×ぬら孫

妖怪どもに進路を邪魔されるのを嫌って、奴良リクオ達は水路へと脚を踏み入れる。
このまま上手く、地下アジトへの入り口を見付けられれば、すぐにでも踏み込めるのだが。
ざぶざぶと水を分けて進みながら、それでもまだ襲ってくる連中を倒していく。
そうしている内に、人一人が余裕で通れる程の、デカイ排水路のようなものを見付ける。
相も変わらず、オレは殿を勤めながら、そこに踏み込んでいく奴らを追って走る。
無論、他の敵妖怪どもが着いてこないよう、入り口はワイヤーを張って、雨の炎を纏わせたトラップを作った。
筒のような通路にも、山のように大量の妖怪が潜んでいる。
厄介、だが、この量、やはり地下で当たりだったようだ。
まだ先のある通路にみっしりと、デカイ妖怪、小さい妖怪が詰まっている。
「鬼崎、いっぺんにやれ」
「う゛お゛ぉい、無茶言ってくれるなぁ」
「出来ねーのか?」
「出来ないとは、言ってねぇ!」
叫びながら、全員の前に立った。
大きさはともかく、ここにいる奴らはみんな雑魚だ。
これくらいなら、簡単に片が着く。
一瞬だけ、地下水路の自分より向こう側を、雨の炎でいっぱいに満たした。
後は嵐の炎で分解するなり、全て斬って捨てるなり、どうにでも出来る。
ただ、オレが剣を振るう前に、人影が前に躍り出た。
「な……お前っ!」
「後はオレがやる。さがってな!」
前に出たのは、奴良リクオで、そして奴の持つ長ドスから、ほうっと炎が揺らめき立つ。
既にボロになっているその刃を、桜のように美しい炎が包み込んだ。
「明鏡止水・ザン!」
動きを止めた妖怪達が、一太刀の元に斬り飛ばされて、目の前の通路が一気に開けた。
遠くには未だ妖怪の気配があるが、目に見える敵は、全て倒した、のか……。
……ああ、嫌だなぁ。
全然似てないのに、全く違うのに、こいつを見てると、沢田綱吉を思い出す。
才能、血筋、生まれ持っての能力だけがものをいう世界。
その世界の中で、全てに恵まれていた癖に、拒否して、受け入れずに、それでいて最後には誰よりも世界に影響を与えた男。
オレの仕えた主とは、まるで異なる男の姿。
「よお、これならしばらくは真っ直ぐに進めそうだな!」
「……」
快い笑顔でそう言った男に、オレは何とも言えず、ただ頷いただけだった。



 * * *



地下水路を走り、その先でようやく開けた場所へとたどり着く。
水が浅く満たす広場には、幾つもの水路が繋がっていて、あちこちに茂った蔦が濃い闇を一層深くしている。
その中心に、大きな骨……頭蓋骨らしきものが鎮座していた。
苔むして、風化して、茶色く変色した、とても人や、東京なぞにいる動物の類とは思えない、巨大な頭蓋骨。
間違いなく、妖怪変化の類のもの。
隣にいた雪女に、何か知らないかと聞いてみたものの、こいつは案外若いらしくて、ろくな情報も得られない。
流石に鬼崎も、この頭の事は分からないだろう。
前の方に立つ姿を窺えば、奴はどうしてか、視線を低く落として、これまで見たこともないような、剣呑で陰鬱な顔をしていた。
一体どうしたんだ……いや、呪いの事もある。
ここまでかなり働かせたし、一度下がらせた方がいいか。
「おい、き……」
奴を呼ぼうとしたところで、辺りの気配がぞわりと動いた。
早いな、もう迎えが来たか。
鬼崎の視線は、水路の奥に向いている。
早めに呼び戻しておけばよかったか。
今からじゃすぐにこちらへ呼ぶのは難しい。
また溢れ出てきた妖怪どもを、ぬらりひょんの孫の刀が、鬼崎の剣が、鎌鼬の鎌が、雪女の吹雪が滅していく。
オレもまた、奴らが取り零した雑魚を淡々と滅していった。
すぐに、その奥に扉が見えてくる。
扉の奥から、異質な妖気が漏れ出してくる。
間違いないな、奥にあの言霊使いが……百物語組がいる!
目前に迫ったドアを破り、奴らのアジトへと突入する。
そこにあったのは、驚くべき光景だった。
圓潮の翳したドスが、初めて目にする妖怪……しかし見た目で正体は分かる、山ン本の脳を貫いていた。
一体何故奴が脳を貫いている?
仲間同士……いや、大元は同じ妖怪、人間のはずなのに。
謀反?まさか……口が……脳に?
どうと地面に倒れ伏し、なぜと問う脳に向けられた目は冷たい。
不意に、とんっと肩をつつかれた。
「動くな。声も出すな」
いつの間に下がってきていたのか、鬼崎がオレの真横にいる。
少し屈んで、オレの耳元で聞き逃してしまいそうな程の小声で囁いている。
「奴の後ろ、見ろ」
その言葉に釣られて、圓潮の後ろに目を凝らした。
闇に紛れて何か、とても大きなものが佇んでいる。
まさか……あれが例の、『救世主』とでも言うのか?
オレの驚きなぞを余所に、圓潮は脳を蹴り付け語り出す。
「あなたの役目は終わった。元々、雑多な妖を束ねる山ン本(なまえ)が必要なだけでしたし……。百物語組は、今日で解散ですよ」
あの脳は、自分の事を山ン本だと……親だと言った。
ならばこそ、わからない。
奴の目的、奴の真意が。
ぼそぼそと囁く声が聞こえてくる。
隣にいる鬼崎からじゃない。
壁中に張り巡らされた、目のような何かから、救世主を求める数多の声が、合唱となってわんわんと地下水路を木霊している。
「てめえ何なんだ?意味……わかんねーぞ!!」
「あたしはただ、怪談を語りたいだけの男ですよ。噺家としてね、ただ人が恐怖する怪談を語りたいだけなのです」
奴良リクオの言葉に、圓潮はまるで歌でも詠むかのように朗々と張った声で返す。
「耳を」
また、小声で伝えられた短い言葉に、式神を操って音の進入を防ぐ。
もう、呪詛が、言霊使いの術が始まっている可能性がある。
用心に越したことはない。
鬼崎もまた、そっと耳を塞いだようだった。
けれどその目は、油断なく奴の口許を睨んでいる。
こいつまさか、読唇術まで身に付けてんのか?
水を通して歪んだ音声。
けれど全く聞こえないわけではなく、その言葉の端々から、オレの脳みそは意味を補強して読み込んでいく。
山ン本の体から産まれた妖怪は、その全てが山ン本。
故に奴らはみな、その欲望に忠実であり、結局、本体である山ン本五郎左衛門の事は二の次だったということか。
そしてこいつ、圓潮の目的は語ること。
全ての崩壊を、陽の世界の終わる様を……そう、鵺という妖怪の、再誕を。
──自分のすぐ横で、闇のような気配が爆発した。
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