×ぬら孫

オレ達は奴良リクオ一同と合流し、電車に揺られながら東北を目指す。
「目標は、恐山。秋房と合流して、妖刀祢々切丸を入手する。……しかし、その前に遠野の里に寄って御門院家の情報を聞く……と」
秋房には、久々に遭うことになる。
あの野郎、自分の怪我が治るとすぐに、新しい刀を打つとあの霊体の十三代目とやらにあれこれ教わって、あっという間に恐山に旅立っていったわけである。
ろくに話す暇もなかったから、……正直会うのは少し緊張する。
そんな何とも言いがたい気持ちと共に乗り込んだ電車で、鎌鼬の妖怪、イタクという奴が何事か不満そうにしていたかと思えば、気が付くと一人電車を降りて……電車と並走し始めた。
「……は?」
「も~イタクったら、素直に電車乗ればいいのに」
「妖怪のプライド(苦笑)じゃないのか。文明の利器には屈しない的な」
「なんでも良いが、余計な体力を使うのは感心しねぇなぁ」
「そういうあなたは何というか……思ってたより文明的ね……」
「どういう意味だぁ、それはぁ?」
オレの事を野生児とでも呼びたげな雪女だが、生憎とこちらは社会人としてもきちんと働いている身だ。
膝の上に広げたノートパソコンをカタカタと鳴らして、目頭を少し揉みながら小さくため息を吐く。
相続の事だの親族の集まりだの、挙げ句には実は許嫁がいてだのと、電話にメールにありとあらゆる手段で連絡を取ろうとしてくる自称親戚達とのやり取りも、いい加減うんざりしてきた。
意味のないやり取りを無視していれば、何故か奴らは我が物顔で会社や家の使用人達にまで連絡してきてオレとコンタクトを取ろうとしてくる。
祖父が手を回してくれているにも関わらずこれなのだから、本当に頭がいたい。
「なんだか忙しそうですね……」
「社長が変死して、京都でも東京でも謎のテロ事件。会社は建て直しで大わらわだぁ。そんな時期に跡継ぎ息子が放蕩してりゃあ不安にもなるだろう。ちっ……こっちは妹の事でやらなきゃならねえことが多いのに……」
苛立ち混じりにエンターキーを叩いて、鬱陶しい親戚に皮肉たっぷりの長文を返信した。
後で祖父に電話もしなくちゃならないが、……一先ずは着いてからで良いか。
パタンとパソコンを閉じる。
それと同時くらいに、窓の向こうの山影に日が沈んでいった。
ふと、目の前の気配が変わる。
先程まで人畜無害そうな小柄な少年だったのに、気が付くと長い髪を靡かせる目付きの鋭い怪しげな男に姿が変わっている。
驚いた……妖怪のクォーターって奴は、こうも急に変化するのか。
何やら外の奴と揉めていたらしい雪女も、それに気付いたようだった。
「…………」
何やら神妙な沈黙が流れる。
そして奴良リクオは徐に立ち上がって、雪女を従えて車両を出ていき……。
「……馬鹿しかいねぇのかぁ?」
「プライドって奴だろ」
嘲笑を交えながら言った竜二の前で、オレはこめかみを押さえながらため息を吐いた。
人間だろうと妖怪だろうと、ガキ臭い奴らだ。
鎌鼬と揃って電車と並走し始めた連中を横目に、オレは少しでも体を休めることにする。
遠出の時にいつも持ち歩いているアイマスクを付けると、心地良い電車の揺れと暗闇が訪れる。
人の気配の中で熟睡することは、未だにオレには難しいが、それでも柔らかなクッションに身を預けて休ませる時間は悪くない。
少しばかり感じていた目の奥の鈍い痛みが消えた頃、オレ達はようやく、遠野の地へとたどり着いたのだった。



 * * *



「にしても、遠野妖怪の隠里にお泊まり、とはなぁ」
「不満か?」
既にとっぷりと日は暮れて、奥州は遠野の地に立つオレ達を、霧の深い山里が出迎えていた。
遠野、妖怪の里。
文献にも纏められるほどの妖怪の聖地。
まさか自分がここに滞在することになるとは思ってもおらず、妖気に満ちた里の入り口でそう呟いた。
それに対して、イタクと名乗る鎌鼬がぶっきらぼうに言葉を投げ掛けてくる。
何か返ってくる言葉があるとは思ってもなく、少しばかり驚きつつも、間を空けることなくそれに言葉を投げ返す。
「不満も何も、よくもまあオレ達の宿泊を許可したもんだよ」
「……お前は一応、冷麗の恩人だからな」
「レイラ?」
「土蜘蛛からお前が庇った雪女だ」
言われてみてようやくそれを思い出す。
そういえばそんな妖怪もいた。
ピンクのお団子頭の女妖怪。
ここの一員だったのか。
チラリと見回してその姿を探せば、奴良リクオを出迎える者達の中にそれがあった。
そしてぱちりと彼女と視線がかち合う。
「あ」
「あ~!銀色の方!」
歓迎していたはずのリクオを弾き飛ばさん勢いで走り出し、気が付くと目の前に彼女が、ひんやりと冷たい手でオレの手を握り締めていた。
「!?」
「ようやく会えた!ずっとお礼が言いたかったの!」
「……いや、自分がしたくてしたことだから、な」
レイラ、と言うらしい妖怪に握られた手は、冷気のあまりにぴりぴりと痺れるような感覚すらある。
里についた時点でウィッグは外していたから、この髪を見て気が付いたんだろう。
やんわりと手を外そうとするが、思っていたよりも強力に掴まれた手はなかなか外れない。
むしろ力と……冷気が強まる。
「お名前を教えてくださいますか?」
「き、鬼崎、鮫弥だぁ。……そろそろ手ぇ離」
「鮫弥さん、素敵なお名前……。私の事は冷麗とお呼びくださいな!」
「はあ……その、手を離してもらえるか、レイラ、さん」
「うふふふ、……だ・め」
「いや冷た……待て待て待て指が凍る!」
「あらやだ私ったらうっかり」
ようやく離された時には、指先がかじかんで真っ白くなってしまっていた。
雪女……って、確か男を凍らせて殺す雪山の妖怪だったよな。
そそくさと竜二の後ろに隠れると、傍目にもわかる程嫌そうな顔をされた。
こっちは命がかかっているんだが?
「無理やり振りほどけばいいだろうが」
「本気でやったら怪我させるだろぉ……。てかあそこまで惚れられる覚えはねぇよ!」
確かに命は助けたかもだが、結局こいつら死にかけたんだろ?
まあオレの助言無視した結果、だけどさ。
「顔を真っ青にさせて照れてらっしゃる……お可愛らしい……」
命の危機に貧して血の気が引いてるだけである。
お可愛らしいなどと言われたところで、こちらはちっとも嬉しくない。
そうこうしている内に奴良リクオは邸内に入っていったため、オレ達もまたその後を追った。
当然ながら、冷麗とは一定の距離感を置いてである。
とはいえ、彼女は家に入る前に、氷麗を連れてどこかへ行ってしまったのだが。
遠野の里、頭領赤河童の邸宅は大きかった。
檜造りの古い家だが、どこもかしこも手入れが行き届いていて、大黒柱のつるりとした表面に、年季の深さを感じる。
通された座敷にはひょろりとした河童の妖怪が一人。
けれどどうやらそいつは赤河童ではないようで、話によると奴は寝込んでいるという。
全員が腰を下ろし、顔を合わせたところで、竜二が口を開いたのだった。
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