朱と交われば

スクアーロが帰ってきた翌日、オレは奴から、ボンゴレの紋章が入った小箱を渡された。

「……なんだこれは」
「ハーフボンゴレリング」
「……」
「の、ダミーだぁ。やはり気付いたみてぇだなぁ」
「こんな安物で……オレが騙されるわけねぇだろう」
「そうだな」

嬉しそうに笑ったカスザメが、偽のボンゴレリングを中空へ放り投げる。
それは、待ち構えていたモスカによって塵にされた。
今、カスザメの黒い革手袋を着けた指には、銀色の歪な指輪が填められている。
カスザメだけではない。
ベルも、ルッスーリアも、レヴィも、マーモンも、モスカにも、リングは持たされている。

「スクアーロ!貴様、ボスを試すような真似をしおって!どういうつもりだ!?」
「別にそんなんじゃねぇっての」

ガタッと立ち上がったレヴィが、いつものようにカスザメに突っ掛かる。
鬱陶しそうに顔を歪めたカスザメに、ベルもまたニヤニヤと笑いながら絡んでいく。

「つーか、なに偽物掴まされてんだよ、スクアーロ。しし、ボスがいない間に、鈍ったんじゃねーの?」
「ちなみに、本物のリングはどうしたのかしら?」
「僕が探そうか?安くしとくよ」
「あーあー、うるせぇよお前らぁ。本物のリングの場所は分かってる。日本だぁ」
「……日本」

と言うことは、リングは既に向こうの候補者の手に渡っていると言うことか。
チラリと、カスザメを見上げた。
一瞬、視線が絡まる。
どうやら計画は、上手く行っているようだ。

「ししし!いーじゃん、リング取りに日本行くついでに、向こうにいる候補者サクサクーっとバラしちまおうぜ」
「……まあ、そうなるだろぉなぁ。日本に発つのは明日の正午だぁ。各々、準備を怠るなよ」
「貴様が指図をするなスクアーロ!」
「あ"ー、はいはい」
「ぬぉー!」

憤慨するレヴィを無視して、カスザメは部屋を出ていく。
それをレヴィが追っていくのを見ながら、頬杖を外した。
スクアーロが弱みを見せないのは、昔からのことだ。
だが、今は……昔よりもずっと、アイツは弱みを見せてくれない。
オレの指摘すらも、するりとかわされる。
それどころか、日本でどうして偽物を掴まされるに至ったか、誰に会ったのか、誰と戦ったのか、アイツは、何も話してくれなかった。
全て話せ、等と言うつもりはない。
だが……。
部屋にはもう、誰もいない。
オレもまた、自室へ戻ろうと席を立った。
このままここにいても、何も良いことはないだろう。

「ーーーー」

廊下を曲がろうとしたとき、聞き慣れた声が聞こえた気がした。
近くの部屋か?
声の主を探したのは、ほんの気紛れだった。
たどり着いたのは、資料室として使われている部屋の一つだった。

「どういうつもりだと聞いているのだ、スクアーロ!」
「……!」

突然廊下まで響いてきた声に、はっと立ち止まる。
レヴィの声だ。
スクアーロと一緒にいるのか?
何故、アイツらが一緒に……。

「……うるせぇ。もう少し音量を下げろよ」
「うぐっ!……そ、それは、すまん」
「どういうつもり、と聞くが、オレはただボスの為に……」
「そ、そういうことではない!」

奥の方から、小さくスクアーロの声が聞こえた。
レヴィの声量も少し下がった。
怠そうなスクアーロの声とは違い、レヴィの声は、少し焦っているようにも感じた。

「じゃあなんだぁ。オレだって忙しいんだ。一々声かけてくんじゃねぇ」
「オレが言いたいのは、貴様の作戦云々ではない!貴様、本当に大丈夫なの……」
「しっ!静かに!」
「……む?」

何かを言いかけたレヴィを、スクアーロが止めたようだった。
なんだ?
いま、何を言いかけた?
それに、何故突然、止めた?

「……いま、人の気配が……」
「っ……!」

靴音が近付いてくるのに気付き、オレは慌てて気配を消して、その場を立ち去った。
何か、何かとても、聞いてはならないことを聞いてしまった、ような……。
知らず、うなじを一筋の汗が伝っていた。
唾を飲み込む。
アイツは、スクアーロは、一体どこへ向かおうとしているのだろう。
問い詰めたいと思うよりも前に、聞きたくないと、思った。
聞いてしまったら、引き返せなくなりそうな気がした。
次の日、オレを起こしに来たスクアーロは、あまりにもいつも通りで、ただの気のせいだったのだと、オレは勝手にそう信じた。


 * * *


「ザンザス」
「っ!」

カスザメに名を呼ばれて、かくんと姿勢を崩した。
日本の……並盛という町のホテル。
そのスーパースイートのソファーで、転た寝をしていたオレを、カスザメが覗き込んでいた。

「……すまん、寝てたか」
「別に……良い」

透き通る銀髪が、カスザメの肩の上を滑り落ちる。
ぼうっとそれを見ていると、カスザメはオレの乱れた髪を直しながら、今から出掛けると言った。

「は?」
「用事があんだよ。すぐに帰るつもりだけど、もし何か必要なものとかあったら買ってくる」
「……ない」
「うん、じゃあ行ってきます」

ぽふ、と頭に軽く手を置かれて、何も言えないまま、オレはカスザメを見送った。
時計を見る。
そろそろ日没の時間か。
こんな時間に、どこに行くのだろう。

「ボォースゥー!今日のお夕飯、何が良いかしらぁ~ん?」
「いらねぇ」

ルッスーリアが喧しく問い掛けてくる。
安ホテルのルームサービスなんざ、食えたもんじゃねぇ。
ああ、うまい肉が食いてぇ。
カスザメに言って、作らせるか。
アイツ、料理はなかなかに上手かったからな。

「……?」

ふと、気がついた。
そういえば、封印を解かれてから、オレはまだ、カスザメの料理を食べていない。
明日の朝食は、アイツに作らせよう。
そう考えたら、沈んでいた気分も少し浮上した。
ソファーに横になり、アイツが帰ってくるまで寝ることにした。

「オカマー、王子寿司食いてぇ」
「んもぉ、ルームサービスに寿司なんてないわよぉ」
「ム、出前でも取る?」
「食えれば何でも良いだろう、贅沢な奴らだ」
「あら、出前良いじゃなぁい!すぐに電話しましょうね!」

いつも通りの会話を聞きながら、とろとろと眠りに落ちていった。
カスザメは、まだ帰ってこない。
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