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to be or not to be:生も死も今は大した問題じゃない
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――今朝のことである。
「今日から、このクラスに新しい仲間が増えます!
自己紹介してね、蘇芳さん。」
「はぁい!!」
元気の良い声、カラッと開いたドア。
その向こうから現れた少女に、生徒たちの間にざわめきが走った。
スキップするかのような軽い足取りで教卓の前に躍り出た彼女は、甘い微笑みを浮かべて自己紹介を始めた。
「蘇芳瑠璃子(スオウルリコ)でぇす!
今日からよろしくね?」
月並みな挨拶、だが、それを見た生徒たちは皆一様に顔を赤らめていた。
濃い瑠璃色の波打つ髪、滑らかな白い肌、長い睫毛に縁取られた丸い目、蘇芳色の輝く瞳、微笑みを浮かべた桃色の唇、鈴の鳴るような声。
「蘇芳さんは一番後ろの窓側の席に座ってくださいね!!」
「はぁい!!」
「今日は特に連絡することもないので、皆さん蘇芳さんとたくさん話して仲良くしてあげてくださいね!!」
教師が教室を出ると、ワッと教室が沸き返り、生徒たちは蘇芳瑠璃子の元へと集まった。
「蘇芳さん、スゴい美人さんだね!!
ビックリしちゃった!!」
「蘇芳さんどこの学校から来たの!?」
「ねーねー、瑠璃子ちゃんって呼んで良い?」
「えっとぉ……。」
一気に話し掛けられて戸惑う彼女に助け船を出したのは、黄瀬涼太だった。
「ストップストップー!
そんな一気に聞いても答えられるわけないじゃん!!
ルリっち大丈夫?」
「ルリっち?」
「瑠璃子ちゃんのあだ名……嫌だったっすか?」
「うんん!可愛いあだ名だね!!」
「っ!ルリっち可愛いっす!!
オレと付き合わない?」
「もー!冗談はやめてよぉ!!」
「そうだぞ黄瀬!
ただでさえモテるのにこの上蘇芳さんまで一人占めしようってのか!?」
「ズルいぞ黄瀬テメー!!」
「ちょっ、ちょっ!!何するんすか!?」
「け、ケンカはダメだよぉ!」
ふざけ合う男子たちを止めようとする蘇芳の頬は楽しそうに上がっていて、それを見て周りの者たちは和む。
「と、それでさ!
ルリっちは部活とかどうするの!?」
「部活?」
「うちは特別な理由でもない限り絶対にどこか入らなきゃいけないんだよ!」
「うーん……じゃあどこかの運動部のマネージャーやりたいなぁ!!」
「じゃ、じゃあバスケ部!!
バスケ部来て!」
「バスケ部……。」
他の者たちもさまざまな部活に誘うが、蘇芳はにっこりと笑うと、高らかに宣言した。
「じゃあ、放課後バスケ部見に行くねぇ!!
黄瀬君、案内してもらっても良いかなぁ?」
「もちろんっすよ!!
っていうか苗字じゃなくて涼太って、名前で呼んでほしいな。
オレも名前呼び出しさ!!」
「うん、じゃあ涼太くん、よろしくね♪」
快く承諾した黄瀬に、蘇芳はその笑みを更に深めた。
* * *
「……と、いうわけで、ルリっちに来てもらっちゃいましたー!!」
「えへへ、よろしくね♪」
小首を傾げてはにかむ蘇芳に、バスケ部一軍部員たちは沸き立った。
そしてここでもまた、質問攻めが始まる。
彼女の元に行こうとしないのは、既に2年生にして部長を襲名している赤司や、練習を始められずにイラつく緑間、興味なさそうに駄菓子を貪る紫原といったいわゆる変人・偏屈に分類される者たち。
そしてもう二人、遠巻きに見詰めている者たちがいた。
黒子と桃井である。
「ねぇ、テツくん……。
あの子、なんか……変わってるよ、ね?」
「……そう、ですね。」
『変わってる』、桃井はそう表現したが、二人が感じているのは紛れもなく、恐怖だった。
得体の知れない者を見詰めるような怯え混じりの視線を蘇芳に向けながら、二人はひっそりと会話を交わす。
「テツくん、わかる?」
「はい、……こんなこと、初対面の人に思っちゃいけないとわかっています。
ですが……僕は彼女が、怖いです。」
「何だろう……何だかアベコベで……私も怖いよ……。」
それは恐らく生物としての本能のようなものなのだろう。
他の者たちは感じないのだろうか。
不思議に思って見回すも、誰もそんな様子を見せる者はいなかった。
そしてキョロキョロとしていた桃井と赤司の視線が一瞬合う。
ギクリと身を引いた桃井に、案の定赤司から声がかけられてしまった。
「桃井、彼女はマネージャー志望のようだから、今日一日彼女について、マネージャーの仕事を説明してやってくれ。」
「え、……わ、私が?」
「やってくれるな。」
「あ、うん。」
疑問符なしの断定で言われてしまっては頷くしかなく、桃井は蘇芳のバスケ部案内を引き受けることになってしまったのだった。
きっと、さっき感じた恐怖は何かの勘違いなのよ!
そう自身に言い聞かせて、人集りの中に割って入っていく。
「あ、あの!蘇芳さん!!
今日一日私がバスケ部を案内することになったから……!」
「蘇芳さん蘇芳さん!!
オレが今日案内するよ!!」
「ざっけんな!!
オレが案内してやるよ!!」
「わっ何するんすか青峰っちー!
オレがルリっち案内するんす!!」
だが狂騒の体を見せる集団に踏みいるのは思っていたよりも難しく、何度もトライするがその度に弾き返される。
黒子に助けてもらい、ようやく彼女の側に寄ることができたのだった。
その間中、男子の群れの中で楽しそうに笑う蘇芳に、桃井は少し眉根を寄せる。
こっちの苦労も知らないで、と思うことは何もおかしいことはないだろう。
「蘇芳さん!
赤司君にあなたの案内を頼まれたの!
一緒に行きましょう。
みんなもそろそろ練習を始める時間だよ!!」
その瞬間、周囲から盛大なブーイングが巻き起こる。
桃井だって好きでこんなことをしている訳ではないのに、とんだとばっちりだ。
「案内よろしくね!!
みんなも練習、頑張って!」
「もちろんっすよ!!」
「テメーに言ったんじゃねーよ黄瀬!!
今日はいつもの倍頑張るからな!!
見てろよルリ!!」
「うんっ!」
デレデレとだらしなく鼻の下を伸ばすメンバーに、桃井は更にムッとする。
別に嫉妬している訳じゃないけど、確かに蘇芳さんって可愛いけど、だからってあんなに鼻の下伸ばしたりして、格好悪いったらないんじゃない!?
喧嘩する男子たちを見ながらそんなことを考えつつも、すぐに考えを切り替えて蘇芳に向き直る姿はさすが帝光バスケ部女マネと言えよう。
「私、桃井さつき。
よろしくね、蘇芳さん!」
「うん、よろしくね桃井さん。」
「えっ……と、じゃあ行こうか?
まずは、一通りマネージャーの仕事を説明するね。」
「ありがとぉ!」
ぎこちなく笑いながら蘇芳を案内する。
背後にたくさんの視線を感じながら、桃井は部室棟の部屋に案内した。
「――……ここで部員の人たちのために必要なドリンクとかタオルとかの準備ができるの。
洗濯機は部室棟の裏側にあるよ。
蘇芳さんがマネージャーになるとしたら、たぶん三軍のマネからスタートすることになるんだと思うけど……。」
「えーぇ、それは困るぅ……。」
「え?」
「私、一軍の皆と仲良くしたいからぁ、三軍スタートは困るのぉ。」
「は!?」
部室の案内中だった。
突拍子もない言葉に、桃井の思考は一時停止させられた。
振り返る前に、背中に衝撃を感じて、膝から床に転んでいた。
「いっ……!な、何するの!?」
「えー!?ルリなぁんにもしてないよぉ?」
「はっ!?」
痛みを堪えて立ち上がると、後ろに立っていた蘇芳が頬に拳を当てて小首を傾げていた。
その仕草は可愛らしいけど、浮かべられた歪な微笑みはまるで悪魔のようだった。
ゾクッと背筋を悪寒が走る。
やっぱり、やっぱりあの感覚は勘違いなんかじゃなかったんだ。
そう考えると同時に、この状況を再認して後悔した。
彼女と二人っきり、何をされるのか、わかったもんじゃない……!
「桃井さんってぇ、スタイルも、顔も良いよねぇ~?」
「突然、何なの……!?」
「私ぃ……あなたみたいなカワイー娘が側にいるの、堪えられないのぉ。
もちろん私が一番可愛いんだけどぉ、もし、万が一、あの子達があなたに目移りするようなことがあったらぁ、すっ……ごく!嫌なの!!」
「はぁ……!?」
い、意味がわからない!!
つまり自分がオンリー1じゃないのが納得できないって……そういうことなの!?
困惑する桃井に、一歩、また一歩と近付く蘇芳はその美貌が残念に思えるほどの歪んだ笑顔を浮かべている。
「邪魔、しないでね?」
「っ!?」
「ルリの邪魔したらぁ、桃井さんのこと、全力で潰すからねぇ。」
「ひっ!!」
首に指を押し付けられ、引き攣った声が出る。
怖いっ……!!
目を強く閉じて、恐怖をただひたすらに耐えることしかできなかった。
しばらくして、咽への圧迫感が消えて、そろそろと目を開けた。
「今日はここで許してあげる!
でもぉ、もしルリに楯突いたらぁ、許さないから、ね?」
「……!!」
ズルズルと壁を背に座り込む桃井を置いて、蘇芳は部室から出ていった。
意味が、意味がわからなかった……!!
この子が、こんな子がバスケ部に入ってくるの!?
「ねぇー、ルリ疲れちゃったぁ。
早くみんなのところにもどろぉよぉ!」
「で、でも、赤司君にマネージャーの仕事を説明してって頼まれて……。」
「うるさいわね。
ルリに働けっていうのぉ!?」
再び桃井に詰め寄った蘇芳は、その胸ぐらを掴んで叫んだ。
* * *
「そこであの女なんて言ったと思う!?
『可愛いルリは働かなくても許されるのっ!!あんたたちみたいな貧乏人と一緒にしないでよねぇ!!』って言ったのよ!?」
「例え部員が許したとしても私が許さないわ。
働かざる者食うべからず。
私から言わせてもらえば自分に与えられた責務すら果たせない無能に生きる価値は無いわ。」
「多々良さんならそう言ってくれるって信じてたっ!!」
興奮状態で語り終えた桃井さんに、鎮静作用のあるハーブティーを差し出しながら、大きく頷き同意する。
何なんだその人間の底辺みたいな自己中心的な考え方したクズ女は。
「体育館に戻ったら戻ったで皆してあの女のことちやほやしちゃって!!
赤司君だってあの女が入部するって言ったら、じゃあ今日は部活を早めに切り上げて記念にどこかに寄って帰ろうとか言い出すし!!」
「まあ。」
「みどりんも気にしてないふりしてるけどチラ見してんの皆気付いてるんだから!!」
「ムッツリなのね。」
「だいちゃんなんて、私が膝に怪我してること気付きもしなかったし!!」
「クズ男ばかりね。」
桃井さんの言葉に適当に相槌を打ちながら、棚の中を探して、木の箱を引っ張り出す。
それを持って桃井さんの前にたった。
「?それ、なに?」
「救急箱。
あなた怪我の手当てをしないでここに来たのね。」
「あ、ありがとう……。」
膝を見ると、少し血が滲んでいるし、内出血で紫色の痣が出来てる。
手早く手当てを済ませて、少し落ち着いたらしい桃井さんにカステラをすすめた。
「皆さんなんだか異様なほどに彼女に夢中になっているんです。
僕と桃井さんだけが、彼女に対して恐怖を抱いてる……。
もしかしたら僕たちがおかしいんじゃないかって思うくらい、空気が変なんです……。」
「テツくんの言う通りなの!
それで、みんなが帰ったあとに、二人で話して……、多々良さんに相談してみよう、って話になったの。」
「多々良さんなら、冷静にアドバイスをしてくれるんじゃないかと思ったんです……。
ごめんなさい、勝手に頼ってしまって。」
「……いいえ、良いの。
頼ってくれて嬉しかったわ。」
『テツくん』という親しげな呼び名に一瞬気を引かれたけど、申し訳なさそうな二人を安心させるように、私にできるだけの笑顔を作った。
しかし散々噂されていた転校生がそんなクズだったとは。
しかも噂によれば大層な美人だそうじゃないか。
周りの奴らは盲信しているようだし。
厄介なことになりそうだ……。
だが、蘇芳……?
チリ、と頭を記憶が掠めた。
「今日から、このクラスに新しい仲間が増えます!
自己紹介してね、蘇芳さん。」
「はぁい!!」
元気の良い声、カラッと開いたドア。
その向こうから現れた少女に、生徒たちの間にざわめきが走った。
スキップするかのような軽い足取りで教卓の前に躍り出た彼女は、甘い微笑みを浮かべて自己紹介を始めた。
「蘇芳瑠璃子(スオウルリコ)でぇす!
今日からよろしくね?」
月並みな挨拶、だが、それを見た生徒たちは皆一様に顔を赤らめていた。
濃い瑠璃色の波打つ髪、滑らかな白い肌、長い睫毛に縁取られた丸い目、蘇芳色の輝く瞳、微笑みを浮かべた桃色の唇、鈴の鳴るような声。
「蘇芳さんは一番後ろの窓側の席に座ってくださいね!!」
「はぁい!!」
「今日は特に連絡することもないので、皆さん蘇芳さんとたくさん話して仲良くしてあげてくださいね!!」
教師が教室を出ると、ワッと教室が沸き返り、生徒たちは蘇芳瑠璃子の元へと集まった。
「蘇芳さん、スゴい美人さんだね!!
ビックリしちゃった!!」
「蘇芳さんどこの学校から来たの!?」
「ねーねー、瑠璃子ちゃんって呼んで良い?」
「えっとぉ……。」
一気に話し掛けられて戸惑う彼女に助け船を出したのは、黄瀬涼太だった。
「ストップストップー!
そんな一気に聞いても答えられるわけないじゃん!!
ルリっち大丈夫?」
「ルリっち?」
「瑠璃子ちゃんのあだ名……嫌だったっすか?」
「うんん!可愛いあだ名だね!!」
「っ!ルリっち可愛いっす!!
オレと付き合わない?」
「もー!冗談はやめてよぉ!!」
「そうだぞ黄瀬!
ただでさえモテるのにこの上蘇芳さんまで一人占めしようってのか!?」
「ズルいぞ黄瀬テメー!!」
「ちょっ、ちょっ!!何するんすか!?」
「け、ケンカはダメだよぉ!」
ふざけ合う男子たちを止めようとする蘇芳の頬は楽しそうに上がっていて、それを見て周りの者たちは和む。
「と、それでさ!
ルリっちは部活とかどうするの!?」
「部活?」
「うちは特別な理由でもない限り絶対にどこか入らなきゃいけないんだよ!」
「うーん……じゃあどこかの運動部のマネージャーやりたいなぁ!!」
「じゃ、じゃあバスケ部!!
バスケ部来て!」
「バスケ部……。」
他の者たちもさまざまな部活に誘うが、蘇芳はにっこりと笑うと、高らかに宣言した。
「じゃあ、放課後バスケ部見に行くねぇ!!
黄瀬君、案内してもらっても良いかなぁ?」
「もちろんっすよ!!
っていうか苗字じゃなくて涼太って、名前で呼んでほしいな。
オレも名前呼び出しさ!!」
「うん、じゃあ涼太くん、よろしくね♪」
快く承諾した黄瀬に、蘇芳はその笑みを更に深めた。
* * *
「……と、いうわけで、ルリっちに来てもらっちゃいましたー!!」
「えへへ、よろしくね♪」
小首を傾げてはにかむ蘇芳に、バスケ部一軍部員たちは沸き立った。
そしてここでもまた、質問攻めが始まる。
彼女の元に行こうとしないのは、既に2年生にして部長を襲名している赤司や、練習を始められずにイラつく緑間、興味なさそうに駄菓子を貪る紫原といったいわゆる変人・偏屈に分類される者たち。
そしてもう二人、遠巻きに見詰めている者たちがいた。
黒子と桃井である。
「ねぇ、テツくん……。
あの子、なんか……変わってるよ、ね?」
「……そう、ですね。」
『変わってる』、桃井はそう表現したが、二人が感じているのは紛れもなく、恐怖だった。
得体の知れない者を見詰めるような怯え混じりの視線を蘇芳に向けながら、二人はひっそりと会話を交わす。
「テツくん、わかる?」
「はい、……こんなこと、初対面の人に思っちゃいけないとわかっています。
ですが……僕は彼女が、怖いです。」
「何だろう……何だかアベコベで……私も怖いよ……。」
それは恐らく生物としての本能のようなものなのだろう。
他の者たちは感じないのだろうか。
不思議に思って見回すも、誰もそんな様子を見せる者はいなかった。
そしてキョロキョロとしていた桃井と赤司の視線が一瞬合う。
ギクリと身を引いた桃井に、案の定赤司から声がかけられてしまった。
「桃井、彼女はマネージャー志望のようだから、今日一日彼女について、マネージャーの仕事を説明してやってくれ。」
「え、……わ、私が?」
「やってくれるな。」
「あ、うん。」
疑問符なしの断定で言われてしまっては頷くしかなく、桃井は蘇芳のバスケ部案内を引き受けることになってしまったのだった。
きっと、さっき感じた恐怖は何かの勘違いなのよ!
そう自身に言い聞かせて、人集りの中に割って入っていく。
「あ、あの!蘇芳さん!!
今日一日私がバスケ部を案内することになったから……!」
「蘇芳さん蘇芳さん!!
オレが今日案内するよ!!」
「ざっけんな!!
オレが案内してやるよ!!」
「わっ何するんすか青峰っちー!
オレがルリっち案内するんす!!」
だが狂騒の体を見せる集団に踏みいるのは思っていたよりも難しく、何度もトライするがその度に弾き返される。
黒子に助けてもらい、ようやく彼女の側に寄ることができたのだった。
その間中、男子の群れの中で楽しそうに笑う蘇芳に、桃井は少し眉根を寄せる。
こっちの苦労も知らないで、と思うことは何もおかしいことはないだろう。
「蘇芳さん!
赤司君にあなたの案内を頼まれたの!
一緒に行きましょう。
みんなもそろそろ練習を始める時間だよ!!」
その瞬間、周囲から盛大なブーイングが巻き起こる。
桃井だって好きでこんなことをしている訳ではないのに、とんだとばっちりだ。
「案内よろしくね!!
みんなも練習、頑張って!」
「もちろんっすよ!!」
「テメーに言ったんじゃねーよ黄瀬!!
今日はいつもの倍頑張るからな!!
見てろよルリ!!」
「うんっ!」
デレデレとだらしなく鼻の下を伸ばすメンバーに、桃井は更にムッとする。
別に嫉妬している訳じゃないけど、確かに蘇芳さんって可愛いけど、だからってあんなに鼻の下伸ばしたりして、格好悪いったらないんじゃない!?
喧嘩する男子たちを見ながらそんなことを考えつつも、すぐに考えを切り替えて蘇芳に向き直る姿はさすが帝光バスケ部女マネと言えよう。
「私、桃井さつき。
よろしくね、蘇芳さん!」
「うん、よろしくね桃井さん。」
「えっ……と、じゃあ行こうか?
まずは、一通りマネージャーの仕事を説明するね。」
「ありがとぉ!」
ぎこちなく笑いながら蘇芳を案内する。
背後にたくさんの視線を感じながら、桃井は部室棟の部屋に案内した。
「――……ここで部員の人たちのために必要なドリンクとかタオルとかの準備ができるの。
洗濯機は部室棟の裏側にあるよ。
蘇芳さんがマネージャーになるとしたら、たぶん三軍のマネからスタートすることになるんだと思うけど……。」
「えーぇ、それは困るぅ……。」
「え?」
「私、一軍の皆と仲良くしたいからぁ、三軍スタートは困るのぉ。」
「は!?」
部室の案内中だった。
突拍子もない言葉に、桃井の思考は一時停止させられた。
振り返る前に、背中に衝撃を感じて、膝から床に転んでいた。
「いっ……!な、何するの!?」
「えー!?ルリなぁんにもしてないよぉ?」
「はっ!?」
痛みを堪えて立ち上がると、後ろに立っていた蘇芳が頬に拳を当てて小首を傾げていた。
その仕草は可愛らしいけど、浮かべられた歪な微笑みはまるで悪魔のようだった。
ゾクッと背筋を悪寒が走る。
やっぱり、やっぱりあの感覚は勘違いなんかじゃなかったんだ。
そう考えると同時に、この状況を再認して後悔した。
彼女と二人っきり、何をされるのか、わかったもんじゃない……!
「桃井さんってぇ、スタイルも、顔も良いよねぇ~?」
「突然、何なの……!?」
「私ぃ……あなたみたいなカワイー娘が側にいるの、堪えられないのぉ。
もちろん私が一番可愛いんだけどぉ、もし、万が一、あの子達があなたに目移りするようなことがあったらぁ、すっ……ごく!嫌なの!!」
「はぁ……!?」
い、意味がわからない!!
つまり自分がオンリー1じゃないのが納得できないって……そういうことなの!?
困惑する桃井に、一歩、また一歩と近付く蘇芳はその美貌が残念に思えるほどの歪んだ笑顔を浮かべている。
「邪魔、しないでね?」
「っ!?」
「ルリの邪魔したらぁ、桃井さんのこと、全力で潰すからねぇ。」
「ひっ!!」
首に指を押し付けられ、引き攣った声が出る。
怖いっ……!!
目を強く閉じて、恐怖をただひたすらに耐えることしかできなかった。
しばらくして、咽への圧迫感が消えて、そろそろと目を開けた。
「今日はここで許してあげる!
でもぉ、もしルリに楯突いたらぁ、許さないから、ね?」
「……!!」
ズルズルと壁を背に座り込む桃井を置いて、蘇芳は部室から出ていった。
意味が、意味がわからなかった……!!
この子が、こんな子がバスケ部に入ってくるの!?
「ねぇー、ルリ疲れちゃったぁ。
早くみんなのところにもどろぉよぉ!」
「で、でも、赤司君にマネージャーの仕事を説明してって頼まれて……。」
「うるさいわね。
ルリに働けっていうのぉ!?」
再び桃井に詰め寄った蘇芳は、その胸ぐらを掴んで叫んだ。
* * *
「そこであの女なんて言ったと思う!?
『可愛いルリは働かなくても許されるのっ!!あんたたちみたいな貧乏人と一緒にしないでよねぇ!!』って言ったのよ!?」
「例え部員が許したとしても私が許さないわ。
働かざる者食うべからず。
私から言わせてもらえば自分に与えられた責務すら果たせない無能に生きる価値は無いわ。」
「多々良さんならそう言ってくれるって信じてたっ!!」
興奮状態で語り終えた桃井さんに、鎮静作用のあるハーブティーを差し出しながら、大きく頷き同意する。
何なんだその人間の底辺みたいな自己中心的な考え方したクズ女は。
「体育館に戻ったら戻ったで皆してあの女のことちやほやしちゃって!!
赤司君だってあの女が入部するって言ったら、じゃあ今日は部活を早めに切り上げて記念にどこかに寄って帰ろうとか言い出すし!!」
「まあ。」
「みどりんも気にしてないふりしてるけどチラ見してんの皆気付いてるんだから!!」
「ムッツリなのね。」
「だいちゃんなんて、私が膝に怪我してること気付きもしなかったし!!」
「クズ男ばかりね。」
桃井さんの言葉に適当に相槌を打ちながら、棚の中を探して、木の箱を引っ張り出す。
それを持って桃井さんの前にたった。
「?それ、なに?」
「救急箱。
あなた怪我の手当てをしないでここに来たのね。」
「あ、ありがとう……。」
膝を見ると、少し血が滲んでいるし、内出血で紫色の痣が出来てる。
手早く手当てを済ませて、少し落ち着いたらしい桃井さんにカステラをすすめた。
「皆さんなんだか異様なほどに彼女に夢中になっているんです。
僕と桃井さんだけが、彼女に対して恐怖を抱いてる……。
もしかしたら僕たちがおかしいんじゃないかって思うくらい、空気が変なんです……。」
「テツくんの言う通りなの!
それで、みんなが帰ったあとに、二人で話して……、多々良さんに相談してみよう、って話になったの。」
「多々良さんなら、冷静にアドバイスをしてくれるんじゃないかと思ったんです……。
ごめんなさい、勝手に頼ってしまって。」
「……いいえ、良いの。
頼ってくれて嬉しかったわ。」
『テツくん』という親しげな呼び名に一瞬気を引かれたけど、申し訳なさそうな二人を安心させるように、私にできるだけの笑顔を作った。
しかし散々噂されていた転校生がそんなクズだったとは。
しかも噂によれば大層な美人だそうじゃないか。
周りの奴らは盲信しているようだし。
厄介なことになりそうだ……。
だが、蘇芳……?
チリ、と頭を記憶が掠めた。