朱と交われば
ーーリリリリリリリ……
アラームの音が室内に響く。
明るく照らされた部屋とは対称的に、そこにいた男達の空気はピリピリと殺気立っていた。
「ばっっっかじゃねーのか!?四六時中スクアーロの側に張り付いてちゃ勝負になんねぇだろうが!」
「男が過ぎた勝負にケチをつけるな、カス」
「っっんだと!?」
怒鳴り散らすガナッシュに、オレはぎろりとガンを飛ばした。
相手も殺気混じりの視線を飛ばしている。
流石にまずいと思ったのか、カスザメが間に割って入った。
「待てよ!そもそもあんたら、ザンザスにじっとしてろとか、誰かに絶対……キ、キスしろとか、そんなこと言ってなかっただろぉ?なのに今さら文句言うのは筋違いなんじゃねぇのかぁ?」
「……『お嬢ちゃん』よ、こりゃあ大人の話し合いだぜ。余計な口は挟まないことだな。」
「なっ……!」
カスザメの顔がぱっと赤くなる。
中性的な顔に細身の体、今はスカートなんて履いているもんだから、『お嬢ちゃん』なんて言われても違和感は感じない。
だが本人からしたら自身のプライドを大きく傷付ける呼び方だろう。
何よりも、誰よりも、奴は男であることに拘りを持っているようだから。
「カスザメの言う通り、お前らがオレに文句を言ってくるのは筋違いだろうが。好みの女もいなかったし、つまりはそう言うことだろう」
「こんだけ出来た別嬪さん並べられて、好みじゃないから付き合わねぇだぁ!?XANXUS!てめぇは全世界の男を敵に回したぞ!」
「知るかドカス」
「っあー!!もうキレた!殴る!てめーは一発殴る‼」
「お前は少し落ち着けガナッシュ」
「確かに、XANXUSの言うことには一理ある。だが彼女達の何が気に食わない?料理も出来る、マナーも心得ている、頭だって良いし、器量も良い。どこに不満があるんだ?」
ガナッシュを押し退けて出てきたコヨーテは、カスザメを視界にも入れず、名前も出さず、どうやら徹底的に除け者にする気らしい。
チラリとカスザメの様子を窺う。
下唇を噛み、俯いていた。
指の間接が真っ白になるほど、手を強く握り締めている。
悔しいのだろう。
理由もなく、……理由があるのだとしたら、自分が若く女らしいというそれだけで、除け者にされるのは。
カスザメの目の端は、少しだけ赤くなっていた。
「カスザメ」
「……なに、なんだよ、ザンザス」
「あの女どもはこいつより劣っていた。そう思ったから、誰も選ばなかった」
「は……?」
「初めにオレは言ったはずだ。こいつより性能の良いのを連れてこい、と」
「……確かに、そう言っていたが」
「オレはあの女どもよりこいつのが良い。他はいらん」
「あ……」
「オレに嫁を作りてぇなら、もっと真剣にやれ。今回のようなくそつまんねぇ茶番をしてみろ。次は全員カッ消す」
強張っているカスザメの肩を掴んで引き寄せる。
驚いて目を見開き、それでも無抵抗に抱き寄せられたカスザメの視線が顔に突き刺さっている。
言いたいことはわかる。
わかるし、オレだってこんなことはしたくねぇ。
恥ずかしすぎる。
だがそれでも、奴らを黙らせるにはこれくらいはしなければ足りない。
「それとも、このカスに口付けでもすれば満足か?」
「え」
「おま……本気か!?」
本気なわけがない。
こいつにキスなんてしたくない。
カスザメは好きだ……好きだが、好きだからこそ、こんなところでしたいとは思わない。
腕に抱いた細い肩が、少し震えているようだった。
怖いのかもしれない。
そりゃあそうか。
オレが奴にこんな扱いをしたのは、初めてだから。
「……みな、少し落ち着いてはどうかね」
「ボス……」
「XANXUS……、君の言い分はわかった。しかしその子を離してあげてはどうかね。震えておるようじゃよ?」
「……」
知った顔で言うジジイに、余計に力を強める。
見下ろすと、カスザメは不安そうな顔でオレを見詰めていた。
見慣れた銀色と視線がかち合う。
その近さに、不意になんとも言えない気恥ずかしさが襲ってきた。
カスザメの目は思っていたよりも大きくて、それを縁取る長い睫毛はライトの光を跳ね返す。
ただただ真っ直ぐに見詰めてくる瞳に、息が詰まるようだった……自分らしくもない。
「……ザンザス?」
「ぁ……、……カスザメ」
「この体勢、結構きついんだけど……」
「……チッ」
「し、舌打ち!?」
少し苦しそうに言われて、思わず手を離した。
腰を擦るカスザメは、舌打ちをされたことに不服そうな様子だ。
というか、震えてたのは単純に体勢がキツかっただけかよ、このカスが、紛らわしい。
……心配なんてした自分がバカみてぇじゃねぇか。
とにもかくにも、もうこんなところに用はない。
一刻も早く帰ろうと、カスザメに手を伸ばした。
嫌な感じがする。
皮膚にまとわりつくような、不快感。
早く帰ろう。
しかし伸ばした手は、カスザメを掴むことが出来なかった。
背後から近付いたクロッカン・ブッシュが、油断していたカスザメの隙を突いて、その腕を捻り上げた。
「い"っ……!?」
「てめ……」
「動くな。怪我をしたくなければな」
「スクアーロ、お前はまだわからないかもしれないがな、このままXANXUSと一緒にいりゃあ、お前は必ず色んなものを失っていくぞ」
「はぁ!?」
「見ていてわかった。お前の付き従うご主人様は、XANXUSは、お前のことを殴って利用して、消費させるばかりじゃねぇか」
「なに……言って……」
「子どもが命を懸けるとか、一生従うとか、そんなもんはボンゴレは求めてねぇんだ。お前は一度、XANXUSから目を背けてみろ。端から見てたらお前、普通に虐められてるようにしか見えねぇからな?」
「はあ"ぁ!?」
「!?」
ガツンと頭を殴られたような気がした。
カスザメも同様に唖然としている。
確かに、オレは奴のことを犬だなんだと呼んでいたし、ムカつけば殴るし、物も投げつける。
でもカスザメはそれをわかっててオレの側にいる。
嫌なら避けるし、オレだって執拗に嫌がることはしてない。
してない……はずだ。
チラリとカスザメを窺う。
戸惑ったように守護者どもを見ていたが、視線に気付いたのだろう、こちらに顔を向け、困惑したように眉を下げた。
「……ザンザスはオレのこと、嫌いなのか?」
「……は?」
「いじめって、嫌いだからするんだろ?」
「……オレがお前のことを嫌ってると思うのか?」
「……わかんねぇ。だってザンザスはあんまり……話してくんねぇ、し」
「……嫌いなら、とっくに追い出してる」
好きだなんて、ストレートに言えるほど素直な性格はしていない。
目を逸らしながら、辛うじて嫌ってないとだけは伝えた。
それだけでも、恐ろしいほどに恥ずかしい。
なのにカスザメは、嬉しそうにぱっと顔を輝かせると、花が咲くように笑顔を浮かべた。
「!そ、そうだよなぁ!なら、問題ない‼」
自信たっぷりにそう叫んだ。
クロッカンはそれに驚いたらしい。
……カスザメが笑ったことにも驚いていたのかもしれない。
アイツは余り笑顔は見せないから。
その拍子に、掴まれていた腕をほどいて、カスザメは守護者たちに向かい合った。
「あ……はあ!?何言ってんだお前は!料理勝負の時なんてお前、完全に虐待にしか見えなかったんだぞ!」
毒味をさせてあげく食い物を突っ込んだあたり、俺も若干反論がしにくいことは認める。
しかしカスザメは、それでも自信満々に言い放った。
「オレはザンザスのことが好きで側にいんだよ!あんたらにどう見えてんのかわかんねぇけど、オレが好きでやってることなんだから、良いんだよ!」
「なっ……!」
「っ……」
すたすたとオレの元へ戻ってきたカスザメは、思わずと言ったようにふにゃっと笑う。
「ずっと着いてくよ、オレ。殴られても平気。毒味なら進んでする。ザンザスがオレの大切な人だから。だから、さっさと帰ろうぜ?オレの考えなんて、あの人らにはわかんねーし、あの人らの考えも、オレにはわかんねぇもん。これ以上は、話すだけ無駄なんだよ」
「っ……」
腕を引かれる。
この、バカは。
どうしてこんなにも真っ直ぐにオレを見つめるのだろう。
振り向きもせずに進むカスザメに、抗うことも出来ずに引かれていく。
オレよりも小さな手が、細い背が、低い頭が、こんなにも心地よく感じる、とは。
カスザメに促されるまま、部屋を出ていく。
振り向いたら部屋の中で、守護者達が呆然とする中で、ジジイがカスザメのことを興味深そうに見ていたのが、酷く印象に残った。
アラームの音が室内に響く。
明るく照らされた部屋とは対称的に、そこにいた男達の空気はピリピリと殺気立っていた。
「ばっっっかじゃねーのか!?四六時中スクアーロの側に張り付いてちゃ勝負になんねぇだろうが!」
「男が過ぎた勝負にケチをつけるな、カス」
「っっんだと!?」
怒鳴り散らすガナッシュに、オレはぎろりとガンを飛ばした。
相手も殺気混じりの視線を飛ばしている。
流石にまずいと思ったのか、カスザメが間に割って入った。
「待てよ!そもそもあんたら、ザンザスにじっとしてろとか、誰かに絶対……キ、キスしろとか、そんなこと言ってなかっただろぉ?なのに今さら文句言うのは筋違いなんじゃねぇのかぁ?」
「……『お嬢ちゃん』よ、こりゃあ大人の話し合いだぜ。余計な口は挟まないことだな。」
「なっ……!」
カスザメの顔がぱっと赤くなる。
中性的な顔に細身の体、今はスカートなんて履いているもんだから、『お嬢ちゃん』なんて言われても違和感は感じない。
だが本人からしたら自身のプライドを大きく傷付ける呼び方だろう。
何よりも、誰よりも、奴は男であることに拘りを持っているようだから。
「カスザメの言う通り、お前らがオレに文句を言ってくるのは筋違いだろうが。好みの女もいなかったし、つまりはそう言うことだろう」
「こんだけ出来た別嬪さん並べられて、好みじゃないから付き合わねぇだぁ!?XANXUS!てめぇは全世界の男を敵に回したぞ!」
「知るかドカス」
「っあー!!もうキレた!殴る!てめーは一発殴る‼」
「お前は少し落ち着けガナッシュ」
「確かに、XANXUSの言うことには一理ある。だが彼女達の何が気に食わない?料理も出来る、マナーも心得ている、頭だって良いし、器量も良い。どこに不満があるんだ?」
ガナッシュを押し退けて出てきたコヨーテは、カスザメを視界にも入れず、名前も出さず、どうやら徹底的に除け者にする気らしい。
チラリとカスザメの様子を窺う。
下唇を噛み、俯いていた。
指の間接が真っ白になるほど、手を強く握り締めている。
悔しいのだろう。
理由もなく、……理由があるのだとしたら、自分が若く女らしいというそれだけで、除け者にされるのは。
カスザメの目の端は、少しだけ赤くなっていた。
「カスザメ」
「……なに、なんだよ、ザンザス」
「あの女どもはこいつより劣っていた。そう思ったから、誰も選ばなかった」
「は……?」
「初めにオレは言ったはずだ。こいつより性能の良いのを連れてこい、と」
「……確かに、そう言っていたが」
「オレはあの女どもよりこいつのが良い。他はいらん」
「あ……」
「オレに嫁を作りてぇなら、もっと真剣にやれ。今回のようなくそつまんねぇ茶番をしてみろ。次は全員カッ消す」
強張っているカスザメの肩を掴んで引き寄せる。
驚いて目を見開き、それでも無抵抗に抱き寄せられたカスザメの視線が顔に突き刺さっている。
言いたいことはわかる。
わかるし、オレだってこんなことはしたくねぇ。
恥ずかしすぎる。
だがそれでも、奴らを黙らせるにはこれくらいはしなければ足りない。
「それとも、このカスに口付けでもすれば満足か?」
「え」
「おま……本気か!?」
本気なわけがない。
こいつにキスなんてしたくない。
カスザメは好きだ……好きだが、好きだからこそ、こんなところでしたいとは思わない。
腕に抱いた細い肩が、少し震えているようだった。
怖いのかもしれない。
そりゃあそうか。
オレが奴にこんな扱いをしたのは、初めてだから。
「……みな、少し落ち着いてはどうかね」
「ボス……」
「XANXUS……、君の言い分はわかった。しかしその子を離してあげてはどうかね。震えておるようじゃよ?」
「……」
知った顔で言うジジイに、余計に力を強める。
見下ろすと、カスザメは不安そうな顔でオレを見詰めていた。
見慣れた銀色と視線がかち合う。
その近さに、不意になんとも言えない気恥ずかしさが襲ってきた。
カスザメの目は思っていたよりも大きくて、それを縁取る長い睫毛はライトの光を跳ね返す。
ただただ真っ直ぐに見詰めてくる瞳に、息が詰まるようだった……自分らしくもない。
「……ザンザス?」
「ぁ……、……カスザメ」
「この体勢、結構きついんだけど……」
「……チッ」
「し、舌打ち!?」
少し苦しそうに言われて、思わず手を離した。
腰を擦るカスザメは、舌打ちをされたことに不服そうな様子だ。
というか、震えてたのは単純に体勢がキツかっただけかよ、このカスが、紛らわしい。
……心配なんてした自分がバカみてぇじゃねぇか。
とにもかくにも、もうこんなところに用はない。
一刻も早く帰ろうと、カスザメに手を伸ばした。
嫌な感じがする。
皮膚にまとわりつくような、不快感。
早く帰ろう。
しかし伸ばした手は、カスザメを掴むことが出来なかった。
背後から近付いたクロッカン・ブッシュが、油断していたカスザメの隙を突いて、その腕を捻り上げた。
「い"っ……!?」
「てめ……」
「動くな。怪我をしたくなければな」
「スクアーロ、お前はまだわからないかもしれないがな、このままXANXUSと一緒にいりゃあ、お前は必ず色んなものを失っていくぞ」
「はぁ!?」
「見ていてわかった。お前の付き従うご主人様は、XANXUSは、お前のことを殴って利用して、消費させるばかりじゃねぇか」
「なに……言って……」
「子どもが命を懸けるとか、一生従うとか、そんなもんはボンゴレは求めてねぇんだ。お前は一度、XANXUSから目を背けてみろ。端から見てたらお前、普通に虐められてるようにしか見えねぇからな?」
「はあ"ぁ!?」
「!?」
ガツンと頭を殴られたような気がした。
カスザメも同様に唖然としている。
確かに、オレは奴のことを犬だなんだと呼んでいたし、ムカつけば殴るし、物も投げつける。
でもカスザメはそれをわかっててオレの側にいる。
嫌なら避けるし、オレだって執拗に嫌がることはしてない。
してない……はずだ。
チラリとカスザメを窺う。
戸惑ったように守護者どもを見ていたが、視線に気付いたのだろう、こちらに顔を向け、困惑したように眉を下げた。
「……ザンザスはオレのこと、嫌いなのか?」
「……は?」
「いじめって、嫌いだからするんだろ?」
「……オレがお前のことを嫌ってると思うのか?」
「……わかんねぇ。だってザンザスはあんまり……話してくんねぇ、し」
「……嫌いなら、とっくに追い出してる」
好きだなんて、ストレートに言えるほど素直な性格はしていない。
目を逸らしながら、辛うじて嫌ってないとだけは伝えた。
それだけでも、恐ろしいほどに恥ずかしい。
なのにカスザメは、嬉しそうにぱっと顔を輝かせると、花が咲くように笑顔を浮かべた。
「!そ、そうだよなぁ!なら、問題ない‼」
自信たっぷりにそう叫んだ。
クロッカンはそれに驚いたらしい。
……カスザメが笑ったことにも驚いていたのかもしれない。
アイツは余り笑顔は見せないから。
その拍子に、掴まれていた腕をほどいて、カスザメは守護者たちに向かい合った。
「あ……はあ!?何言ってんだお前は!料理勝負の時なんてお前、完全に虐待にしか見えなかったんだぞ!」
毒味をさせてあげく食い物を突っ込んだあたり、俺も若干反論がしにくいことは認める。
しかしカスザメは、それでも自信満々に言い放った。
「オレはザンザスのことが好きで側にいんだよ!あんたらにどう見えてんのかわかんねぇけど、オレが好きでやってることなんだから、良いんだよ!」
「なっ……!」
「っ……」
すたすたとオレの元へ戻ってきたカスザメは、思わずと言ったようにふにゃっと笑う。
「ずっと着いてくよ、オレ。殴られても平気。毒味なら進んでする。ザンザスがオレの大切な人だから。だから、さっさと帰ろうぜ?オレの考えなんて、あの人らにはわかんねーし、あの人らの考えも、オレにはわかんねぇもん。これ以上は、話すだけ無駄なんだよ」
「っ……」
腕を引かれる。
この、バカは。
どうしてこんなにも真っ直ぐにオレを見つめるのだろう。
振り向きもせずに進むカスザメに、抗うことも出来ずに引かれていく。
オレよりも小さな手が、細い背が、低い頭が、こんなにも心地よく感じる、とは。
カスザメに促されるまま、部屋を出ていく。
振り向いたら部屋の中で、守護者達が呆然とする中で、ジジイがカスザメのことを興味深そうに見ていたのが、酷く印象に残った。