×ぬら孫

「しっかり掴まっておけよぉ」
そう言われて、バイクの後ろに乗せられた。
とはいえ着物で股がるわけにも行かず、横向きに座らせられて前に座った鬼崎の腰に腕を回させられる。
一つだけ奪っ……借りたヘルメットはオレが被ることになった。
念のため、らしい。
運転には自信があるようだが……こいつ免許持ってるのか?
「行くぞぉ!落ちんなよぉ!」
がなる声の振動が、背中越しに伝わってくる。
バイクは思いの外スムーズに発進する。
大通りを走りはじめてしばらくは、特におかしなものもなく、何なら人もほとんど見かけなかった。
しかし繁華街に近付くにつれて、明らかに異常な喧騒が耳に届き出す。
バイクが角を曲がったとき、オレ達の視界に人を襲う妖怪の姿が飛び込んでくる。
「喰らえ、言言!」
「行けぇ!アーロぉ!」
バイクはスピードを緩めぬまま、人と妖怪が入り乱れる街中に突っ込んでいく。
何人かの妖怪を倒しながら進み、しかしその中に見覚えのあるものを見付けて声を上げた。
「おい、あれ!」
「わかってる。このまま突っ込むぜぇ!」
「はあ!?うおっ!!」
エンジンがうなり声を上げる。
バイクの事は詳しくないが、2人乗りでこのスピードを出すのはこのバイクには負荷が大きすぎるんじゃないのか?
タイヤが浮き上がるほどにスピードを出して、バイクは人を襲う妖怪に向けて突撃する。
オレはといえば、ずり落ちそうになったせいで言言を操る余裕もなくなり、鬼崎の腰にしがみつく。
「おらぁ!」
「ぎゃ!?」
妖怪をはね飛ばして止まったバイクから降りて、ようやく地面を踏みしめる。
久々に地面のありがたさを実感した気がする。
バイクではね飛ばした妖怪は、特徴的な『豊かに波打つ黒髪』を地面に広げて倒れ伏している。
「う゛おい、無事かぁ?」
「お前どんな運転を……いや、それよりもこの妖怪」
「さっき公園で倒れてた奴……の、偽物だなぁ」
鬼崎が乱暴に妖怪を蹴って仰向けにさせる。
さっき見た妖怪は、綺麗な女の顔の……ともすれば人間の女にも見える妖怪だった。
しかし今目の前に居るのは、どう見ても人とは間違えられない異形。
綺麗なはずの顔が、頬から破れてその下から異形が顔を覗かせていた。
「あの女の皮を被っている?」
「あの女妖怪を倒した奴の仕業じゃねぇかぁ?生きてる相手の顔しか借りられないのかも」
「……まあ、倒したのなら問題はねぇ。先に進むぞ」
妖怪の被る皮をめくって調べる鬼崎に声をかける。
ひどい被害状況だが、恐らくここだけではなくもっと広い範囲で、同じような被害が発生しているはず。
すぐにでも大元を突き止めて対処しなければ、被害は更に広がっていく。
バイクに戻ろうと振り向いた。
そのすぐ目の前に、『同じ女妖怪』が立っていた。
「あぶねぇ!」
「っ!」
赤い炎が燃え上がる。
それはあっという間に女妖怪を燃やして、オレの心臓へと伸びていた鋭い爪も、塵となって消える。
「怪我は!?」
「ない……」
「一分待ってろぉ。ここらに居る妖怪全部黙らせたら、騒ぎの中心地に向かう。良いなぁ?」
「ああ」
言われるままに頷いて、まだ少し早い心音が落ち着くのを待つ。
二体目の、偽物?
ならば、他人を真似る妖怪が複数居るということか?
しかし、先ほど燃やされた妖怪の燃えカスから見えるのは、バイクで轢かれた奴とは違う化け物の顔だ。
同じ妖怪でも顔が違う奴は確かに居るが、あまりにも似てなさすぎる。
どっちかが化ける妖怪で、もう片方はその能力で創られた皮を借りていただけ?
……それなら確かに、あり得るかもしれない。
「お゛い!」
上から声が降ってくる。
オレのすぐ横に着地した鬼崎は、その手に掴んでいたものを地面に放り投げる。
「これは……!」
「倒してる最中に見付けたぁ。厄介なことになってるみたいだなぁ……」
地面に転がったのは、燃えカスの頭にぶつかってごろりとその顔を天に向けた。
顔の右半分からは、鼠のような獣の顔が覗いている。
そして左半分に被っているのは……。
「またこの顔の皮……」
「この女妖怪の皮を『造ってる』奴が居る。きっとまた何体も出てくるぞぉ」
「……奴良組の奴らを狙ってるんだろう。奴らを探しつつこいつらを倒していくぞ」
「ん゛、了解した」
再びバイクに乗って走り出す。
フロント部分が少し凹んでいたが、バイクは今も元気に動いている。
宣言通り、あの短い時間でここら一帯の妖怪は退治してきたらしい。
しばらく進み、また妖怪が出てきたところで、言言や奴の持つ式神を使って端から祓っていく。
増えてきたところでバイクを降りて、目につく妖怪共を片っ端から祓っていく。
こちらに気が付いて襲ってきた妖怪を倒しながら、ふと気が付く。
女妖怪に化けた妖怪に襲われた時、あいつが放っておけば、オレは死ぬか……死なずとも大きな怪我をおったはずだ。
オレが死ねば、あいつは言言から解放される。
どうして助けたんだろうか。
大きな鮫が妖怪に噛みつき食いちぎるのが遠目に見える。
あいつはその後ろで炎を纏わせた剣を振り回している。
結局、奴からあの炎や式神の話を聞くことは未だに出来てない。
どれだけ痛め付けても答えないし、飯を抜いても、優しくしても、何も答えなかった。
戦いの時には惜しげもなく使う癖に、何もないときに見せろと言うと、頑として使おうとしない。
奴にしかわからない基準があるのだろうが、それについても話そうとしない。
何もわからない。
だから奴は信用出来ない、が……。
「竜二ぃ!そっち行ったぞぉ!」
「わかってる」
そういえば、こいつは自分から人に手を上げることは滅多にしない。
相手に襲われた、とかの理由があるなら反撃はするし、オレやゆらの事をからかって遊ぶことはあるものの、基本的には無害だ。
むしろ、知り合いでもない人を助けるために平気で妖怪の群れの中に突っ込んでいく。
命知らずで、向こう見ずかと思えば、冷静に状況を見定めるクレバーさも持ち合わせている。
奴の事はまるで掴めない。
けれど一先ず今は、任せても良いらしい。
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