外待雨(ほまちあめ)

「挟み込むぞぉ」
「了解なのな!」
オレ達は弾かれるようにして左右に別れる。
敵は一瞬戸惑う素振りを見せてから、素早く上空へと飛び上がった。
その姿はもはや人の姿すらとっていない。
どろどろで黒い、スライムのようだ。
「オレが行くのな!」
「お゙う!」
雨の炎で飛び上がり、敵の更に上を陣取る。
オレの武器は小刀……っつっても、その刀身は雨の炎で出来ているから、自由自在に形を変えられる。
長くすることも可能だし、平たく広げて、バリアーみたいにだって出来る。
広げた雨の炎で、オレに向かって飛んできたスライム野郎を押し戻す。
「下はオレがやる!!」
「任せたのな!」
落ちてくるスライムを迎え撃つのはスクアーロの役目。
腹を括ったのか、スクアーロに向けてありったけの殺気を放つスライムの体を、銀色の斬撃が切り裂いていった。
飛び散る黒い液体。
血、なのかな?
そしてそれと同時に響く断末魔の叫び。
というか、叫びなのかなんなのか、酷く頭に響く不快な音が続いている。
ガラスとガラスを擦り合わせるような感じの音だ。
「う……なんなのな、この音……?」
「目を閉じろ山本ぉ」
「へ?」
「帰るぜぇ」
突然言われて、困惑したのは一瞬だった。
差し出されたスクアーロの手を、反射的に掴み取る。
言われた通りに目を閉じた瞬間、体が、深く深く、沈んでいくような感覚に陥ったのだった。


 * * *


「――……ろ……おきろ、山本!」
「うわぁ!?」
声が聞こえてきた。
パッと目を開けると、目の前に迫っている鉄製の拳。
ギリギリで起き上がって拳を避けると、床が大きな衝突音を発する。
バキッてなったけど、大丈夫かな……。
「ったく、やっと起きやがったかぁ」
「あ……スクアーロ!?」
不機嫌そうな声と、空気がピリッとする感じに、スクアーロの存在をようやく思い出す。
オレ、さっきまで夢の中にいて……それで?
その後、どうしたんだっけ?
「どうやら、敵は倒せたらしい」
「敵……あ!」
辺りを見回すと、そこは自分の部屋の中で、机を挟んだ向こう側に見覚えのない男が転がっていた。
「こいつが、オレ達のことを夢の世界に引きずり込んだ奴か?」
「いや、こいつも恐らく被害者だろうなぁ。犯人は恐らく、既に実体を捨てている」
つまり、意識だけの存在が夢の世界を出入りして、人を殺してたってことだぁ。
そう言われて、何だかオレは吐き気がした。
そんなの、もはや人間とは呼べないだろう。
そんな存在になってまで、どうして人を殺さなければならなかったのか。
考えると、やりきれない気持ちになる。
「……テメーは余計なことを考えるなよ、山本武」
「……だってさ」
「お前が何考えたところで、こういう馬鹿はいなくならねぇ。考えるだけ無駄だぁ」
「そうかな……」
「時には、割り切ることも勇気だろぉ」
そう言われて渋々と頷く。
そうかもしれない。
ツナなら、違うというかもしれない。
オレは、どっちだろう。
「そういう奴も、たくさんいる……」
「あ゙あ」
「でもさ、スクアーロ。オレは、オレ達は、こんな奴が一人でも少なくなるために、戦っていきたいのな」
「……」
「こいつにも、こんな姿になってまで戦う理由があった。そんな悲しい理由を、なくしていきたい」
「キリがねぇぞ」
「別に良いのな!生きてる限りは、頑張り続けられるし」
にっと笑う。
ちょっと強がりが過ぎたかもしれねぇけど、それでもオレは笑う。
スクアーロはちょっと呆れたような顔をした後、ぺしりとオレの頭を叩いて、吐息を漏らした。
「ま、くれぐれも無理だけはすんなよ」
「へへ、わかってるって!」
「オレもヴァリアーとして、少し位は手ぇ貸してやれるからなぁ」
「スクアーロがいれば、オレ100倍は頑張れるのな!」
「嘘くせぇ数字だなぁ」
スクアーロが漏らしたちょっとの笑顔に、気持ちが安らぐ。
スクアーロの言葉で、勇気が出てくる。
いつもはその表情も声も、オレを含めた皆に向けられている。
もしくは、XANXUSとか、ディーノさんとかに、向けられているのかもしれない。
でも、今はオレだけに向けられているその気持ちが、嬉しくて嬉しくて堪らない。
「オレ、スクアーロのこと大好きなのな」
「何言ってんだぁ、気持ちわりぃ」
「オレのお師匠様だからなー」
「さっさと自立しろぉ」
「そう言うなって!」
優しく強かな、銀色の慈雨。
今だけはオレに降ってほしい。
オレがスクアーロに向ける気持ちは、ディーノさんがスクアーロを想う気持ちとか、ツナが笹川に向ける気持ちとかとはたぶん違うんだろうけど、でも好きという気持ちは本物のはずだから。
だからほんの僅かな時でも構わない。
この綺麗な雨を、一人占めしていたい。
銀色に煌めく、自分だけの雨。
「ところで、山本」
「んー?」
「壊れた壁は後で弁償する。……9代目が」
「あ……」
どうやら、壊れた壁は夢ではなかったらしくて、その穴からは部屋の床を目掛けて、さらさらと雨が降り注いでいた。
銀糸のような綺麗な雨だ。
オレは笑って言ってみた。
「ま、部屋に降る雨ってのも案外綺麗だし、別に構わないのな」
「はあ?」
「後で自分で直すよ」
「ボンゴレが直した方が早いだろ」
「良いんだって!でもとりあえず、穴塞ぐのだけ手伝ってくれねーかな?」
「……いいだろう」
雨は綺麗だ。
オレだけのものに出来たらな、って考える。
けれど、穴を塞ぐために外に出たとき、空から落ちる滴の群れは、部屋に降る雨よりもずっとずっと綺麗だった。
「スクアーロさ」
「あ゙あ?」
「明日、早くイタリアに帰ってあげた方が良いと思うのな」
「はあ?道場行くんじゃなかったのかぁ?」
「それはもう良いのなー。敵も来たし、スクアーロの周りの人、きっとみんな心配してるだろうぜ」
「……そんなことねぇだろ」
「あ、イタリア行きの飛行機空いてるって!予約しといたのなー!」
「早いなお゙い!?」
雨は、大空にあってこそ、輝く。
だからスクアーロには、早くホームグラウンドに戻ってもらった方が良いかなって、思った。
「イタリアの雨も、きっとすっげー綺麗なんだろうなー」
「お前……頭打ったかぁ?」
「そんなことねーのな!……なあスクアーロ、また日本来いよな」
「ああ?またも何も、こっちにゃ仕事でしょっちゅう来てんだろうがぁ」
「うん、でも、またすぐ来いよな」
「……わかったよ」
そろそろ、雨は止みそうだ。
昔、一度聞いたことがある。
自分のとこだけに、局地的に降る雨のことを、外待雨って言うらしい。
外待雨も綺麗だけれど、雨はきっと、誰かと見る時にこそ、一番きれいに見えるんだろう。
「雨、綺麗だったなー」
「……そうだなぁ」
スクアーロが共感してくれたのが、嬉しかった。
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