×ぬら孫
見張りをほったらかして寝ていた訳じゃない。
暇潰しに本を読んじゃあいたが、入り口の目の前に座ってちゃんと見ていた。
それでも見張りを抜けられたのは、相手が侵入のスペシャリストことぬらりひょんの血を継ぐものだからで、自分は悪くない。
そう言おうとしたのにも関わらず、結局言い訳の一つも出来ずに口を閉じるしかなかったのは、風呂場から出てきた鬼崎が濡れたままの頭をうつ向けて、こちらを見もせずに呟いた一言のせいだった。
「……付き合わせて、ごめん」
いつもはすらすらと出てくる言葉が、舌の上で固まって喉に逆戻りしていく。
何とも言えない気持ち悪さに胸が悪い心地になる。
とぼとぼと歩いていく背中を追い掛けて、おいと声をかけながら肩を掴んだ。
その手が直ぐ様払い落とされ、一瞬責めるような尖った視線を向けられる。
「……、なんだよ」
すぐに、いつも通りの仏頂面が戻ってきたが、きっと今の目も顔も、オレの気のせいではないだろう。
自分達の部屋はそう離れていなかったから、一先ず鬼崎の腕を引いて部屋に戻った。
ぱたんと襖を閉めて、所在なさげに立つ鬼崎の顔を真正面から見る。
ふいっと拗ねたように背けられた目線に、小さな頃のゆらが被った。
「何かされたのか」
「何も、見られただけ」
「そりゃ何かされたってんだよ馬鹿。あの野郎、いつの間に入りやがったんだか……」
はあと落としたため息が、まるで重たく固まって落ちてるのが見えるかのように、鬼崎はオレの足元を睨むように見据えていた。
「口止めはしてある。もういい、早く寝よう」
「……お前、何をそんなに苛立ってるんだよ。言いたいことがあるならハッキリ言え。恥ずかしいでも悔しいでもぶっ殺してやるでもなんでもいいから言いやがれよ。そのつっかえたような物言い、腹が立つ」
投げ遣りな言葉が、どうしてか矢鱈と腹立たしい。
鬼崎は布団へと向かう脚を止めて、何かを我慢するように下唇を噛んでいた。
考えの読めない奴と思っていたけれど、今日は……いや、今夜は随分とわかりやすい。
言いたいのを我慢している。
何故か?
それは恐らく……。
「オレを責めたいなら責めれば良いだろ」
「……」
そりゃまあ、言ってしまえば隠してるもんを暴こうとした奴良リクオが一番悪い。
とはいえ、見張りだったのに見逃した自分に落ち度がないとも言えないし、こちらから言わせてもらえば、事ここまで来てこそこそ隠してないで、とっとと全部話せば良いだろってところだが、この様子を見るにまあ、それは本人が一番わかってることではありそうだ。
「……見張ってくれって、言ったのに」
ぽつりと、詰るようにそう言われた。
「はいはい、悪かったな、見逃して」
自分の布団にどっかと座り込みながら、あえてぞんざいに返した。
「お前なら、大丈夫だと思ったのに」
「……期待に応えられなくて、悪かったな」
思ってたよりも頼りない声に、返す言葉が先程よりも重くなる。
予想外に信じてもらえてたのだと知って、余計に見逃したことの罪悪感が増した。
事情を知るのがオレだけとはいえ、そう言われるくらいには、頼ってもらえてたのかと、そしてその期待を裏切ったのかと、何とも言えぬ居心地の悪さを紛らわせたくて、がりがりと頭をかいた。
まだ立ったまま動かない鬼崎に、下から顔を覗き込むと、一瞬泣くのを堪えてるような顔が見えて、その後すぐにぐるんと背中を向けられた。
……初めて見るような顔だった。
「……ぬらりひょんなんだから、仕方なかったってわかってる」
「そりゃあ、まあな」
「でも、さ、オレさぁ、見られた、んだぞ。何も着てなかったのに、風呂上がったら、あの野郎目の前にいやがった。……今までちゃんと隠してきてたのに」
「……あいつも悪いことしたって反省してたぜ」
「うるせぇ、馬鹿。ばぁか」
すとんと布団に腰を下ろして、脚を折り畳んで抱え込む背中が、拗ねて泣きじゃくる子供のように見える。
らしくもなく、うじうじぐちぐちと落ち込む姿に、こいつもこういう年相応なとこがあるのかと驚いた。
「つーか、お前が性別隠さなければ良いじゃねぇか」
「……だって」
「だって、なんだよ?」
こいつが性別隠してるのは、花開院というこいつにとっての敵地での、防衛策のようなものだろう。
ここにいるのは妖怪で、こいつに対して大体の奴が好意的だ。
「……親父に、男として過ごすように躾られてきて、親父は死んだけど、今さら、女みたいに生きられないし、それに、……信頼しても居ない奴に、秘密を知られるのは、嫌だ」
「……ふぅん」
考えてみれば、こいつは学校でも男として過ごしてて、その理由を今まで考えもしてなかったけれど、こいつ自身の理由じゃなくて、誰かに押し付けられた理由だったとは、思わなかった。
それに、信頼してない奴に知られたくないそれを、オレは知ってしまってるわけだが、そっちは良いのかよ。
「なんだよお前、オレに知られた時にもそうやって拗ねてたのか」
「……背中預けて戦う奴に、こんな秘密知られても、ここまで落ち込まねぇよ」
「……ふぅん」
そう言うもんかよ。
何だか同じ相槌なのに、さっきより浮かれてるように聞こえて、耳をむしり取りたい心地になった。
なんだそりゃ、思っていたよりずっと、こいつオレに対して心を開いていたのか。
なんか、くそ、むず痒い。
「お前、今からでも女として生きたいとか、そう思わないのか?」
そんなことを聞いたのは、まあその信頼に浮かれたせいでもあるんだろう。
それからまあ、窮屈そうな生き方に苛立ってたのもある。
「……無理だ、なぁ。会社の事も、あるし。今でも女顔ってナメられたり、馬鹿にされたりするのに、ほんとに女になったら不便通り越して、生きづらい」
「なんだよそれ、面倒くさいな」
面倒くさいな、とは本当にその通りだけれども、ただ花開院での様子を見ていても、こいつの生きづらさは、わからなくもなかった。
そもそもこいつには、これから継いでいく会社があって、そこにいる者達を守る覚悟があって、その為に一番都合が良いのが今の姿だというのなら、確かに今さら、培ってきた男らしさを捨てて、騙してましたと信頼を崩してまで、女らしく生きるのは、メリットが少ないのかもしれない。
「学校の連中や、今日の雪女みたいに、恋だなんだと騒ぎたいってのはないのか」
「ああ、ああいうの、見てる分には可愛らしいけどなぁ。オレはいらないよ」
可愛らしいなどと達観したことを言った時に、拗ねてた背中がくくっと揺れて、ああ笑ったのかと、力が抜けた。
ようやく空気が、いつものこいつらしく戻ってきたような気がして。
「可愛らしいか、あれ?姦しくてオレは嫌いだな」
「良いじゃねぇかぁ、平和で、微笑ましいだろう。見てる分には、だがなぁ」
「……お前、結構女に甘いというか、良い顔しようとするよな」
「どうかなぁ。オレは、オレはただ……女がありのまま生きてんのが、当たり前に生きてるのが、不思議で、遠くて、尊いように思えて……」
「なんだかんだ言って、憧れてんのか?」
「憧れ、というより……そう、だなぁ……オレが感じることの無かったものがそこにあるのが、不思議で、感心する、というか。オレぁ、どっちにもなりきれねぇ半端者だから、降り切れた男らしさとか、女らしさって奴が、きっと好きなんだろうなぁ」
他人事みたいに言う鬼崎の声が、無邪気な子供のような、遠い昔を懐かしむ老人のような、不思議な響きを持って脳に届く。
そういえばこいつは、正体を知らないときからどことなく差別的な奴だった。
女は女らしく、男は男らしくみたいな、古臭くって黴の生えたような概念が根底にある。
「女の身体の弱さを嫌ってほど知ってる。でも同時に、男同士の意地の張り合いだの足の引っ張り合いだの、厄介な競争意識みたいなのも経験してる」
鬼崎が自分の前に手を翳した。
普段は気にして見ることの無い手が、夜の中に白く浮かび上がる。
男にしては細く華奢で、女にしては節くれだって厳つい。
生まれついての大きさが女のそれで、けれど剣を持って戦う手は潰れた豆や剣だこで固いと、少なくとも自分は知っていた。
「嫌になる。きっと素の腕力じゃあ、魔魅流にだって負ける。どれだけ地位を築いたって、一つのミスで引きずり下ろされるんだ」
「あ?オレには勝つみてーな言い方だな」
「お前みたいなモヤシに負けるかぁ」
「言ったなてめぇ」
「ぶはっ、腕相撲でもするかぁ?」
ようやく振り返って、挑発的に笑った顔には、あの拗ねた子供みたいな表情は欠片も残っていない。
「けっ、馬鹿馬鹿しい。オレは頭脳派なんだ。一々馬鹿の喧嘩を買ってやれるほど暇じゃねえんだよ」
「誰が馬鹿だぁ、誰が」
その顔だけ見て、とっとと布団に潜り込んだ。
柄にもなく、話し込んでしまったことに気が付いて、今さらになって下らないことをしたと苛立ちを感じたのだ。
ただまあ、悪くない気分ではあったから、後悔はしてない、が。
ぶつくさと言っていた鬼崎も、オレが寝たのを見て口を閉じた。
がさごそと布団に潜り込む音が聞こえる。
「おやすみ」
「……おう」
こいつが女だからと、初めこそどう扱うか迷っていたが、別にそんな事はどうだって良いのだと、今となってはそう思う。
家族でも一族でもなく。
背中を預けて共に戦う相手。
いつかは道を別れるとしても、今は背中を預け合える相手。
ただそれだけだと気が付いて、その答えがやけにすとんと、腑に落ちた。
暇潰しに本を読んじゃあいたが、入り口の目の前に座ってちゃんと見ていた。
それでも見張りを抜けられたのは、相手が侵入のスペシャリストことぬらりひょんの血を継ぐものだからで、自分は悪くない。
そう言おうとしたのにも関わらず、結局言い訳の一つも出来ずに口を閉じるしかなかったのは、風呂場から出てきた鬼崎が濡れたままの頭をうつ向けて、こちらを見もせずに呟いた一言のせいだった。
「……付き合わせて、ごめん」
いつもはすらすらと出てくる言葉が、舌の上で固まって喉に逆戻りしていく。
何とも言えない気持ち悪さに胸が悪い心地になる。
とぼとぼと歩いていく背中を追い掛けて、おいと声をかけながら肩を掴んだ。
その手が直ぐ様払い落とされ、一瞬責めるような尖った視線を向けられる。
「……、なんだよ」
すぐに、いつも通りの仏頂面が戻ってきたが、きっと今の目も顔も、オレの気のせいではないだろう。
自分達の部屋はそう離れていなかったから、一先ず鬼崎の腕を引いて部屋に戻った。
ぱたんと襖を閉めて、所在なさげに立つ鬼崎の顔を真正面から見る。
ふいっと拗ねたように背けられた目線に、小さな頃のゆらが被った。
「何かされたのか」
「何も、見られただけ」
「そりゃ何かされたってんだよ馬鹿。あの野郎、いつの間に入りやがったんだか……」
はあと落としたため息が、まるで重たく固まって落ちてるのが見えるかのように、鬼崎はオレの足元を睨むように見据えていた。
「口止めはしてある。もういい、早く寝よう」
「……お前、何をそんなに苛立ってるんだよ。言いたいことがあるならハッキリ言え。恥ずかしいでも悔しいでもぶっ殺してやるでもなんでもいいから言いやがれよ。そのつっかえたような物言い、腹が立つ」
投げ遣りな言葉が、どうしてか矢鱈と腹立たしい。
鬼崎は布団へと向かう脚を止めて、何かを我慢するように下唇を噛んでいた。
考えの読めない奴と思っていたけれど、今日は……いや、今夜は随分とわかりやすい。
言いたいのを我慢している。
何故か?
それは恐らく……。
「オレを責めたいなら責めれば良いだろ」
「……」
そりゃまあ、言ってしまえば隠してるもんを暴こうとした奴良リクオが一番悪い。
とはいえ、見張りだったのに見逃した自分に落ち度がないとも言えないし、こちらから言わせてもらえば、事ここまで来てこそこそ隠してないで、とっとと全部話せば良いだろってところだが、この様子を見るにまあ、それは本人が一番わかってることではありそうだ。
「……見張ってくれって、言ったのに」
ぽつりと、詰るようにそう言われた。
「はいはい、悪かったな、見逃して」
自分の布団にどっかと座り込みながら、あえてぞんざいに返した。
「お前なら、大丈夫だと思ったのに」
「……期待に応えられなくて、悪かったな」
思ってたよりも頼りない声に、返す言葉が先程よりも重くなる。
予想外に信じてもらえてたのだと知って、余計に見逃したことの罪悪感が増した。
事情を知るのがオレだけとはいえ、そう言われるくらいには、頼ってもらえてたのかと、そしてその期待を裏切ったのかと、何とも言えぬ居心地の悪さを紛らわせたくて、がりがりと頭をかいた。
まだ立ったまま動かない鬼崎に、下から顔を覗き込むと、一瞬泣くのを堪えてるような顔が見えて、その後すぐにぐるんと背中を向けられた。
……初めて見るような顔だった。
「……ぬらりひょんなんだから、仕方なかったってわかってる」
「そりゃあ、まあな」
「でも、さ、オレさぁ、見られた、んだぞ。何も着てなかったのに、風呂上がったら、あの野郎目の前にいやがった。……今までちゃんと隠してきてたのに」
「……あいつも悪いことしたって反省してたぜ」
「うるせぇ、馬鹿。ばぁか」
すとんと布団に腰を下ろして、脚を折り畳んで抱え込む背中が、拗ねて泣きじゃくる子供のように見える。
らしくもなく、うじうじぐちぐちと落ち込む姿に、こいつもこういう年相応なとこがあるのかと驚いた。
「つーか、お前が性別隠さなければ良いじゃねぇか」
「……だって」
「だって、なんだよ?」
こいつが性別隠してるのは、花開院というこいつにとっての敵地での、防衛策のようなものだろう。
ここにいるのは妖怪で、こいつに対して大体の奴が好意的だ。
「……親父に、男として過ごすように躾られてきて、親父は死んだけど、今さら、女みたいに生きられないし、それに、……信頼しても居ない奴に、秘密を知られるのは、嫌だ」
「……ふぅん」
考えてみれば、こいつは学校でも男として過ごしてて、その理由を今まで考えもしてなかったけれど、こいつ自身の理由じゃなくて、誰かに押し付けられた理由だったとは、思わなかった。
それに、信頼してない奴に知られたくないそれを、オレは知ってしまってるわけだが、そっちは良いのかよ。
「なんだよお前、オレに知られた時にもそうやって拗ねてたのか」
「……背中預けて戦う奴に、こんな秘密知られても、ここまで落ち込まねぇよ」
「……ふぅん」
そう言うもんかよ。
何だか同じ相槌なのに、さっきより浮かれてるように聞こえて、耳をむしり取りたい心地になった。
なんだそりゃ、思っていたよりずっと、こいつオレに対して心を開いていたのか。
なんか、くそ、むず痒い。
「お前、今からでも女として生きたいとか、そう思わないのか?」
そんなことを聞いたのは、まあその信頼に浮かれたせいでもあるんだろう。
それからまあ、窮屈そうな生き方に苛立ってたのもある。
「……無理だ、なぁ。会社の事も、あるし。今でも女顔ってナメられたり、馬鹿にされたりするのに、ほんとに女になったら不便通り越して、生きづらい」
「なんだよそれ、面倒くさいな」
面倒くさいな、とは本当にその通りだけれども、ただ花開院での様子を見ていても、こいつの生きづらさは、わからなくもなかった。
そもそもこいつには、これから継いでいく会社があって、そこにいる者達を守る覚悟があって、その為に一番都合が良いのが今の姿だというのなら、確かに今さら、培ってきた男らしさを捨てて、騙してましたと信頼を崩してまで、女らしく生きるのは、メリットが少ないのかもしれない。
「学校の連中や、今日の雪女みたいに、恋だなんだと騒ぎたいってのはないのか」
「ああ、ああいうの、見てる分には可愛らしいけどなぁ。オレはいらないよ」
可愛らしいなどと達観したことを言った時に、拗ねてた背中がくくっと揺れて、ああ笑ったのかと、力が抜けた。
ようやく空気が、いつものこいつらしく戻ってきたような気がして。
「可愛らしいか、あれ?姦しくてオレは嫌いだな」
「良いじゃねぇかぁ、平和で、微笑ましいだろう。見てる分には、だがなぁ」
「……お前、結構女に甘いというか、良い顔しようとするよな」
「どうかなぁ。オレは、オレはただ……女がありのまま生きてんのが、当たり前に生きてるのが、不思議で、遠くて、尊いように思えて……」
「なんだかんだ言って、憧れてんのか?」
「憧れ、というより……そう、だなぁ……オレが感じることの無かったものがそこにあるのが、不思議で、感心する、というか。オレぁ、どっちにもなりきれねぇ半端者だから、降り切れた男らしさとか、女らしさって奴が、きっと好きなんだろうなぁ」
他人事みたいに言う鬼崎の声が、無邪気な子供のような、遠い昔を懐かしむ老人のような、不思議な響きを持って脳に届く。
そういえばこいつは、正体を知らないときからどことなく差別的な奴だった。
女は女らしく、男は男らしくみたいな、古臭くって黴の生えたような概念が根底にある。
「女の身体の弱さを嫌ってほど知ってる。でも同時に、男同士の意地の張り合いだの足の引っ張り合いだの、厄介な競争意識みたいなのも経験してる」
鬼崎が自分の前に手を翳した。
普段は気にして見ることの無い手が、夜の中に白く浮かび上がる。
男にしては細く華奢で、女にしては節くれだって厳つい。
生まれついての大きさが女のそれで、けれど剣を持って戦う手は潰れた豆や剣だこで固いと、少なくとも自分は知っていた。
「嫌になる。きっと素の腕力じゃあ、魔魅流にだって負ける。どれだけ地位を築いたって、一つのミスで引きずり下ろされるんだ」
「あ?オレには勝つみてーな言い方だな」
「お前みたいなモヤシに負けるかぁ」
「言ったなてめぇ」
「ぶはっ、腕相撲でもするかぁ?」
ようやく振り返って、挑発的に笑った顔には、あの拗ねた子供みたいな表情は欠片も残っていない。
「けっ、馬鹿馬鹿しい。オレは頭脳派なんだ。一々馬鹿の喧嘩を買ってやれるほど暇じゃねえんだよ」
「誰が馬鹿だぁ、誰が」
その顔だけ見て、とっとと布団に潜り込んだ。
柄にもなく、話し込んでしまったことに気が付いて、今さらになって下らないことをしたと苛立ちを感じたのだ。
ただまあ、悪くない気分ではあったから、後悔はしてない、が。
ぶつくさと言っていた鬼崎も、オレが寝たのを見て口を閉じた。
がさごそと布団に潜り込む音が聞こえる。
「おやすみ」
「……おう」
こいつが女だからと、初めこそどう扱うか迷っていたが、別にそんな事はどうだって良いのだと、今となってはそう思う。
家族でも一族でもなく。
背中を預けて共に戦う相手。
いつかは道を別れるとしても、今は背中を預け合える相手。
ただそれだけだと気が付いて、その答えがやけにすとんと、腑に落ちた。