×ぬら孫

ここ最近、日本全国で変わった事件が起きている。
先日起こった『■■村』事件。
東京近郊でならば、とある神社での少女達の神隠し事件、『切り裂きとうりゃんせ』。
全国各地で出現が報告されている『口裂け女』。
ネット上でお祓いの儀式と偽って悪霊を取りつかせようとする呪いの儀式、『おつかれさま』。
京都府内で起きた他の事件ならば、渡月橋を恋人と渡り途中で振り返ると別れることになるという、『渡月橋参り』……は、どちらかの首が飛ばされることで物理的に別れる羽目になるという事件だった。
出現地点が完全にランダムの怪異ならば、毎晩夢で同じ電車に乗らされ、後ろの乗客が順に殺されていく『猿夢』。
地方ばかりで起きた事件だと、箱の周囲で女、子どもが死ぬ、『コトリバコ』。
電車に乗っていると突然乗客が消え、明らかに生きてはいないものが徘徊する無人駅に着く、『きさらぎ駅』は全国各地の路線で起こった。
屋内であっても、鏡の前で三回名を呼ぶと現れる、『ブラッディ・メアリー』。
入った人が消えてしまう、『ブティックの試着室』。
墓場に現れ、見た人を不幸にするという、『黒い犬(ブラックドック)』が家の中に入ってきたと言う話しもあった。
……どれもこれも、過去に流行ったことのある話。
『ブラッディメアリー』『ブティックの試着室』『黒い犬』は海外……アメリカで流行った話ではあるが、確かに全てが、現代で流行った怪談、怪異の類いだ。
「都市伝説、か……」
「大昔の妖怪の話とは少し違う。あれらは土地柄や元々の伝承なんかに由来されたものが多く、話が地域的で教義的。都市伝説は違う。ネットの普及で広まりかたは常軌を逸し、語られる度に人々の好奇心や想像力で話はどんどん改変されていく。発生元もない、際限もない、原型がどんなものか、ゴールはどこかもわからない。……ようは、抑え込むことが非常に難しい」
「……元を絶たない限りは、出たら潰すの繰り返しになるということか?」
「うっわ、面倒臭いね、それ」
狂骨から聞いた、『誰かが作った』妖怪という話。
そしてここ最近の出現ペースに、現れる妖怪の内容を見ても、奴らは『誰かが意図的に作り出した都市伝説の妖怪』である、という結論に達する。
いや、一つ一つならなくもないのだ。
偶然似たような事件が起こって、昔に流行った都市伝説が再流行、その上妖怪にまでなる、というのは有り得なくない。
けれど、いくつもの怪談が同時多発的に起きるのは異常だ。
ならばこの幾つもの話の裏側には、間違いなく原因があり、全てを操る黒幕がいる。
「聞いたことのある話、何故か最近になって流行り出した都市伝説。……なるほど、確かにありそうな説だ」
竜二の話には、軽く肩を竦めて答えた。
既に幾つかの妖怪を倒している。
けれどこの流行りようでは、またいつ現れてもおかしくないかもしれない。
あの、■■村だって。
花開院の若き陰陽師達の集まる一室で、オレは和室に似合わない白のスクリーンに情報をあれこれと映しながら、彼らにそれぞれの事件のあらましを話す。
どれもこれも日本全国に散見されていて、ネット掲示板で見られる話もまた、最初の一個が見付からなかったり、見付かっても発信元が不明であったり等と、……まあ情報がしっちゃかめっちゃかってわけだ。
「もっと何かわからねぇのか」
「無理。専門家じゃねぇんだよ。オレにはここまでが限界だぁ」
「花開院もそろそろサイバー担当を雇うべきだな……」
「妖怪にパソコンなんて必要ないやん。うちらは祓うのが仕事やで!」
「馬鹿が。妖怪を祓っても祓ってもキリがないから、大本を特定するためにこういう技術が必要なんだよ」
オレ一人を輪から外して、額を突き合わせて話し合う陰陽師達を、一先ず黙って見守る。
彼らはあくまで、京の都守護の陰陽師。
全国の怪異を暴いて回るのは管轄外だ。
しかしまあ、竜二がうまく片を付けるだろう。
オレは黙って見てるだけで良い。
■■村から帰ってから、随分と絞られた。
聞かれれば話すのに、こちらが皮肉を言う度に言言を使ってきやがる。
こちらはへとへとだったってのに、次の日にも容赦なく妖怪退治に引きずり回された。
こっちから積極的に手伝ってやる気は更々ない。
「おい鬼崎。大元がどこにいるか探せ」
「さっき無理って言わなかったかぁ?」
「ヒントくらいなんかないのん?」
「……信憑性は低いが、これ」
スクリーンにはとあるサイトの掲示板が映される。
そこには、『件』と呼ばれる妖怪の出現予測が書き込まれていた。


 ***


──件って知ってる?
掲示板に書き込まれた言葉を見詰める。
その続きも、何度も何度も、読み返す。
鬼崎の調べによれば、とある廃農場でそれが生まれるらしい。
時期は、予測では三日後辺り。
だからそれまでの時間を、オレ達は準備期間に当てることにしていた。
件の予言、それが一体どんな未来を指し示すのかはわからない。
けれど、もしこれが作られた妖怪だったのならば、その予言は元凶の望む未来を示すことだろう。
いったいどんな予言が出されるのか、どんな内容でも対応できるように、こちらも用意を進めておかないと。
既に会議は解散しており、意見を聞こうにも人はいない。
一先ずは鬼崎にもう少し話を聞くべきか。
この間の躾で少し苛めすぎたか、最近はこっちから聞かなければろくに情報を話さない。
さっきの件のことも然り、もう少し問い詰めてみるかと、奴の部屋の襖を引いた。
「覗くな、殺すぞ」
「……何で脱いでんだよ」
「怪我の治療です、サー」
襖を開けてすぐに、上半身の服を脱いだ裸の背中が目に入る。
一瞬頭だけ振り向いて、こちらを強く睨んだ鬼崎だったが、すぐに顔を背けて治療とやらに戻る。
最近はあの都市伝説やらのせいであちこち引きずり回していた。
そう言えば、コトリバコやらの事件の後から調子が悪そうだった。
「おい、怪我ってのは何の」
そう言いながら肩に手を掛けた。
まだ二條城で負った傷も、決して全快はしていない。
背中からでも、包帯やらガーゼの姿が痛々しかった。
どんな傷かを見てやろうと、こちらを向かせようとした。
「あ、おい!」
「は……あ?」
正面から覗き込むような態勢で、動けなくなった。
腹……へそより下の辺りに黒々とした痣のようなものがあった。
ただの痣ではない。
明らかに、邪な気配がしている。
いや、しかしそれよりも、これは。
「女?」
「……手を離せ」
低い声で唸るように言われて、ハッとする。
手を離して後ろを向くと、背後からはシャツを羽織ったのだろう衣擦れの音が聞こえた。
「……お前がここに担ぎ込まれたとき、あの鴆とかいう妖怪が他の人間を頑なに入れさせなかったのはこの為か」
「文句が?」
「文句はない。どうやって今日まで隠し通してたのかは気になるけどな」
「……」
「腹のそれは、」
「呪い」
「……だろうな。コトリバコ……女、子どもを死に至らしめる呪いの箱だ。何で行く前に言わなかったんだ」
「言って信じたかぁ?お前らの前で服を脱いで見せろって?」
「……いや、それは……悪かった」
「……ちっ」
信じやしなかっただろう。
オレ達はこいつを男だと信じきっていたから。
音が聞こえなくなり、そろそろ良いかと振り返る。
目と鼻の先に、鬼崎の顔があった。
「っ!」
「理由は面倒だから話さねぇ。呪いは今のところ抑えられてる。……明日には死んでるかもしれないけどなぁ」
「解呪の専門家を呼ぶ」
「無理だ。コトリバコの呪いを防いだ人間は居たが解いた人間は居ない」
「抑え込んだ人間もだ。やるだけやるべきだろうが」
「かかったら分かる。これは生半可な呪いじゃない。無理に解こうとすれば、オレはおろか、解こうとした奴も死ぬ。抑えてる内は必要ない」
「抑え込めなくなった時が困るんだろうが!」
「厄介の種が消えれば、お前らとしては万々歳だろぉ?」
「ここまで躾けた犬に逃げられるのは困る」
「躾が言言の事を言ってるなら、今すぐそれでオレの事を倒して解呪の専門家とやらの元へ引きずっていけば良い」
「それはっ……!」
「女に手は上げたくないかぁ?あ゛あ?」
相手の言葉に食って掛かるようなラリーの応酬が、ここで途絶えた。
軽蔑したような表情が目の前にある。
女だから手心を加える。
自分は、そんなお優しい人間ではないと思っている。
けれど実際には今、目の前の女に手を出せずにいる。
「ただ言われていた通りに仕事をした奴に、危害を加える気はない」
苦し紛れの言い訳だが、それもまた本心だった。
こいつが悪人ではないことは、これまでの付き合いで理解した。
人は傷付けない。
本人曰く出来るが、しない。
妖怪を見逃すこともあるが、それでも人を護るために動く。
自分勝手でエゴイストな奴だが、オレ達を殺して逃げようとしたり、こちらがどれ程手酷く扱っても手を出そうとしたりはしない。
「……解呪を受けろ」
「断る。自分で抑えておく。いざとなったら内臓ぶち抜いてやる」
こいつの言う内臓が、女性特有の器官であることを察して、何とも言えない面持ちになる。
「今更、情に絆されたか?それとも、女は弱いから護ってやらなくちゃってかぁ?オレに勝ってから物を言え」
「オレは、お前を庇護対象に見てる訳じゃない。ただ」
「心配してる?」
「戦力が減ることをな」
「はっ、ご立派なことだ」
「……異変があったらすぐに解呪師の元に引き摺っていく。わかったな」
「はいはい」
ようやく顔が離れて、緊張していた肩の力が抜ける。
「で、何の用だぁ」
「……」
「?」
「……くそ、忘れた」
「ぶはっ」
何とも女らしくない、豪快な笑い声が聞こえてくる。
がりがりと頭を掻いて、奴の背中を蹴っ飛ばした。
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