朱と交われば

「目的は殺戮じゃねぇ。……もちろん、言うまでもなくわかってると思うがなぁ」
「しし、あったりまえじゃん!」
「……ならいい。作戦は事前に伝えた通り。あとは全てお前らに任せる。今宵、オレ達はボンゴレを手中に収める。やるぞぉ!」
「おおお!!」

地を揺らすような雄叫び。
カスザメの声はヴァリアーのカスどもの最後列にまで届いて、奴等の士気を煽った。
三日月がうっすらとその銀髪を照らしている。
微かな月明かりと、風のない静かな夜。
オレは目を眇めてボンゴレ本拠地である城を見上げる。
月明かりを浴びて尚、黒々と深い影を背負うその城は、まるでこれまで犯してきた罪を象徴するかのようにも見えた。

「ザンザス、準備は整ったぞぉ」
「……」
「……お前でも緊張するのかぁ?」
「ああ?」
「違ったかぁ?」
「オレが緊張なんかするか。……行くぞ」
「あ"あ、着いてくぜぇザンザス!」

カスザメはそう言って笑った。
昼間に見た笑顔ではなくて、獣のように狂暴な光を眼に灯して、獰猛に歯を剥き出して。

「カスども、着いてこい」
「はっ!」

後ろに控えていたカスどもも、同じような表情を浮かべていた。
きっとオレも、同じように笑っているのだろう。
あのジジイどもの怒り狂う姿が眼に浮かぶ。
ほの暗い炎を胸に抱えながら、敷地内へと踏み込む。

「ヴァリアー……?何故貴様らがボンゴレに……ぐぁあ!」
「オレの前に立つな、ドカスどもが」

憤怒の炎に巻かれ、苦痛の悲鳴を上げながら門番の男が倒れる。
遠く離れた場所からも、次々と悲鳴が上がる。
隣でカスザメが一瞬で男を捩じ伏せ、意識を奪った。
横目で見ていたオレとカスザメの視線が合う。
罰が悪そうにうつ向いて、カスザメは一言謝った。

「……なんか、ごめん」
「なにがだ」
「殺さなかったこと」
「……オレも殺してない。こんなカスども、殺してやる気も起きない」
「確かに死んではねぇけど、あれもう再起不能だよなぁ?」

ある意味殺されるより怖い、と呟かれ、思わず眉をしかめた。
オレにとっては、ボンゴレの人間は全て敵で、ジジイは殺したいとさえ思っているが、他の奴らは死のうが生きていようがオレの邪魔さえしなけりゃどうでもいい。
なのにこいつは、どうにも敵に気を掛けるきらいがある。
殺さなくても責めはしない。
だが、もしそれでカスザメが危害を被ろうものなら元も子もない。

「テメーが死ななけりゃあ、どうしたっていい」
「え?」

意外そうな顔でこちらを見てくる。
その視線から逃げるように、前方から飛びかかっていた男を炎で吹き飛ばす。
背後からの敵は、全てカスザメが倒す。
ずんずんと進んでいく。
懐に入れたトランシーバーからは常に情報をやり取りする声が聞こえてきている。
ーーその内の一つに、脚を止めた。

「!聞こえたなザンザス‼」
「ああ」

それはボンゴレ9世の行方を伝えるものだった。
奴は一階の廊下を逃げ、そしてとある角を曲がったところで行方不明になったそうだ。
確かそこには隠し通路があった。
急ぎ足に9代目のジジイを追う。
……にしても、奴はどうしてこうも簡単に姿を表した?

「……誘ってる、よなぁ」

カスザメの言葉に頷いた。
隠し通路の向こう。
知る人の少ない隠された部屋で、決着をつけるつもりなのか。
……まだ、勝てるつもりでいるのか。
愚かな。
隠し通路の扉を壊し、現れた階段を突き進む。
気付けば後ろはカスザメだけになっている。
目配せをして、カスザメは隣に並んだ。
後ろからの敵よりも、この闇の中に隠れているだろう敵からの不意打ちの方が危険だ。
ここの階段は長く、侵入者を迎え撃つ為に隠れられる物陰が多くある。

「っ!出たなぁ9代目守護者……コヨーテ・ヌガー‼」
「チッ、よく避けたじゃねぇかくそガキどもめ」
「テメー一人ってことは、他の奴らは上で幹部どもを押さえているってことか。ふん、オレ達もなめられたもんだな、カスザメ」
「あ"あ……。こっちはオレに任せろぉ。お前はさっさと下で9代目を倒してこい!」
「偉そうにするな」

カスザメの背中を小突いて、階段を走り下りていく。
コヨーテはそれを止めるでもなく、何かカスザメに話し掛けているようだった。
内容は聞こえない。
きっと奴を揺さぶるようなことを言っているのだろう。
だが心配はしていなかった。
カスザメはそう簡単には曲がらない。
走り続け、地下へと潜っていくほどに、心臓がどくどくと痛いくらいに跳ねている。
ついに、決戦の時が近付いてきた。
ようやく階段が終わる。
開けた場所にでる。
そこは松明の炎が燃え盛り、中央で待ち構える男を照らしていた。

「……早かったね、XANXUS」
「ジジイ……」

哀しげな表情を浮かべてこちらを見たジジイに、抑えていた感情が爆発した。

「カッ……!消す!!」

叫びながら飛び掛かった。


 * * *


「はっ……はぁ……!」

脚の感覚が薄い。
9代目守護者コヨーテ・ヌガーをギリギリで倒し、重たい脚を引き摺りながら階段を下りる。
急いで駆けていきたいのに、体はボロボロで言うことなんて聞いてくれない。
息は上がってしまっており、肺が雪崩れ込む酸素に悲鳴を上げている。

「ざん、ざす……」

壁からずり落ちて、踏み出したはずの脚は階段を踏み外してそのまま数段を転がり落ちた。

「ぁぐ……ぅう"っ!」

背中を打ち付けた。
もがきながら体を捻って、壁にすがり付く。
目を上げたその先に、鮮烈な赤い炎が燃え上がった。
ザンザス……ザンザスが近くにいる!
犬のように喘ぎ、必死で立ち上がる。
残りの数段を下りきって、オレはようやく二人の戦う場所へと辿り着いた。

「はあぁああ‼」
「おおおお‼」

明るい橙色の炎と、激しい赤の炎の応酬。
最後、赤の炎が一瞬弱まる。
その隙を逃すことなく伸びてきた橙色の炎……。
オレはザンザスに向けてタックルした。

「ぐあっ!」
「う"っ……く!」

突き飛ばされたザンザスとオレの頭上を、炎が焼いていく。

「っ……の、カスっ!」
「ぐぁ……」

ザンザスに突き飛ばされて、柱の影に転がされた。
邪魔だっただろうか。
でも、一瞬でも、守れた。
ずりずりと上半身だけを何とか起こす。
柱の向こう、オレの死角から二人の声が聞こえてきた。

「まさかおまえが、ここまでできるとは思わなかったぞ、老いぼれが……‼」
「家光はお前を殺すなと言ってくれた……。だが、これだけの犠牲を出した以上、ボスとしておまえを生かしておくわけにはいかん……。せめて、わしの手で……」
「やっと本性をだしたなジジィ!これでお前の念願が叶うわけだ‼」
「……なぜだ、なぜおまえは……」
「うるせぇ‼それはおまえが一番よく知っているはずだ‼わかったら、かっ消えろ‼」
「……皆、すまん。やはりわしには……」

柱の向こう側で何が起こっているのか、オレには影や光を見て、音を聴くことしか出来ず、ろくにわからなかった。
ただ、橙の光がぱっ、ぱっと点滅を繰り返した直後、ぞわりと背筋に悪寒が走る。

「ざ……」
「何だこの技は!?ぐわぁぁ‼」
「ザンザス……?」

氷の割れるような、軋むような、そんな音とともに、聞いたこともない、ザンザスの悲鳴が聞こえてきた。
柱の影から這いずって抜け出し、腕の力だけで声の元へと這い寄っていく。

「ザンザス……!?」

目の前には、足元から徐々に氷付けにされていくザンザスがいた。
目があって、その手がこちらへ伸びてくる。
掴まないと、あそこから、助け出さないと。
そう思うのに、体は動かない。
どれだけ手を伸ばしても、あの大きくて熱い手に届くことはない。

「やだっ……嫌だ、ザンザス!ダメだ‼そんなの……嫌だぁあああ!!」

あの赤い瞳が、恐怖に震えているように見えた。
その瞳も、伸ばされた指の先までも、固い氷に閉ざされて、閉じ込められていく。
悲鳴のような、咆哮のような、オレの叫び声だけが、地下のホールに響き渡っていた。
……そして、その日ザンザスは封印され、オレは主を失った。
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