朱と交われば
体が芯から冷やされていく。
足の先から氷に覆われて。
徐々に動くことが出来なくなっていく。
視界の端に見えたスクアーロに手を伸ばしたのは、どうしてだったのか。
泣きそうな顔してこっちに這いずり寄ってくるあのカスに、救いでも求めていたのだろうか……。
だがその手が彼女に触れることはなく、体は凍りつき、そして俺の意識は氷の封印の中に消えていった。
* * *
ーー気付くとオレは、石の床の上に倒れていた。
頭が痛い。
いや、頭だけじゃない。
意識がハッキリとしてくるにつれて、胸が、肩が、腹が、腰が、腕が、脚が、爪の先までが、痛みを訴え始める。
「ぁぐ……うぁぁあ……!」
喉までヒリついていて、痛いと言うことさえままならなかった。
歯を食い縛ろうにも、歯茎にすら痛みが走る。
床に着いた膝が、手のひらが、痛くて痛くて堪らない。
何故こんな目にあっているんだ?
何故、誰もいない?
何故だ。
いつだって傍にいてくれるはずの女が、ここにいない。
「あの、カスザメ……!」
痛みを無視して立ち上がる。
主に無理をさせるなんて、使えないカスだ。
息をするにも肺が痛くて堪らないのに、主に探させるなんて、あのバカは……。
その後の記憶はハッキリとしない。
ただ、気を失う直前に、温かい誰かに、抱きすくめられたような気がする。
* * *
「うっ……」
痛みで目を覚ました。
痛みのせいで視界がぼやけている。
真っ白い天井が目に滲んで、周りの景色がよくわからない。
それでも、先程よりはだいぶ痛みが引いているようだった。
ふと、腹の上に重みを感じて、そろそろと手を動かしてそれを触る。
少し節が目立つ、しかし柔らかさを残した女の手だった。
己の手に比べると、冷たくて気持ち良い。
それを握って、また眠りに落ちていった。
* * *
次に目が覚めたとき、痛みはだいぶ引いていた。
先程までより明瞭になった視界と脳が、見覚えのない天井を捉えた。
ここはどこだ?
一体自分は何をしていたんだったか。
目を細めて考える。
チリッと脳の端に痛みが走った。
暗い地下堂。
松明の明かり。
橙色の炎。
寒い……。
凍り付く手足。
背骨すらも凍てつくような、地獄の世界……。
「あ、あの……ジジイ……!」
思い出した。
あの戦いを、あの痛みを。
憎しみを抱えて燻るこの心を。
握った手の中に、紅蓮の炎が灯った。
ブスブスとシーツが煙を上げている。
……その時だった。
バタンと騒がしい音が聞こえる。
音の正体を見極めるより早く、大きな塊がオレ目掛けて飛び付いてきた。
「っ……!ザンザスっ……‼」
「な……」
力加減なしに抱き着いてきたのは、見覚えのない長髪を携えた大人で。
だがその銀糸の髪は、震える声は、思わず抱き止めたときに触れた頭の形は。
「カスザメ……?」
「お"うっ……ザンザス、生きてるな……。ちゃんと心臓、動いてる……。ザンザス、ザンザス……」
痛いほどに抱き着いてくるカスザメは、オレの知っている姿とはかけ離れていた。
一体、自分はどれ程の間席を空けていたのだろう。
震える背中に手を回して、恐る恐る触れる。
「カスザメ……お前……」
「ザンザス……」
呼ぶと、ゆっくりと腕を放して目を合わせてきた。
顔の造作も、自分の知る顔より大人びていて、酷く時間の経過を感じた。
哀しそうな、嬉しそうな複雑な顔でカスザメは薄く微笑みを浮かべて、オレの顔をなぞった。
「変わってねぇ……16歳のザンザスのまんまだなぁ。傷は、増えてるけど……」
「どういう……」
「……ザンザス、お前はなぁ、8年間ずっと眠っていたんだぁ」
「は……」
8年。
8年、だと?
そんなにも長い時間、あのゼロ地点突破が生んだ氷の檻に閉じ込められて、過ごしていたというのか?
「うっ……」
「ザンザス?どうした……、具合が悪いのかぁ?」
「っよるな!」
伸ばされた手を弾いた。
8年!8年間、オレはずっと時を止められていただなんて!
16歳のまま、変わらないだと?
16歳から24歳までの時間を、全て奪われたの間違いだろう!
なんてことをしやがった、あのジジイ‼
このカスザメも、なぜ今までオレを助けなかった!?
変わったんだ、変わってしまったんだ。
世界も、不変だったはずの忠誠心も、全部、全部がオレを裏切った‼
「くそっ……カスが!」
「っ、ザンザス、落ち着けぇ!」
拳を叩きつけた脚が、ぎしりと軋む。
8年もの歳月、ピクリとも動けなかった体は弱りきっており、それが怒りを更に煽る。
腕に飛び付いて止めようとするカスザメを突き飛ばして言い放った。
「黙れ!テメーのような裏切り者のカスが、オレに気安く触るな!」
「っ……‼」
叫んだ途端、部屋の中を不気味なほどの静けさが包んだ。
はっとして突き飛ばしたカスザメを見た。
尻餅を着いたまま固まったカスザメは、呆然とオレを見上げていた。
脱け殻のようになったそいつを見て、腹の底を焦がしていた熱が一気に冷めた。
足の先から氷に覆われて。
徐々に動くことが出来なくなっていく。
視界の端に見えたスクアーロに手を伸ばしたのは、どうしてだったのか。
泣きそうな顔してこっちに這いずり寄ってくるあのカスに、救いでも求めていたのだろうか……。
だがその手が彼女に触れることはなく、体は凍りつき、そして俺の意識は氷の封印の中に消えていった。
* * *
ーー気付くとオレは、石の床の上に倒れていた。
頭が痛い。
いや、頭だけじゃない。
意識がハッキリとしてくるにつれて、胸が、肩が、腹が、腰が、腕が、脚が、爪の先までが、痛みを訴え始める。
「ぁぐ……うぁぁあ……!」
喉までヒリついていて、痛いと言うことさえままならなかった。
歯を食い縛ろうにも、歯茎にすら痛みが走る。
床に着いた膝が、手のひらが、痛くて痛くて堪らない。
何故こんな目にあっているんだ?
何故、誰もいない?
何故だ。
いつだって傍にいてくれるはずの女が、ここにいない。
「あの、カスザメ……!」
痛みを無視して立ち上がる。
主に無理をさせるなんて、使えないカスだ。
息をするにも肺が痛くて堪らないのに、主に探させるなんて、あのバカは……。
その後の記憶はハッキリとしない。
ただ、気を失う直前に、温かい誰かに、抱きすくめられたような気がする。
* * *
「うっ……」
痛みで目を覚ました。
痛みのせいで視界がぼやけている。
真っ白い天井が目に滲んで、周りの景色がよくわからない。
それでも、先程よりはだいぶ痛みが引いているようだった。
ふと、腹の上に重みを感じて、そろそろと手を動かしてそれを触る。
少し節が目立つ、しかし柔らかさを残した女の手だった。
己の手に比べると、冷たくて気持ち良い。
それを握って、また眠りに落ちていった。
* * *
次に目が覚めたとき、痛みはだいぶ引いていた。
先程までより明瞭になった視界と脳が、見覚えのない天井を捉えた。
ここはどこだ?
一体自分は何をしていたんだったか。
目を細めて考える。
チリッと脳の端に痛みが走った。
暗い地下堂。
松明の明かり。
橙色の炎。
寒い……。
凍り付く手足。
背骨すらも凍てつくような、地獄の世界……。
「あ、あの……ジジイ……!」
思い出した。
あの戦いを、あの痛みを。
憎しみを抱えて燻るこの心を。
握った手の中に、紅蓮の炎が灯った。
ブスブスとシーツが煙を上げている。
……その時だった。
バタンと騒がしい音が聞こえる。
音の正体を見極めるより早く、大きな塊がオレ目掛けて飛び付いてきた。
「っ……!ザンザスっ……‼」
「な……」
力加減なしに抱き着いてきたのは、見覚えのない長髪を携えた大人で。
だがその銀糸の髪は、震える声は、思わず抱き止めたときに触れた頭の形は。
「カスザメ……?」
「お"うっ……ザンザス、生きてるな……。ちゃんと心臓、動いてる……。ザンザス、ザンザス……」
痛いほどに抱き着いてくるカスザメは、オレの知っている姿とはかけ離れていた。
一体、自分はどれ程の間席を空けていたのだろう。
震える背中に手を回して、恐る恐る触れる。
「カスザメ……お前……」
「ザンザス……」
呼ぶと、ゆっくりと腕を放して目を合わせてきた。
顔の造作も、自分の知る顔より大人びていて、酷く時間の経過を感じた。
哀しそうな、嬉しそうな複雑な顔でカスザメは薄く微笑みを浮かべて、オレの顔をなぞった。
「変わってねぇ……16歳のザンザスのまんまだなぁ。傷は、増えてるけど……」
「どういう……」
「……ザンザス、お前はなぁ、8年間ずっと眠っていたんだぁ」
「は……」
8年。
8年、だと?
そんなにも長い時間、あのゼロ地点突破が生んだ氷の檻に閉じ込められて、過ごしていたというのか?
「うっ……」
「ザンザス?どうした……、具合が悪いのかぁ?」
「っよるな!」
伸ばされた手を弾いた。
8年!8年間、オレはずっと時を止められていただなんて!
16歳のまま、変わらないだと?
16歳から24歳までの時間を、全て奪われたの間違いだろう!
なんてことをしやがった、あのジジイ‼
このカスザメも、なぜ今までオレを助けなかった!?
変わったんだ、変わってしまったんだ。
世界も、不変だったはずの忠誠心も、全部、全部がオレを裏切った‼
「くそっ……カスが!」
「っ、ザンザス、落ち着けぇ!」
拳を叩きつけた脚が、ぎしりと軋む。
8年もの歳月、ピクリとも動けなかった体は弱りきっており、それが怒りを更に煽る。
腕に飛び付いて止めようとするカスザメを突き飛ばして言い放った。
「黙れ!テメーのような裏切り者のカスが、オレに気安く触るな!」
「っ……‼」
叫んだ途端、部屋の中を不気味なほどの静けさが包んだ。
はっとして突き飛ばしたカスザメを見た。
尻餅を着いたまま固まったカスザメは、呆然とオレを見上げていた。
脱け殻のようになったそいつを見て、腹の底を焦がしていた熱が一気に冷めた。