外待雨(ほまちあめ)

※注意※
・山本が出張ります
・山本が根暗です
・山本が山本じゃありません
・それでもこれは群青短編です








その日の夜に降った突然の雨は、思わぬ人を連れてきた。
『ゔお゙ぉい、ちょっと雨宿りさせろぉ』
「……スクアーロ?」
インターホン越しに聞こえてきた、ドスの利いた不機嫌そうな声に、オレは慌ててドアを開けに行く。
1年半前から、大学生として一人暮しを始めたアパートに、スクアーロが来たのは初めてだ。
と言っても、この部屋は頻繁に使っているものでもないから、当然っちゃ当然なのかもしれないけれど。
たまたまオレがこの部屋で休んでるときに、たまたまスクアーロが訪れた。
滅多にある偶然じゃない。
ちょっとだけ嬉しくなって、冷蔵庫の奥に眠っていた、高級なアイスを出した。
「ん、どーぞ」
「そこは普通、お茶でも出すところじゃねぇのかぁ?」
「まあまあ、たまにはアイスも良いだろ?」
渡したタオルで髪を拭きながら、床に直で座っているスクアーロ。
変な感じだ。
この部屋と、仕事着で寛ぐスクアーロは、恐ろしいほどにミスマッチだった。
「イタリアにいるって聞いてたんだけど、いつ日本に来てたのな?」
「今日……いや、日付越えてるから、昨日になるのかぁ。仕事自体は終わらせたんだが……、雨にやられてなぁ」
仕事……ってのは、やっぱり暗殺とか、そういう関係の事なんだろう。
近くに寄ったときに、ほんの微かにだけど、鉄臭い匂いがしたから。
そんな仕事の後に、不用意にコンビニなんかに寄って傘を買うわけにもいかず、かといって濡れ鼠で帰るわけにもいかず、それでオレの部屋に寄ったと言うことらしかった。
「折角だし、今日は泊まってけよ!スクアーロも、疲れてんだろ?」
「……そうだなぁ。雨も、止みそうにねぇし」
「じゃあ、明日の朝は道場行くのな!久々に打ち合いしようぜ!」
「良いぜぇ。血が騒ぐなぁ」
ククッと笑ったスクアーロの、子どもみたいなやんちゃな顔は、初めて会った時からほとんど変わっていない。
もう三十路も近いって言うのに、若々しくて、凛々しい横顔。
「……どうかしたかぁ?」
「え?……んーん、何でもねーのな」
つい見過ぎてしまって、不思議そうな顔をされた。
「スクアーロ、どんな仕事してきたんだ?」
誤魔化すように、違う話題を持ち出した。
深く突っ込む気はないのか、スクアーロもそれに乗ってくれる。
「そりゃあ、切ったり殴ったり吐かせたり、ガキには想像もつかないようなことだ」
「ガキってなー……。オレだってもう20歳だぜ?スクアーロが思う程、ガキじゃねーのな」
「ほぉ、そりゃ頼もしいな」
気のない相槌を打って、スクアーロは徐に立ち上がる。
アイスの空箱をゴミ箱に捨てて、キッチンへと向かった。
「飯、何かねぇかぁ?食いそびれて、腹が減った」
「いきなり言われてもなー。余り物ばっかりだぜ?」
「余り物でも、何かしらは作れるだろぉ。キッチン借りるぞ」
「オレにも作ってくんね?」
「夜食かぁ?太るぞぉ」
そんなことを言いながらも、インスタント食品を使ったりしながら、あっという間に料理を作り上げてくれた。
おお、余り物で作ったとは思えない。
「やっぱスクアーロ、料理上手いんだな!」
「ふん、おだてたところで何も出ねぇぞぉ。それより、最近はどうなんだぁ?大学?単位とか色々あんだろ?」
「ん?んー、まあ上手くやってんぜ?」
そう言えば、スクアーロは中卒だって言ってたっけ。
なら、大学には通ったことないのか。
「ツナのおふくろさんにも言われたし、やっぱ今だけでもちゃんと学生生活楽しまないとな」
元々、ボンゴレをマフィアではなく自警団として機能させると決めた頃から、オレ達は漠然と、大学へと通わないものだと考えていた。
その頃は高校生だったが、卒業したらすぐに働いて、スクアーロみたいに海外を行ったり来たりして、忙しく働いて……。
でもツナが、マフィアの事は伏せて、おふくろさんに将来のことを話したとき、大学には通うってことを約束させられたらしい。
ツナが通うならオレ達も、なんて具合に、結局は皆大学へと進んだ。
――『きっとそこでしか掴めないものもあるはずよ』
ツナのおふくろさんはそう言っていた。
大学に通いながら、自警団として働くのはやっぱりハードだったけれど、ツナも獄寺も、そしてオレも、後悔はしていない。
表社会と繋がっている。
それは思ったよりも、オレ達の心を支えてくれた。
大人の言うことっていうのは、バカにできないもんだな、なんて考えたりもしたものだ。
「楽しめよ。オレ達がきっちりサポートしてやるから」
「……また子ども扱いしてんのな」
「子どもだからなぁ。今のうちに甘えておけよ」
「……うん」
真剣味を帯びたスクアーロの言葉に、オレは頷くしかなかった。
スクアーロや、XANXUSや、ベルフェゴールや、裏社会に生きる多くの人々が取り零してきた時間を、オレ達は今、生きているのだ。
「……お゙ら、辛気くせぇ顔してんじゃねぇぞ、カス。このオレが作った飯食ってんだぁ。もっと美味そうな顔して食え」
「何だよそれ?強引すぎんのな」
笑いながら、箸を動かす。
雨のせいか、少しネガティブになってるみたいだ。
せっかくの大学生活、せっかくの、スクアーロとの二人きりの時間。
オレと同じ年の頃には、既に忙しく働いていたであろうスクアーロに、少しでも楽しい気持ちを分けてあげよう。
今日はどんな楽しい講義があったのか、今度から始まる実習のこと。
話そうとして、口を開いたときだった。
「っ!何か……」
スクアーロが弾かれたように顔を上げる。
釣られてオレも顔を上げた。
その瞬間に、部屋の窓を斬撃が襲い、飛び散るガラス片の向こうから、一人の男が、飛び込んできた。
「……今日の雨は、随分と色んなもん連れてくるのな」
不満げなオレの呟きを余所に、殺気が部屋に広がった。
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