朱と交われば
じじいがカスザメを見ていた。
その事が酷く気になった。
その時から、嫌な予感がし続けていた。
勝負の終わった翌日、カスザメは珍しく不機嫌そうな顔をして部下と話していた。
部下の前で素直に感情を表して、不安を煽るような奴ではない。
「カスザメ」
「……ザンザス。なんだぁ?」
「何があった」
「……別に、お前が気にすることなんて何もねぇよ」
変なところで素直な奴だ。
カスザメの言葉からは、俺が気にするべきでないことがあったのだと、すぐに察することが出来た。
「命令だ。何があったかさっさと話せ」
「う"……その……。9代目のこと、なんだが……」
「……ジジイだと?」
「その……ヴァリアーを続けながらでも良いから、幹部見習いとしてボンゴレに来ないか、と……」
「はあ?」
「もちろん断ったぁ!でも……もう少し考えてみてくれって言われて……」
感じていた嫌な予感は、そう言うことだったのか。
あのジジイはどうやら、オレを懐柔することを諦め、カスザメから仲間に引き入れようと考えているらしい。
自然と、眉間にシワが寄っていた。
「カスザメ、例の計画は今日決行だったな」
「そうだけど、ずらすか?やっぱり怪しまれてるかも……」
「カスが、逆だ。奴らはまだオレ達を抑えられると、己を過信している」
「……ん"、そうとも、考えられる」
「テメーが不安を感じることはない。計画は今日、深夜に決行する。準備を怠るなよ」
「……はい」
頷いた癖に、まだ不安そうな顔をしていた。
部屋を出ていこうとしているカスザメに再び声をかけた。
「おい」
「ん"、なんだぁ?」
ちょいちょいと手を動かして、近くに呼ぶ。
カスザメは首を傾げながら寄ってきた。
十分近寄ってきたところで、その腕を掴んで軽く引いた。
「ぉわっ……!」
色気のない声だ。
そう思いながら、カスザメの形のいい頭に手を乗せた。
そのままグシャグシャと掻き回す。
「ちょっ……いだだだっ!」
「黙って好きにされてろ。」
「えぇ!?」
驚き、キョトンとしていたカスザメは、徐々に状況を把握してきたのか、その頬がじわじわと赤く染まっていく。
一人で勝手に恥ずかしがりやがって。
オレだって恥ずかしいというのに。
「お前はオレの右腕だ。オレは実力以上の事なんざ求めねぇ。お前なら出来るだろう」
「っ……!」
目を見開き、直後その銀灰色の瞳が潤んだ。
泣きそうになるくらい、嬉しかったのか?
自分の言葉が、そんな気持ちを抱かせているということに、オレは少なからず心が満たされたようだ。
「任せたぞ、スクアーロ」
「う、ん……やる。頑張る。必ず、やり遂げてみせる……!」
こいつがいれば、こいつといれば……。
ボンゴレを手中に納めることだって出来る。
あのくそジジイも、いけすかない幹部どもも、腐った組織を壊すことだって、きっと、きっと……。
「ザンザス」
「ああ?」
「お前はまだ、ボンゴレを、9代目を憎んでいる、か?」
「当たり前だ」
オレは即答した。
底辺の母親、底辺の生活から、ジジイに拾われた幼少期。
息子だという言葉、次期ボスとして鍛えられ、育ってきた少年期。
その全てが、血の繋がりがないというたった一つの事実によって水泡と帰したあの日……。
そして、そんなオレから、信頼を置く部下まで奪おうとする横暴を。
許すものか、許せるものか。
カスザメの瞳に映る自分は、憤怒に燃え、鬼のような顔をしている……。
「奴らは……ジジイは……、必ずこの手で葬る。ボンゴレは、オレが支配する」
「……うん」
「最後まで着いてこい」
「あ"あ、御意に……」
頭に置いていた手を取られる。
目を伏せたカスザメは、その手の先に軽く口付けた。
「……」
「あ……わりぃ。こういうの映画とかで見たことあって……嫌だったかぁ?」
「……別に。とっとと出てって準備進めとけ」
「ん"、すぐ行く」
カスザメは真面目な顔で頷いて出ていく。
言葉通りすぐに退室していった奴を見送ってから、オレはゆっくりと椅子に沈み込んだ。
「あの……カスっ」
キスをされた手を目の前に翳す。
柔らかかった、なんて、そんな些細なことで動揺している。
顔が熱い……。
翳した手で顔を覆った。
あのバカは、何故こんなにも純粋に、真っ直ぐに、オレに好意を向けてくるのか。
悔しくなるほどに、それを嬉しく感じてしまう自分も、相当青臭くて餓鬼っぽいと思うが。
「……はぁ」
息を深く吐き出す。
今夜の計画が無事に終わったら、この想いを、伝えてみようか。
するりと手を滑らせて、指先で唇に触れる。
女々しい。
カッコ悪い。
ダサい。
気持ち悪い。
……自分らしくもない。
でもこんな醜態を曝すほどに、アイツが……スクアーロが、愛しい……。
「長い夜になるな……」
振り返り、見詰めた窓に映る自分は、恐ろしくなるほどにだらしのない顔をしていた。
怒りを、忘れてしまいそうなほどの感情の暴走。
少しでも、いつもの自分に戻れるように。
あの怒りを思い出すために。
目を閉じて、過去の事を思い出す。
心の中が沸々と煮える怒りが満ちた頃、オレの名を呼ぶカスザメの声が聞こえた。
月は既に中天に輝いている。
作戦……ボンゴレの首を落とすための、クーデター。
その幕がついに上がった。
その事が酷く気になった。
その時から、嫌な予感がし続けていた。
勝負の終わった翌日、カスザメは珍しく不機嫌そうな顔をして部下と話していた。
部下の前で素直に感情を表して、不安を煽るような奴ではない。
「カスザメ」
「……ザンザス。なんだぁ?」
「何があった」
「……別に、お前が気にすることなんて何もねぇよ」
変なところで素直な奴だ。
カスザメの言葉からは、俺が気にするべきでないことがあったのだと、すぐに察することが出来た。
「命令だ。何があったかさっさと話せ」
「う"……その……。9代目のこと、なんだが……」
「……ジジイだと?」
「その……ヴァリアーを続けながらでも良いから、幹部見習いとしてボンゴレに来ないか、と……」
「はあ?」
「もちろん断ったぁ!でも……もう少し考えてみてくれって言われて……」
感じていた嫌な予感は、そう言うことだったのか。
あのジジイはどうやら、オレを懐柔することを諦め、カスザメから仲間に引き入れようと考えているらしい。
自然と、眉間にシワが寄っていた。
「カスザメ、例の計画は今日決行だったな」
「そうだけど、ずらすか?やっぱり怪しまれてるかも……」
「カスが、逆だ。奴らはまだオレ達を抑えられると、己を過信している」
「……ん"、そうとも、考えられる」
「テメーが不安を感じることはない。計画は今日、深夜に決行する。準備を怠るなよ」
「……はい」
頷いた癖に、まだ不安そうな顔をしていた。
部屋を出ていこうとしているカスザメに再び声をかけた。
「おい」
「ん"、なんだぁ?」
ちょいちょいと手を動かして、近くに呼ぶ。
カスザメは首を傾げながら寄ってきた。
十分近寄ってきたところで、その腕を掴んで軽く引いた。
「ぉわっ……!」
色気のない声だ。
そう思いながら、カスザメの形のいい頭に手を乗せた。
そのままグシャグシャと掻き回す。
「ちょっ……いだだだっ!」
「黙って好きにされてろ。」
「えぇ!?」
驚き、キョトンとしていたカスザメは、徐々に状況を把握してきたのか、その頬がじわじわと赤く染まっていく。
一人で勝手に恥ずかしがりやがって。
オレだって恥ずかしいというのに。
「お前はオレの右腕だ。オレは実力以上の事なんざ求めねぇ。お前なら出来るだろう」
「っ……!」
目を見開き、直後その銀灰色の瞳が潤んだ。
泣きそうになるくらい、嬉しかったのか?
自分の言葉が、そんな気持ちを抱かせているということに、オレは少なからず心が満たされたようだ。
「任せたぞ、スクアーロ」
「う、ん……やる。頑張る。必ず、やり遂げてみせる……!」
こいつがいれば、こいつといれば……。
ボンゴレを手中に納めることだって出来る。
あのくそジジイも、いけすかない幹部どもも、腐った組織を壊すことだって、きっと、きっと……。
「ザンザス」
「ああ?」
「お前はまだ、ボンゴレを、9代目を憎んでいる、か?」
「当たり前だ」
オレは即答した。
底辺の母親、底辺の生活から、ジジイに拾われた幼少期。
息子だという言葉、次期ボスとして鍛えられ、育ってきた少年期。
その全てが、血の繋がりがないというたった一つの事実によって水泡と帰したあの日……。
そして、そんなオレから、信頼を置く部下まで奪おうとする横暴を。
許すものか、許せるものか。
カスザメの瞳に映る自分は、憤怒に燃え、鬼のような顔をしている……。
「奴らは……ジジイは……、必ずこの手で葬る。ボンゴレは、オレが支配する」
「……うん」
「最後まで着いてこい」
「あ"あ、御意に……」
頭に置いていた手を取られる。
目を伏せたカスザメは、その手の先に軽く口付けた。
「……」
「あ……わりぃ。こういうの映画とかで見たことあって……嫌だったかぁ?」
「……別に。とっとと出てって準備進めとけ」
「ん"、すぐ行く」
カスザメは真面目な顔で頷いて出ていく。
言葉通りすぐに退室していった奴を見送ってから、オレはゆっくりと椅子に沈み込んだ。
「あの……カスっ」
キスをされた手を目の前に翳す。
柔らかかった、なんて、そんな些細なことで動揺している。
顔が熱い……。
翳した手で顔を覆った。
あのバカは、何故こんなにも純粋に、真っ直ぐに、オレに好意を向けてくるのか。
悔しくなるほどに、それを嬉しく感じてしまう自分も、相当青臭くて餓鬼っぽいと思うが。
「……はぁ」
息を深く吐き出す。
今夜の計画が無事に終わったら、この想いを、伝えてみようか。
するりと手を滑らせて、指先で唇に触れる。
女々しい。
カッコ悪い。
ダサい。
気持ち悪い。
……自分らしくもない。
でもこんな醜態を曝すほどに、アイツが……スクアーロが、愛しい……。
「長い夜になるな……」
振り返り、見詰めた窓に映る自分は、恐ろしくなるほどにだらしのない顔をしていた。
怒りを、忘れてしまいそうなほどの感情の暴走。
少しでも、いつもの自分に戻れるように。
あの怒りを思い出すために。
目を閉じて、過去の事を思い出す。
心の中が沸々と煮える怒りが満ちた頃、オレの名を呼ぶカスザメの声が聞こえた。
月は既に中天に輝いている。
作戦……ボンゴレの首を落とすための、クーデター。
その幕がついに上がった。