×ぬら孫
国を護る役目を担っているはずの御門院。
オレも初めて目にしたが、考えてみれば当たり前か。
奴らは晴明の血を継ぐ者。
なれば、鵺復活の為に動くのは当然の帰結。
さらに鵺を甦らせるために必要な手駒として、同じ者を敵対視する連中と組んで、こんな回りくどい手を使ってまで奴良組の畏を奪った。
羽衣狐の一派だった鬼崎が奴らを知らないのは、純粋に真に羽衣狐を慕い集まったものと、鵺を主と仰ぐ者共とは別派閥であったからだろう。
こちらの戦力は揃った。
奴良リクオは連中を倒すつもりのようだが、ここでどれ程まで奴らに抗えるだろうか……。
今にも奴良リクオのドスが圓潮へと斬りかかろうという瞬間。
先程よりも更に大きな地鳴りが響いた。
地下水路が揺れて……いや、これは崩壊している!?
恨み節と共に現れたのは、見上げる程の巨体と膨れ上がる巨大な妖気。
──魔王・山ン本五郎左衛門。
奴はのっそりと立ち上がり、そして異変は圓潮にも訪れる。
奴の顔の左側が、めりめりと剥がれ、奪われていく。
同胞の肉を、我が身に戻そうとしている、のか?
「っ……」
崩れ落ちてきた瓦礫のせいで、奴らを観察することも難しくなる。
「もうここはもたねぇ……退くぞぉ」
「……ああ」
鬼崎が険しい表情で言ったのに同意する。
山ン本の復活により、地下水路は完全に崩壊を迎えていた。
来た道は塞がれている。
鬼崎に捕まり、地下を脱出する。
召喚された鮫の式神は、あの青い炎を纏いながらすいすいと宙を泳いでいく。
空中遊泳なんて、普段ならば夢のような体験も、山ン本復活なんて事件の最中じゃあ楽しむ余裕もない。
復活した山ン本は、驚くほど大きく、そしてどう見ても、理性や知性と言ったものは感じられなかった。
ただ、怨恨のみを動力源とする化け物。
それが、ゆっくりと移動を始める。
建物も人もお構い無し。
奴は真っ直ぐとある場所を目指している。
「あの方向は確か、奴良組があるんじゃなかったかぁ」
「……なら、後は奴らがけじめを着けるだろ。オレ達は奴の通った跡を見ながら追う」
奴が通り破壊した街は、死人、怪我人で溢れている。
こちらで出来ることなどはろくにないだろうが、残った妖怪が居ないかだけでも確認しつつ、警察の手が入りやすいように整えるだけでも大分違うはず。
頷いて進路を変えた鬼崎と共に、オレ達は再び東京の街へと降り立ったのだった。
* * *
随分長い間、自分達が戦っていたらしいことに、昇り始めた朝日を見て、ようやく気が付いた。
ビルの隙間から射し込む陽の光が、妖怪達の死骸と、破壊し尽くされた街、そして怪我人、死人を照らし出す。
酷い有り様だが、ようやく警察と救急車が全ての場所へ入れるようになった。
後はそちらに任せて、オレ達は奴良邸へと向かうことにした。
浮世絵町へ入れば、徐々に見かける妖怪の数が増えていく。
と言っても、そいつらを祓う気はない。
大体の連中は奴良組の妖怪だし、奴らは救助活動の手伝いをしているらしかったから。
小物に構っていても、状況は変わらん。
まずは奴良リクオに会う。
そして、この事態で伝えそびれた例の話をしなければ。
ようやく奴良と表札の書かれた門を見付けてくぐる。
連れだって歩く鬼崎は特に何も言わなかったが、この屋敷を不機嫌そうに睨んでいる。
屋敷の中は騒然としていた。
どいつもこいつも走り回っていて、勝手に入ったオレ達に気付く者もいない。
辺りの声を聞くと、どうやら戻った奴良リクオが、山ン本を倒した直後に倒れたらしい。
まあ、オレ達が見付けた時点でかなりやられていたから、そうなるのも当然か。
屋敷に上がり込もうとしたところで、やけに見覚えのある奴と鉢合わせた。
地面に付きそうな程の長い黒髪。
前髪で片目が隠れてもなお、その美貌は傍目にもよくわかる。
「あ」
「……本物、かぁ?」
「お、陰陽師!」
あっちこっちで姿形を真似されまくっていた女妖怪。
そいつがオレ達に向けて叫んだ事によって、奴良邸が更に騒がしさを増す。
札をちらつかせて脅しながら、一先ずは連中の集まるところに向かった。
「ちょっと!陰陽師がなんの用なのよ!」
「話があってここまで来たんだ。奴良リクオの様子を確認する」
「リクオ様は重傷で寝込んでるわ!悪いけど出直して……」
「ここか?」
「たぶんそこだなぁ」
「勝手に入るなっての!」
一段と騒がしい部屋へと押し入ると、どうやら怪我人を集めた部屋だったらしく、薬の匂いがつんと鼻を擽る。
布団には奴良リクオを筆頭に大小の妖怪達が眠っているようだった。
「おう!新しい怪我人かい!?」
威勢の良い声に目を向ける。
花開院にしばらく滞在して、鬼崎の傷を見ていた妖怪だ。
「鴆」
ぽつりと隣から妖怪の名前が聞こえる。
どうやら相手の方もこちらに気が付いたらしく、驚いた表情の後でこっちに駆け寄ってきた。
「銀色の!お前いつこっちに来てたんだ?」
「昨日の夕方辺りに。それより、奴良リクオはどうだぁ。すぐに起きそうかぁ?」
「怪我も酷いが呪いのダメージがでかいな。しばらくは起きねぇ!用があるなら後にしな。それと、お前も怪我してんじゃねえか。ほれ、こっちに来いよ!手当てしてやる」
「あ゛?でも……」
「ちょっと鴆!こいつら陰陽師よ!?本気で言ってるの!?」
「あったりめーだ!怪我人は誰だろうとオレが手当てしてやる!妖怪も人も、陰陽師も関係ねーよ!」
戸惑った様子の鬼崎に、アイコンタクトだけ交わしてそのまま送り出す。
手を引かれて連れていかれた鬼崎と別れ、オレは比較的無事な奴らへと聞き込みを始めた。
今回の件で奴良組の畏は大半が奪われ、完全に弱体化したと見て良い。
妖怪自体も相当な数が倒されているはず。
しばらく、東京は荒れることだろう。
騒動を鎮圧するべき役目の御門院が主犯じゃあ、余計に……な。
オレも初めて目にしたが、考えてみれば当たり前か。
奴らは晴明の血を継ぐ者。
なれば、鵺復活の為に動くのは当然の帰結。
さらに鵺を甦らせるために必要な手駒として、同じ者を敵対視する連中と組んで、こんな回りくどい手を使ってまで奴良組の畏を奪った。
羽衣狐の一派だった鬼崎が奴らを知らないのは、純粋に真に羽衣狐を慕い集まったものと、鵺を主と仰ぐ者共とは別派閥であったからだろう。
こちらの戦力は揃った。
奴良リクオは連中を倒すつもりのようだが、ここでどれ程まで奴らに抗えるだろうか……。
今にも奴良リクオのドスが圓潮へと斬りかかろうという瞬間。
先程よりも更に大きな地鳴りが響いた。
地下水路が揺れて……いや、これは崩壊している!?
恨み節と共に現れたのは、見上げる程の巨体と膨れ上がる巨大な妖気。
──魔王・山ン本五郎左衛門。
奴はのっそりと立ち上がり、そして異変は圓潮にも訪れる。
奴の顔の左側が、めりめりと剥がれ、奪われていく。
同胞の肉を、我が身に戻そうとしている、のか?
「っ……」
崩れ落ちてきた瓦礫のせいで、奴らを観察することも難しくなる。
「もうここはもたねぇ……退くぞぉ」
「……ああ」
鬼崎が険しい表情で言ったのに同意する。
山ン本の復活により、地下水路は完全に崩壊を迎えていた。
来た道は塞がれている。
鬼崎に捕まり、地下を脱出する。
召喚された鮫の式神は、あの青い炎を纏いながらすいすいと宙を泳いでいく。
空中遊泳なんて、普段ならば夢のような体験も、山ン本復活なんて事件の最中じゃあ楽しむ余裕もない。
復活した山ン本は、驚くほど大きく、そしてどう見ても、理性や知性と言ったものは感じられなかった。
ただ、怨恨のみを動力源とする化け物。
それが、ゆっくりと移動を始める。
建物も人もお構い無し。
奴は真っ直ぐとある場所を目指している。
「あの方向は確か、奴良組があるんじゃなかったかぁ」
「……なら、後は奴らがけじめを着けるだろ。オレ達は奴の通った跡を見ながら追う」
奴が通り破壊した街は、死人、怪我人で溢れている。
こちらで出来ることなどはろくにないだろうが、残った妖怪が居ないかだけでも確認しつつ、警察の手が入りやすいように整えるだけでも大分違うはず。
頷いて進路を変えた鬼崎と共に、オレ達は再び東京の街へと降り立ったのだった。
* * *
随分長い間、自分達が戦っていたらしいことに、昇り始めた朝日を見て、ようやく気が付いた。
ビルの隙間から射し込む陽の光が、妖怪達の死骸と、破壊し尽くされた街、そして怪我人、死人を照らし出す。
酷い有り様だが、ようやく警察と救急車が全ての場所へ入れるようになった。
後はそちらに任せて、オレ達は奴良邸へと向かうことにした。
浮世絵町へ入れば、徐々に見かける妖怪の数が増えていく。
と言っても、そいつらを祓う気はない。
大体の連中は奴良組の妖怪だし、奴らは救助活動の手伝いをしているらしかったから。
小物に構っていても、状況は変わらん。
まずは奴良リクオに会う。
そして、この事態で伝えそびれた例の話をしなければ。
ようやく奴良と表札の書かれた門を見付けてくぐる。
連れだって歩く鬼崎は特に何も言わなかったが、この屋敷を不機嫌そうに睨んでいる。
屋敷の中は騒然としていた。
どいつもこいつも走り回っていて、勝手に入ったオレ達に気付く者もいない。
辺りの声を聞くと、どうやら戻った奴良リクオが、山ン本を倒した直後に倒れたらしい。
まあ、オレ達が見付けた時点でかなりやられていたから、そうなるのも当然か。
屋敷に上がり込もうとしたところで、やけに見覚えのある奴と鉢合わせた。
地面に付きそうな程の長い黒髪。
前髪で片目が隠れてもなお、その美貌は傍目にもよくわかる。
「あ」
「……本物、かぁ?」
「お、陰陽師!」
あっちこっちで姿形を真似されまくっていた女妖怪。
そいつがオレ達に向けて叫んだ事によって、奴良邸が更に騒がしさを増す。
札をちらつかせて脅しながら、一先ずは連中の集まるところに向かった。
「ちょっと!陰陽師がなんの用なのよ!」
「話があってここまで来たんだ。奴良リクオの様子を確認する」
「リクオ様は重傷で寝込んでるわ!悪いけど出直して……」
「ここか?」
「たぶんそこだなぁ」
「勝手に入るなっての!」
一段と騒がしい部屋へと押し入ると、どうやら怪我人を集めた部屋だったらしく、薬の匂いがつんと鼻を擽る。
布団には奴良リクオを筆頭に大小の妖怪達が眠っているようだった。
「おう!新しい怪我人かい!?」
威勢の良い声に目を向ける。
花開院にしばらく滞在して、鬼崎の傷を見ていた妖怪だ。
「鴆」
ぽつりと隣から妖怪の名前が聞こえる。
どうやら相手の方もこちらに気が付いたらしく、驚いた表情の後でこっちに駆け寄ってきた。
「銀色の!お前いつこっちに来てたんだ?」
「昨日の夕方辺りに。それより、奴良リクオはどうだぁ。すぐに起きそうかぁ?」
「怪我も酷いが呪いのダメージがでかいな。しばらくは起きねぇ!用があるなら後にしな。それと、お前も怪我してんじゃねえか。ほれ、こっちに来いよ!手当てしてやる」
「あ゛?でも……」
「ちょっと鴆!こいつら陰陽師よ!?本気で言ってるの!?」
「あったりめーだ!怪我人は誰だろうとオレが手当てしてやる!妖怪も人も、陰陽師も関係ねーよ!」
戸惑った様子の鬼崎に、アイコンタクトだけ交わしてそのまま送り出す。
手を引かれて連れていかれた鬼崎と別れ、オレは比較的無事な奴らへと聞き込みを始めた。
今回の件で奴良組の畏は大半が奪われ、完全に弱体化したと見て良い。
妖怪自体も相当な数が倒されているはず。
しばらく、東京は荒れることだろう。
騒動を鎮圧するべき役目の御門院が主犯じゃあ、余計に……な。