隣には君

2月4日、その日は特別な日だった。
アイツにとっても、オレにとっても。

「っ……と。」

時刻は既に深夜2時。
日本風に言えば、草木も眠る丑三つ時。
オレは壁をよじ登って、目的の部屋の窓枠に手を掛ける。
幸い、単純な仕組みの鍵だったから、素早く開けて中に入る事が出来た。
なかなか厳しい警備が敷かれていたが、ある程度中身を知っていたオレならば、察知されることなく侵入することが出来る。
音もなく部屋の中に降りたオレは、灯りのない室内を見回して肩を落とす。
やっぱり、遅かったか……。
キングサイズのどデカいベッドには、一人の男が横たわっていた。
窓からの月明かりを浴びて、男の金髪が煌めいている。

「……跳ね馬?」

小さな声で名を呼ぶが、反応はない。
すっかり寝入っているらしい跳ね馬ディーノの傍まで近寄ったオレは、その顔を覗き込んで確認する。
穏やかな寝顔。
ちょっとやそっとじゃ起きそうにない。

「遅かったかぁ……。」

2月4日はディーノにとってもオレにとっても、特別な日だった。
今日がその2月4日。
マフィア、キャバッローネファミリーのボス、跳ね馬ディーノの誕生日だった。
別にオレが、こいつの誕生日祝ってやる必要はなかったかもしれないけれど。
こいつは今日の昼間に、誕生日パーティーで色んな人に祝われるんだろうけれど。
オレは昨日も今日も、明日も明後日も忙しくて、やっと1、2時間ほど時間を空けるのが精一杯だけれど。
それでも直接会って、祝いの言葉を言うくらいしてやりたかったんだがなぁ。
……ここに来る前にシャワー浴びてこなければ、もしかしたら間に合ったかもしれねぇが、返り血スゴかったから、そればっかりは仕方ないよな。

「……しばらく会えないんだけどなぁ。」

明日からの仕事は海外で、それも長引きそうなモノで、たぶん次に会えるのは何週間も後になるだろう。
シーツの上に投げ出された手に自分の手を重ねて、間抜けな寝顔を眺める。
でもまあ、考えてみれば、それで良かったのかもしれない。
だってあまりに忙しくて、プレゼントの1つも持ってこられなかったのだから。

「……誕生日、おめでとな、ディーノ。」

額に掛かる髪を払って、軽く口付けた。
そろそろ戻ろうか。
そう思って、立ち上がった。
そして何故か、気が付くとオレはふかふかのベッドの上に投げ出されていた。
な、なんで……!?

「な……なに、が……!?」
「ったく、折角寝たフリして待ってたのに、デコちゅーだけで帰んのかよ……。」
「は、跳ね馬……!
起きてたのかよ……!?」
「お前が窓開けた音で起きたんだよ……。
つか、何で窓……。」

オレの視界にぬっと入ってきたのは、ずっと寝てると思ってたディーノだった。
眠そうに目を擦り、ぶちぶちと文句を言いながら驚くオレの体の上にのし掛かってくる。
つーかこれ!押し倒されてるのか!?
それとも押し潰されてる!?
コイツ何がしたいんだよ!?

「オレ、誕生日……。」
「そ、ぉだな……。」
「なのに、何帰ろうとしてんだよ……。」
「それは……仕事がまだあるから……。」
「そんなん知らねぇよ……ぜってー帰らせねぇし……。」
「は……はあ!?」

のっそりとのし掛かったまま、オレの肩を握って離さないディーノの様子。
どうやら寝惚けているらしい。
……そのわりには、やけにはっきりと喋っているけれど。
ディーノの肩を叩きながら、とりあえずオレは、体の上から退いてくれるように説得してみる。

「跳ね馬ぁ、重いから退いてくれよ。」
「やだ、お前帰っちまうだろ。」
「帰んねーから、とりあえず退けって。」
「チューしてくれるまで離れないー。」
「はあ?」

ディーノはイヤイヤと首を振りながら、更に力を込めて抱き付いてくる。
重たいし痛い……。
ついでに言えば癖っ毛が鼻を掠めるせいでくしゃみが出そうだし、このバカが首筋に顔を埋めてくるせいで凄くこそばゆい。
つーかチューとか何だよそんなん恥ずかしくて出来ねぇよ……!

「チュー……。」
「んだよっ……、いつもそっちから迫ってくるくせにっ……!」
「スクアーロからしてほしい。
なー、ちゅうー。」
「っ……お前、寝惚けてないでちゃんと目ぇ覚ませよっ!」
「ちゃんと目ー覚ましてるし。」
「いや覚ましてねぇ、間違いなくっ……!」

まるで駄々っ子みたいな物言いで、肩口にグリグリと頭を押し付けられて、痛いやら擽ったいやらでイライラしてきた。
何なんだコイツはもう。
疲れてんのか?

「跳ね馬、いい加減に……。」

しかしオレが口を開いてすぐに、言葉を遮るようにして、軽やかな電子音が鳴った。
自分の携帯電話だ。
ちょうどディーノに押し潰されて手が届かない位置にある胸ポケットに入っている。

「……跳ね馬、ケータイ出たいんだがぁ。」
「誰だよ……、男か……?」
「は……?たぶん、男だけど。」
「……オレが出る。」
「はあ!?」

今、このバカが何を考えているのかサッパリわからない。
モゾモゾと動き始めたディーノに、胸元をまさぐられて、慌ててその腕を掴んで止めた。
何なんだよ本当に!!

「ちょっ……!何すんだよ!!」
「ケータイここにあるんだろ?」
「自分でとるから変なとこ触んな!!」
「却下。」
「なんでだよ!?」

腕を掴んでいた手は呆気なく振り払われて、しかもそのまま両手を掴まれて捻り上げられる。
マジで痛い!
痛い上に身体中まさぐられて擽ってぇ!!

「っ……!やめっ、んっ……うぁ!?
そっちじゃねぇよバカ!左だ左ぃ!!」
「あー……これか。」

結局は被害を抑えるために自分からケータイの場所を白状するはめになった。
この数分間で、酷く疲れた気がする。
ディーノが携帯電話を探し出して、今度こそ解放されるかと思ったのも束の間、オレは今度はうつ伏せの状態で背中からのし掛かられることになったのだった。

「おい!退けよ跳ね馬ぁ!
後ケータイ返せっ!」
「もしもし、ディーノです。
……スクアーロは今日帰らないから、あとヨロシクなー。」
「勝手なこと言うなよお前はぁ!!」
「あーもう、うるさいってスクアーロ……。」
「えっちょっ……っんん……!」

結局、ディーノはオレの口を塞ぐために自分から口付けてきた。
啄むような軽いキス。
何度か繰り返すと、それで満足いったのか、ペロリと唇を舐めて微笑んだ。
ディーノはそのまま直ぐに、枕に突っ伏すようにしてすやすやと安らかな寝息を立て始める。
…………オレの体を、抱き枕みたいに抱き締めたまま。

「……仕事が…………。」

どうやら、予定は変更せざるを得なくなってしまったようだった。
幹部から頼まれた大きな仕事が……。
仕方なく、ディーノが投げ出したケータイを取って、気持ち良さそうに眠るバカを起こさないように、メールで部下に連絡を取った。
コイツが起きたら、さっさと帰って合流しなくちゃな……。
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