の切っ先を向ける。
立ち上る殺気は、オレの元にまで届く。
オレもまた、家光の方を睨んだ。
汚ならしいつなぎに、大柄な体。
ボンゴレの実質No.2。
門外顧問の姿を目に映し、オレ達は揃って顔をしかめた。
勝手に仕切り始めた家光に向けて、オレとスクアーロ以外の奴らも、苛立っているようだ。
だが、家光はこの際どうでも良い。
スクアーロと家光が、いくつか言葉を交わした後、奴が9代目から受け取ったと言う手紙が、オレ達に渡される。
ざっと目を通し、もう一人の候補者に視線を向けた。
終始おどおどとして、落ち着く様子のないガキ。
……あんなものが、ただ血が繋がっていると言う、それだけの理由で、オレを押し退けて、ボンゴレを継ぐだなど。
受け入れられるハズもない。
手紙には、9代目と家光との意見の食い違い、そしてそれを解決するための策として、一対一の決闘を行うと言う旨の事が書き記してある。
事前にカスザメに聞いていた通りだった。
そして、事態を取り仕切るべく、チェルベッロという名の女達が現れる。
奴らが何者なのか、どういう存在なのかはわからない。
だが、コイツらにこちらの息が掛かっていることだけは確かだ。
奴ら曰く、始めの戦いは、明晩11時より、並盛中学という場所で。
あっという間に去っていったチェルベッロを見送り、オレもまた、もう一人の後継者を睨み付けてから、その場を立ち去る。
小さな悲鳴が聞こえた。
あれを殺すのは、簡単そうだ。
吹けば飛ぶ、埃のような小さな存在。
あれもある意味被害者か。
だからといって、殺さないという選択肢は、オレの中には存在しないが。

「レヴィ、てめぇ先走りすぎだぁ」
「ぬ、うるさいぞスクアーロ。オレは貴様と違い、のんびり散歩なんぞをしている暇があるなら、与えられた仕事をさっさと片付けたいタイプなんだ!」
「言ってろドカスがぁ。てめぇのせいで雷撃隊の3人が重傷負わされてんだぞ。もう少し時期を読んで動けぇ」
「む、ぐぅ……!」

後ろから聞こえてくる会話に、そっと耳をそばだてる。
何がわかるでもないが。
……オレらしくもないが。

「とにかく明日からは、きちんと足並み揃えて動けよぉ。今回の任務は暗殺じゃねぇ。一対一の決闘だぁ。まあ、お前らが負けるとは考えたくもねぇが……」
「やぁねぇ!私達があんな子供達に、負けるわけないじゃないのぉ」
「しし、そうそう。こんなまどろっこしい勝負、さっさと終わらせて、イタリアに帰ろーぜ」
「ム、まあ与えられた仕事は果たすさ。金をもらえる分はね」

士気は上々、奴らに負ける気もねぇ。
だが、それでも拭えない、この胸の内の重たさはなんなのだろう。

「ああ、ザンザス。明日の朝飯、6時までには用意しておくから。好きな時間に起きてこいよ」

ふと、カスザメに話し掛けられた。
オレは振り返らずに、軽く頷く。
歩くスピードを上げた。
少しずつ開いていく奴らとの距離に、言い知れぬ不安を感じた。
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