×ぬら孫

夜闇に包まれた花開院邸の一室に、3つの人影が集まっている。
「なあ、秋房兄ちゃんから連絡あったってほんま!?」
一人は次期花開院家当主候補の少女ゆら。
「例の刀の事でな。だがまずはこっちだ」
二人目、ゆらの兄で言霊の使い手である男、竜二。
「う゛お゛ぉい、しっかり見ろ、ゆら。件が産まれる場所だと言う噂が最も多かったのがここの廃農場だぁ。で、これは現場に向かった奴からの映像」
そして三人目が、オレこと鬼崎鮫弥。
オレが操作するPCの画面を、兄妹が両脇から覗き込んでいるのが現在の状況である。
オレ達の見つめる画面の中では、一頭の雌牛が苦しんでおり、奇妙に膨れた腹からは、小さな脚が一本はみ出している。
「ほんまにこれ件?」
「ネット上では『そう』と信じられている。誰も彼もが根拠のない噂を本当のことのように語り、より多くの人間が『ここに件が現れると語った』からこそ、今ここに件が『成る』んだよ」
「この妖怪を創ってる奴、言霊を通り越してもはや呪言の使い手だなぁ。強制的に信用させて、その信心を素に化け物を創りやがる」
『件(くだん)』という妖怪は、牛の体に人の顔を持つ化け物で、産まれてすぐに予言を残して死んでしまうらしい。
件の予言は必ず当たる。
何故なら、命を賭して放つ予言だから。
「たぶん、因果が逆転してる」
「どういうこと?」
「予言じゃなくて呪いなんだよこれ。命を対価にして放った言葉を実現させる妖怪なんじゃねぇのかぁ?」
「ああ、その方がしっくり来る」
要するに、これが誰かの思惑によって産み出される妖怪の内の一つならば、この件の放つ予言こそが、黒幕の……もしくは黒幕達の望む結果であるとも考えられる。
「あ……出てくる!」
画面の中で動きがあった。
牛の腹から、ずるりと塊が産み落とされる。
黒毛の肢体と、それに比べて異様に白くてつるりとした頭。
人面の仔牛が、脚を震わせながら立ち上がる。
『聞ケ、人間ドモ』
ぬうっと、その白面が上がる。
虚のような二つの穴のような目と、不気味に歪んだ口。
妖怪の名に相応しい異形の言葉が、画面越しにも朗々と響いている。
『近クコノ國ハ滅ビル。助カリタクバ、人ト妖ノ間ニ生マレタ呪ワレシ者……奴良組三代目奴良リクオヲ殺セ!』
奴良、リクオ?
そいつは確か、乙女とも戦っていたあの若い半妖の少年の事か……?
目的はあいつ……。
あいつを倒したいのは、復活に水を差された、鵺率いる妖怪連中。
奴らは、旧き妖怪どもを束ねる軍団。
しかし今回のやり口は、新しい妖怪を何度も産み出し繰り返し、徹底して黒幕は姿を現そうとしないという、どうにも陰湿な相手だ。
鵺のやり方とは、いまいち一致しない。
ということならば。
「鏖地蔵という妖怪の言っていた、『山ン本五郎左衛門』って奴の仕業か?」
「……オレは話にしか知らねぇがぁ、無くはないだろうなぁ。少なくとも、この騒動の黒幕の目的は、『奴良リクオの殺害、奴良組の壊滅』って事は間違いねぇだろう」
「そんな……じゃあもしかしたら今頃奴良君は……!」
「いや、あの予言を聞くに、奴ら人間に奴良リクオを殺させたいらしい。徹底的に自分は表に出てこないようにしてるようだなぁ」
これを聞いた人間が、奴良リクオを特定して、奴を殺すための装備を整えて襲い掛かるまで、どれくらいかかるだろう。
映像を切って、ネット掲示板を覗けば、そこはもうお祭り騒ぎの様相を呈している。
国が滅びる、呪われた者、殺せば助かる。
非日常のスリルを求める奴らへの餌としては、都合が良くて、面白そうな……甘くて美味しい、恐ろしい罠。
「な、何やのこれ……この掲示板!『國の敵なら殺してもOK』!?」
「『俺達の時代来た』、『天誅』、『つーか奴良って誰』、『住所と顔写真調べて晒そうぜ』……こいつら、まるで他人事みたいだな」
「……この様子なら明日の昼にも突撃しそうだなぁ。で、オレ達はどうする?」
「……」
竜二の答えを待つ。
オレはぬらりひょんどもから、その山ン本某の話を聞いてない。
竜二から名前を聞いた程度だ。
あの鵺と繋がりがあるなら、調べてみたいとは思うが、しかしぬらりひょん達の事は正直どうでも良い。
決して体調が万全であるとも言えない以上、無茶は出来ない。
「……オレ達は」


 * * *


「う゛……くぁ~。ようやく着いたなぁ、東京!」
「行くのは浮世絵町だろ。ぼさっとしてないでタクシー呼んでこい」
件の予言があった翌日夕方、オレと竜二は東京に着いていた。
京都の護りも考えて、ゆらの奴は留守番に残り、オレ達二人だけの遠征だ。
タクシーに乗り込んで駅を出ると、遠くの夕陽が目に染みる。
先ほど、ネット上に奴良リクオの顔写真がばらまかれた。
今にも、『妖怪狩り』と称して奴を襲う人間が現れるだろう。
浮世絵町まであと一時間はかかるだろうか。
たぶん、奴に辿り着くまでに始まるな。
準備に少し手間取ったのが痛かったか。
「っ!ちょっと止まってくれ!」
「は、はい?」
タクシーの運転手に声を掛け、車が止まると同時に財布から出した札を放り投げながら飛び出す。
「どうした!」
「人が倒れてる……てか、妖怪が倒れてる!」
公園の広場の辺り、木陰に派手な色合いの布が見えた。
その近くに、明らかに妖怪とおぼしき……死骸。
妖怪の方は放置して、木陰の布を目当てに走る。
打ち捨てられるようにして倒れていたのは、派手な着物と波打つ黒髪の女妖怪。
京都にも来ていたと思うから、戦えないわけではないはずだが、恐らくは負けて気絶したのをここに捨てられた、というところか。
なぜ殺さなかったんだ?
「奴良組の妖怪だな。奴良リクオ討伐隊の様子はどうだ」
「少し前に特攻を仕掛けていたみたいだなぁ。だが逃げられて、加えて配下の妖怪に何人か殺された、って騒ぎになってる」
「配下の妖怪……恐らくは例の山ン本の妖怪だな。素人には見分けがつかないだろう」
「こいつも山ン本にやられた口か。……どうすんだぁ?」
「手当てしろ。オレ達は今回、こいつらの味方だからな」
そう、今回オレ達は、こいつらの仲間として東京までやってきた。
本題は別にあるが、まずはこの騒動の黒幕を潰すのに協力する。
……不本意だがな。
手早く手当てを施して、芝生の上に横たわらせる。
上着を被せて立ち上がったところで、持っていた端末に知らせが入る。
「……渋谷、ヤバいなぁ。妖怪だらけになってやがる」
「すぐに向かうぞ。恐らくは奴良組の連中もそこに集まる」
了解と返して、はたと気が付く。
乗ってきたタクシーは既に行ってしまっている。
近くにタクシー乗り場もないし、ここから渋谷までは時間がかかる。
辺りを見回し、少し離れたところに派手な成りのガキ共とバイクが止まっているのを見付け……。
「今って緊急事態だよなぁ?」
「……『穏便』に借りてこい」
「お゛う」
そして5分後、オレはバイクの後ろに竜二を乗せ、渋谷へ向けて疾駆していた。
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