朱と交われば

カスザメが、ヴァリアーのアジトにいる時間は少ない。
考えてみれば当たり前か。
オレがいない8年の間、勿論裏切り者のオッタビオや、周りの人間の支えはあっただろうが、アイツはオレに代わってヴァリアーを取り仕切っていたのだから。
あっちこっちと飛び回っては、問題に首を突っ込んで解決しているらしかった。
今日もまた、カスザメは見当たらない。
食いたくもない物を差し出されて、オレは皿を放り投げる。
慌てて走り回るカスどもと、サングラスを掛けていてもわかるように、困った顔をしているルッスーリアが、今日はオレの側にいる。

「もうボスったら!またそんなに我が儘ばっかり言ってぇ!まあ、そんなところもステキなんだけどぉ♡」
「うるせぇ、失せろカスが」
「それはダメよぉ、スクちゃんに頼まれてるんだもの。ボスが不自由ないようにしてほしいって!」
「ちっ」

人に頼むくらいなら、自分ですれば良いのだ。
あのカスは、本当に何もわかってない。

「カスザメはどこに行った」
「スクちゃんなら……、今は確か本部の様子を探っているはずよ」
「そんなもん、他のカスどもにやらせれば良いだろうが」
「そうなんだけど、今一番本部の構造を把握してるのも、本部に顔が利くのもあの子だから……」
「は?」

意味がわからず、内心首をかしげた。
ボンゴレにとってオレ達は、裏切りを起こした反乱分子だ。
それなのに、今の言い方ではまるで、アイツが本部と懇意にしているようにすら聞こえる。
アイツがボンゴレ幹部どもと仲良くしているところなんて、想像がつかなかった。

「……ボスは知らないでしょうけど、スクちゃんも色々と苦労してたのよぉ。ボス代理としてボンゴレ本部との折衝をしてたのは、スクちゃんだったんだもの……」
「……ジジイどもが、よくアイツを本部に入れたな」
「確かにそれはそうよね~。でも、クーデターを黙認してたヴァリアー幹部勢はみんな、ボスが負けたと同時に本部に寝返ってたし、私達はボンゴレ本部とはほとんど面識もなかったからぁ……。9代目達も、スクちゃんくらいとしか、コンタクトをとることが出来なかったんでしょうねぇ」
「……」

アイツは、どんな思いで本部に呼ばれていたのだろう。
クーデターを起こす前、幹部昇進の打診を受けていたアイツは、当たり前のようにそれを断っていた。
今、同じ誘いを受けたとしたら、アイツはボンゴレにつくだろうか。

「……でも、今日は夕方には戻るって言ってたし、あと二、三時間もすれば戻ってくるはずよ~!それまでは私が、ボスのお世話をしてア・ゲ・ル♡」
「るせぇ」
「ごべっ!?」

うっとうしいカスを裏拳で殴り倒し、不味い酒を煽った。
カスザメが帰るまでの三時間、オレはただ黙って、部屋で一人考えに耽っていた。


 * * *


「幹部が誰もいないんだ」

本部の偵察から帰ってきたカスザメを、オレはすぐに自室へと呼び寄せた。
報告をさせるというのは建前で、ただあいつの顔が見てみたかった。
カスザメは真面目くさった詰まらない顔をして、開口一番にそう言ったのだった。

「守護者が誰もいねぇ。他の主要な幹部も皆席をあけているし、残ってんのは下っ端ばかりだぁ」
「……ジジイの仕業だな」
「だろうなぁ」

そんなことができるのは9代目ボンゴレをおいて他にいない。
本来ボンゴレの本拠地に、幹部が誰もいないなどという状況はあり得ないのだ。

「9代目を襲うなら、今だろぉなぁ」
「殺すにはこれ以上ねぇ状況、ってわけか」
「……オレは9代目は殺さない方が良いと思う」
「は?」
「もちろんボンゴレには容赦はしねぇ。だが殺すだけじゃあ、お前が10代目を継ぐには少し足りねぇだろうから」

カスザメの話したのは、酷く回りくどい作戦だった。
9代目は殺さずに捕らえ、先日手に入れた完成版モスカの中に閉じ込め、エネルギー源として利用する。
今残っている10代目候補の沢田某という野郎は、9代目からも門外顧問からも支持を受けているため、このままでは奴の継承が確実だ。
だが9代目を捕らえ、影とすり代わらせ、9代目の意思と偽り、継承の証であるハーフボンゴレリングを手に入れれば、危機を察知して門外顧問も動き出す。
沢田某とオレ、両方の候補者の手にリングが行き渡ったところで、どちらが後継者に相応しいかという勝負を催すのだという。

「……審判には、宛がある。それはオレに任せてくれぇ」
「好きにやれ。オレはただ、沢田なんとかをかっ消すだけだ」
「う"お"ぉい、早まんなぁ。お前が沢田綱吉を殺すのは、奴らに9代目を殺らせてからだぁ」
「ああ?」
「モスカと奴らが戦うとき、わざとモスカを暴走させる。そうなりゃあ奴らはぶっ壊してでも止めなきゃならねぇだろう。ぶっ壊すには中身までやらなきゃならねぇ」
「ふん、つまり壊された中身……ジジイの敵討ちとして奴を殺し、オレ達のクーデターを知る人間にも、継承を納得させるよう仕向けるということか」
「概ねそんなとこだぁ」

確かに、オレはかつてボンゴレにクーデターを起こした罪人で、それが再び後継者として認められるには、一度は裏切った9代目の敵を討つくらいしなければ、周りの人間は納得がいかないだろう。
筋は通っているし、悪くない作戦だとも思う。
しかしどことなく違和感がある。
どこか、落ち着かなさを感じる。

「上手くいくという保証はあるのか」
「保証なんてあるわけねぇだろぉ。オレ達は出来る限りをするだけだぁ」
「……」

オレを見て、目を伏せ、スクアーロは自嘲気味にそう言った。
そりゃあそうだ。
ヴァリアーとして受ける任務だって、今回の戦いだって、オレ達にはなんの保証もない。
カスザメの言う通り、オレ達にはただ死力を尽くす以外には、何もできない。
信じる以外に、方法はない。
……こいつを信じて、この作戦を遂行する。
それで、大丈夫なのだろうか。
考えても埒が明かず、結局オレは頷いた。
どことなく必死さを感じるカスザメの目に気圧された、というのもあったのかもしれない。
鋭かった視線をすこし和らげて、カスザメはオレの目の前に起きっぱなしだったグラスや皿を片付け始めている。

「夕飯、まだなんだろぉ。何か食べたいものはあるかぁ?」
「ステーキ」
「昨日もそうだったじゃねぇかぁ。よく飽きねぇなぁ」

可笑しそうに笑いを溢したスクアーロが、皿を持ったまま部屋を出ていく。
一瞬、呼び止めようかとも思った。
だが結局、声は出ず、オレはカスザメの背中を見送った。
アイツの居なくなった後には、つんと鼻を突く匂いだけが、残っていた。


 * * *


「……早かったな、カスザメ」
「ん"、まぁな」
「作戦は成功だよボス。見てよ、この元気そうなモスカを」

モスカを背後に従えて、腕にマーモンを抱いたカスザメが、ボンゴレから帰還した。
蒸気を吐き出すモスカは絶好調のようである。
中には、ボンゴレ9代目が捕らわれているはずだった。

「9代目の影を置いてきたぁ。それと、これがお前のハーフボンゴレリングだぁ」
「!」

カスザメから放られたそれをキャッチする。
空色の宝石ごと半分に分けられた歪なリング。
そしてカスザメの差し出した箱も受けとる。

「こっちは守護者のリングだぜ」
「その7つのリング、全てを完成させて、初めて継承が認められるんだって」
「もう片方は……」
「門外顧問の手にある。明日、9代目の影から、ザンザス、お前へのハーフボンゴレリングの譲渡を発表させる」
「そうすれば門外顧問も泡を食って動き始めるはずさ。正確に言えば日本の10代目候補にリングが渡る」
「オレ達はそれを阻止する……振りをする」

そこではまだ、リングは手に入れられない。
どんな手を使ってでもリングを手に入れようとしている、という印象を植え付ける。
相手は、オレ達が他の10代目候補を消そうとすると予想するはずだ。
乳くせぇガキになんざ興味はねぇが、そう思えば相手も逃げるという選択肢は捨てるだろう。

「リングがやつらの手に渡ってからが勝負だぁ」
「……正式な勝負の場で、奴らを倒し」
「モスカをわざと倒させることで、敵討ちという正当な理由を以て、向こうの候補者を殺す、ということだよね、ボス」

マーモンはふわりと浮いて、モスカの肩の上に乗る。
その隣で、スクアーロはぱたりとリングを納めたボックスの蓋を閉じた。

「沢田綱吉が動き出すまでは、お前の出番はねぇ。それまでゆっくりと体を休めてくれぇ」
「……明日は、」
「ん"?」
「明日は、どうするんだ」
「オレか?そうだなぁ、明日はいくつか部下と打ち合わせがあるなぁ。明日、何かあるのか?」
「……何にもねぇ。出ていけ」
「あ"あ」
「失礼するよ、ボス」

二人と一体が揃って出ていく。
静かな部屋にオレ一人だけで取り残されて、倒れ込むようにベッドに飛び込んだ。
毎日、毎日会っているのに、会う度にアイツとの距離が離れていくように感じる。

「ちくしょう、が……」

握った手のひらが熱い。
息が苦しく感じる。
目を閉じた時、ふと覚えのある匂いが鼻を掠めた。
また感じた、つんとした匂い。
すぐに消えたそれが何だったのか、オレは結局、思い出すことが出来なかった。
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