――どういう、事なの……？
理解が追い付かなくて、私は目を見開き、固まっていた。
蘇芳の回りにいた人達がみんな、突然意識を失ったかのように首をだらりと下げたかと思うと、次の瞬間、殺意に満ちた目で、ギラギラと私達のことを睨み付けてきた。

「蛍ちゃん……！」

不安そうに、桃井さんが私の服の裾を掴む。

「二人とも、下がってください。」

張り詰めた黒子君の声が、目の前から聞こえた。

「勝ったと、思ったでしょぉ？
ざぁーんねん、私の勝ちだよぉ。」

楽しそうに笑う蘇芳の声は、耳から入って脳みそを痺れさせていくように感じる。
魔力のような、異常な魅力を伴って、彼女は優雅に立ち上がった。

「心に隙が出来たからぁ、支配するのも楽になっちゃったぁ♪」
「何を……言ってるの？」
「うふふ、わかんないよねぇ。
わかんなくて、良いんだよぉ？
わかんないまま……死んじゃえ。」

冷酷に下された言葉が、私の耳に届くか届かないかの内に、男子達が走ってきた。
拳を振り上げ、顔を歪めて、目を血走らせて、迫ってきている。

「おい！何してる!!」

しかし突如響いた男の声に、男子達の動きは止まった。

「何してるって聞いてるんだ！
多々良、桃井、黒子、怪我はないか!?」
「伊達、先生……。」

体育館に飛び込んできた伊達先生が、私達を庇うように、目の前に立ってくれた。
いつものへたれた様子からは想像できないくらい、毅然とした態度で仁王立ちして、目の前の生徒達を睨み付ける。

「お前ら、何をしようとしていた!?」
「え……え？」
「オレ達……オレ達、瑠璃子を守らなきゃって……思って……。」
「そう……そうだよ、ルリっちのこと、そいつらがいじめるから。」
「先生ぇ！
ごめんなさい、みんな熱くなりすぎちゃったみたいでぇ……。」

白々しく、蘇芳はそう言い、周りの者達ににこりと笑いかけた。

「もう、大丈夫だよぉ。
みんな、ありがとぉ。」
「で、でも、瑠璃子……。」
「みんなが喧嘩して怪我したらぁ……私、とっても悲しいなぁ。」
「そ、そうだな！」
「喧嘩は、よくねーよな！」

目が覚めたかのように、ハキハキと喋り出した男子達は、まるで何事もなかったかのようにバラけて、体育館に散っていく。
私達は無言でそれを見送っていく。
なんだったの、今の……。
口の端を吊り上げた蘇芳は、平然とした顔で私達の隣を通りすぎていく。

「……あなたのことぉ、敵って、認めてあげるねぇ。」
「っ……。」
「またねぇ、多々良さん？」

ヤバいものに、手を出してしまった。
今更ながらその事に気付いて、頬を冷や汗が伝う。
私は確信した。
蘇芳瑠璃子、こいつは、ただの人間じゃあ、ない。