×ぬら孫
羽衣狐の側近、そして寵愛を受ける忠臣。
それが彼女、狂骨という妖怪だった。
オレが幼い頃からずっと少女の姿のまま、それでもいつだって強気でプライドの高い妖怪だった、はず。
「わーん!生きてたぁ!!」
「うわ、こら泣くな……だっ!鼻水つけるなぁ!」
わんわんと泣く狂骨のことを抱き締めながら、頭を撫でて何とかあやす。
時間はあまりない。
自分の無事を知らせることは出来たが、それだけで帰りたくはない。
「狂骨、ほら泣き止め。怪我はもうほとんど治った。庇ってくれたと聞いたぜぇ。ありがとなぁ」
「うん、うん。ちゃんと心臓動いてる……。良かったぁ、生きてるのねあんた」
「……心配かけて悪かった」
「あんた何も悪くないでしょ。変なとこで謝るのね!」
ぺちんっと両頬を掌で挟まれる。
時間がないけれど、思わず苦笑が漏れた。
ぎゅうっと彼女を強く抱き締めて、小さな頭に頬を擦りよせる。
「そっちも、無事で良かったよ」
「……妖怪なんだもの。強いのよ。無事で当たり前じゃない」
「ん゛……」
「見た目に似合わず子どもなんだから」
「さっきまで大泣きしてたやつが何言ってんだぁ」
「うるさいってば!それより……お姉様のこと、話さなきゃ……」
「……」
その言葉を聞いて、ようやく狂骨の体を放した。
そうだ、その事を聞かなくてはならなかった。
だからオレは、彼女らを探していた。
「御姉様の体は、まだ私達の手元にある。けれど、中身がないの。私達で呼び戻す方法を探してるけど……」
「……陰陽術に妖怪の体だ。そう簡単には見付からねぇだろうなぁ。オレも調べておく。……絶対に帰ってくる。オレが、探すから」
「うん……」
「京の街には陰陽師が夜毎に巡回している。……オレもな。だから暫くは身を隠せ。出てきたらたちどころに狩られる」
「わかった」
頷いた狂骨の頭を撫でる。
乙女が帰ってきていないことは予想できていたけれど、でも今あいつがいる場所はわかっているのだ。
場所が地獄だとしても、あいつは何度も転生を果たした女だ。
必ず、方法はあるはず。
それに、取り敢えず今の忠告で彼らの安全は確保できた。
言うことを聞くならだけど、まあオレじゃなく狂骨が言うなら従うだろう。
狂骨の涙はようやく引っ込んだらしいが、目が赤くなっていた。
ハンカチで涙の跡を拭いてやる。
その手を強く掴まれた。
「花開院は、あんたに酷いことしてない?」
「オレが酷いことされたまま泣き寝入りする性格に見えるかぁ?」
「見えないけど……あんた自分から手を出したがらないじゃない」
「む……自衛はする。とにかくオレは平気だぁ。首輪はつけられちゃいるが、見ての通り元気だぜ」
「うん」
ハンカチを渡して、もう一度抱き締める。
その耳元で囁いた。
「この■■村の怪異は」
「京妖怪の仕業じゃない。……誰かが作った奴だと思う」
「作った……?」
「自然に生まれた奴じゃない。最近新しい妖怪の話をいくつか聞いてるけど、今までにない奴ばかりだった。けど現れるペースが早すぎるわ」
「……ありがとう」
お礼と共に、頬に軽く口をつける。
返ってきた挨拶に、お礼とばかりに最後にもう一度抱き締めて、ようやく立ち上がった。
「もう戻らないと」
「わかってる。……元気でね」
「お前もなぁ。……また会おう」
もう辺りは随分と暗い。
狂骨の姿は闇夜に溶けるように消えていった。
オレは立ったまま彼女を見送る。
完全に気配が消えたところで、背後に声をかけた。
「それで?オレに何の用だ竜二」
「……」
黒い髪、羽織、そして不機嫌そうな顔の男が闇からぬっと現れる。
オレを放って二人が消えたのは、やはり罠なのだったのだろう。
オレが京妖怪と接触するのを待っていたのだろう。
* * *
■■村という怪異を潰した後、助けたクラスメイトと共にわざと奴一人を残してゆらと現場に戻った。
そこでも一騒動あったが、それはおいておくとして、オレ達のいない間に、やはりこいつは一人で行動を始めた。
あの狐を護衛に残したのは予想外だったが、少し離れた森に、すぐに奴を見付けられた。
目の前には狂骨とかいう妖怪。
風に乗って話し声が聞こえてくる。
けれど聞き取ることはできなかった。
これ以上近付くとバレる。
森の中で少し拓けたその場所で、鬼崎は狂骨の事を抱き締めている。
普段のすかした顔じゃない。
久々に会った家族を愛おしむ、ただの人の顔。
けれど確かにこいつは人間離れした能力を持った戦士で、そして花開院の人間を見殺しにした、非常な男だ。
何かを囁き交わした二人が、お互いの頬にキスをして別れる。
妖怪とその一味が、随分と外国にかぶれたものだ。
それとも幼女趣味か何かか?
もしそれならば、暫くゆらは近付けない方がいいかもしれないな。
狂骨の姿が消える。
流石に、京妖怪と鬼崎の二人を敵に回しては勝てない。
ゆらがいれば別だが、あいつは今クラスメイト達の前で狐に尋問でもしているところだろう。
鬼崎が一人になったところで、いつでも攻撃できるように態勢を整える。
まずは奴の中に仕込んだ言言を。
しかしその前に、奴がわざとらしく声を上げた。
「それで?オレに何の用だ竜二」
「……」
気付かれていた、か。
いや、予想してなかったわけではない。
けれど、気付いていたくせに、狂骨にそれを教えなかったことに、疑問を抱く。
奴にオレを殺させれば、鬼崎は自由の身になれたかもしれないのに。
「何の話をしていた」
「警戒されるようなことは何も?お互いの無事を確認していただけだぁ」
鬼崎はふざけたようににやにやと笑いながら、こちらを振り向いて両手を上げている。
争うつもりはありません、ってか。
随分と胡散臭い演技だ。
オレの目の前に立って見下ろす男の首に、人差し指を突き付けた。
「羽衣狐の容態、復活方法、奴らのアジト、お前が知りたがる情報を、あの妖怪は知ってるはずだ」
「容態、目覚める兆しなし。復活方法、不明。アジト、聞いたらお前がオレから聞き出して潰しに行くだろぉ。聞きたいのはそれだけかぁ?」
「……今回のは奴らの仕業か?」
「は、どうかな」
「答えろ」
「ぐぉっ!?」
奴の体内で、言言を弾けさせる。
口から体液を噴き出して、体をくの時に折り曲げる。
ようやく自分よりも下になった頭を見下ろして、そのままぐりぐりと旋毛を押す。
「あだだだ」
「いいか、お前は今、オレに命を握られてんだよ。手綱じゃねぇ、命だ。お前につけられた首輪はコントロールする以上に、いざというときお前を殺すための首吊り縄だ」
「……ふぅん」
「何か言いたげだな」
やはり、というか、この男は力が強い。
頭を押してたオレの指を払い除けずに、そのまま立ち上がって中途半端な位置で止まる。
丁度奴と目線が合う。
汚れた口の端を拭いながら、それでもまだ不敵に笑うのを見て、気分が悪くなる。
こいつは、とことん人間らしくない。
「オレがその気になれば、殺される前にお前の首を跳ねられるってことも、忘れんなよぉ」
「……お前が自発的に人を殺したことがないのは知ってるぞ」
「出来ないのとしないのとは訳が違う。そうだろぉ?」
「……」
「ぐっ!」
無言で言言を炸裂させる。
再び崩れ落ちた鬼崎の腹に、軽く膝蹴りを喰らわせる。
呻く野郎に声をかけた。
「戻るぞ。詳しい話は花開院に戻ったら聞かせてもらう」
「おえっ……その前に殺されそうだぁ」
べっと地面に吐き捨てた唾に、血の色が混ざっている。
「パワハラだ」
「躾だ」
戻ってからも、クラスメイト達にさんざんと騒がれた。
最低な一日だ。
だが、ゆら渾身の飛び蹴りを食らう鬼崎の姿を見れたことだけは、ここ数日で一番ラッキーな事だっただろう。
それが彼女、狂骨という妖怪だった。
オレが幼い頃からずっと少女の姿のまま、それでもいつだって強気でプライドの高い妖怪だった、はず。
「わーん!生きてたぁ!!」
「うわ、こら泣くな……だっ!鼻水つけるなぁ!」
わんわんと泣く狂骨のことを抱き締めながら、頭を撫でて何とかあやす。
時間はあまりない。
自分の無事を知らせることは出来たが、それだけで帰りたくはない。
「狂骨、ほら泣き止め。怪我はもうほとんど治った。庇ってくれたと聞いたぜぇ。ありがとなぁ」
「うん、うん。ちゃんと心臓動いてる……。良かったぁ、生きてるのねあんた」
「……心配かけて悪かった」
「あんた何も悪くないでしょ。変なとこで謝るのね!」
ぺちんっと両頬を掌で挟まれる。
時間がないけれど、思わず苦笑が漏れた。
ぎゅうっと彼女を強く抱き締めて、小さな頭に頬を擦りよせる。
「そっちも、無事で良かったよ」
「……妖怪なんだもの。強いのよ。無事で当たり前じゃない」
「ん゛……」
「見た目に似合わず子どもなんだから」
「さっきまで大泣きしてたやつが何言ってんだぁ」
「うるさいってば!それより……お姉様のこと、話さなきゃ……」
「……」
その言葉を聞いて、ようやく狂骨の体を放した。
そうだ、その事を聞かなくてはならなかった。
だからオレは、彼女らを探していた。
「御姉様の体は、まだ私達の手元にある。けれど、中身がないの。私達で呼び戻す方法を探してるけど……」
「……陰陽術に妖怪の体だ。そう簡単には見付からねぇだろうなぁ。オレも調べておく。……絶対に帰ってくる。オレが、探すから」
「うん……」
「京の街には陰陽師が夜毎に巡回している。……オレもな。だから暫くは身を隠せ。出てきたらたちどころに狩られる」
「わかった」
頷いた狂骨の頭を撫でる。
乙女が帰ってきていないことは予想できていたけれど、でも今あいつがいる場所はわかっているのだ。
場所が地獄だとしても、あいつは何度も転生を果たした女だ。
必ず、方法はあるはず。
それに、取り敢えず今の忠告で彼らの安全は確保できた。
言うことを聞くならだけど、まあオレじゃなく狂骨が言うなら従うだろう。
狂骨の涙はようやく引っ込んだらしいが、目が赤くなっていた。
ハンカチで涙の跡を拭いてやる。
その手を強く掴まれた。
「花開院は、あんたに酷いことしてない?」
「オレが酷いことされたまま泣き寝入りする性格に見えるかぁ?」
「見えないけど……あんた自分から手を出したがらないじゃない」
「む……自衛はする。とにかくオレは平気だぁ。首輪はつけられちゃいるが、見ての通り元気だぜ」
「うん」
ハンカチを渡して、もう一度抱き締める。
その耳元で囁いた。
「この■■村の怪異は」
「京妖怪の仕業じゃない。……誰かが作った奴だと思う」
「作った……?」
「自然に生まれた奴じゃない。最近新しい妖怪の話をいくつか聞いてるけど、今までにない奴ばかりだった。けど現れるペースが早すぎるわ」
「……ありがとう」
お礼と共に、頬に軽く口をつける。
返ってきた挨拶に、お礼とばかりに最後にもう一度抱き締めて、ようやく立ち上がった。
「もう戻らないと」
「わかってる。……元気でね」
「お前もなぁ。……また会おう」
もう辺りは随分と暗い。
狂骨の姿は闇夜に溶けるように消えていった。
オレは立ったまま彼女を見送る。
完全に気配が消えたところで、背後に声をかけた。
「それで?オレに何の用だ竜二」
「……」
黒い髪、羽織、そして不機嫌そうな顔の男が闇からぬっと現れる。
オレを放って二人が消えたのは、やはり罠なのだったのだろう。
オレが京妖怪と接触するのを待っていたのだろう。
* * *
■■村という怪異を潰した後、助けたクラスメイトと共にわざと奴一人を残してゆらと現場に戻った。
そこでも一騒動あったが、それはおいておくとして、オレ達のいない間に、やはりこいつは一人で行動を始めた。
あの狐を護衛に残したのは予想外だったが、少し離れた森に、すぐに奴を見付けられた。
目の前には狂骨とかいう妖怪。
風に乗って話し声が聞こえてくる。
けれど聞き取ることはできなかった。
これ以上近付くとバレる。
森の中で少し拓けたその場所で、鬼崎は狂骨の事を抱き締めている。
普段のすかした顔じゃない。
久々に会った家族を愛おしむ、ただの人の顔。
けれど確かにこいつは人間離れした能力を持った戦士で、そして花開院の人間を見殺しにした、非常な男だ。
何かを囁き交わした二人が、お互いの頬にキスをして別れる。
妖怪とその一味が、随分と外国にかぶれたものだ。
それとも幼女趣味か何かか?
もしそれならば、暫くゆらは近付けない方がいいかもしれないな。
狂骨の姿が消える。
流石に、京妖怪と鬼崎の二人を敵に回しては勝てない。
ゆらがいれば別だが、あいつは今クラスメイト達の前で狐に尋問でもしているところだろう。
鬼崎が一人になったところで、いつでも攻撃できるように態勢を整える。
まずは奴の中に仕込んだ言言を。
しかしその前に、奴がわざとらしく声を上げた。
「それで?オレに何の用だ竜二」
「……」
気付かれていた、か。
いや、予想してなかったわけではない。
けれど、気付いていたくせに、狂骨にそれを教えなかったことに、疑問を抱く。
奴にオレを殺させれば、鬼崎は自由の身になれたかもしれないのに。
「何の話をしていた」
「警戒されるようなことは何も?お互いの無事を確認していただけだぁ」
鬼崎はふざけたようににやにやと笑いながら、こちらを振り向いて両手を上げている。
争うつもりはありません、ってか。
随分と胡散臭い演技だ。
オレの目の前に立って見下ろす男の首に、人差し指を突き付けた。
「羽衣狐の容態、復活方法、奴らのアジト、お前が知りたがる情報を、あの妖怪は知ってるはずだ」
「容態、目覚める兆しなし。復活方法、不明。アジト、聞いたらお前がオレから聞き出して潰しに行くだろぉ。聞きたいのはそれだけかぁ?」
「……今回のは奴らの仕業か?」
「は、どうかな」
「答えろ」
「ぐぉっ!?」
奴の体内で、言言を弾けさせる。
口から体液を噴き出して、体をくの時に折り曲げる。
ようやく自分よりも下になった頭を見下ろして、そのままぐりぐりと旋毛を押す。
「あだだだ」
「いいか、お前は今、オレに命を握られてんだよ。手綱じゃねぇ、命だ。お前につけられた首輪はコントロールする以上に、いざというときお前を殺すための首吊り縄だ」
「……ふぅん」
「何か言いたげだな」
やはり、というか、この男は力が強い。
頭を押してたオレの指を払い除けずに、そのまま立ち上がって中途半端な位置で止まる。
丁度奴と目線が合う。
汚れた口の端を拭いながら、それでもまだ不敵に笑うのを見て、気分が悪くなる。
こいつは、とことん人間らしくない。
「オレがその気になれば、殺される前にお前の首を跳ねられるってことも、忘れんなよぉ」
「……お前が自発的に人を殺したことがないのは知ってるぞ」
「出来ないのとしないのとは訳が違う。そうだろぉ?」
「……」
「ぐっ!」
無言で言言を炸裂させる。
再び崩れ落ちた鬼崎の腹に、軽く膝蹴りを喰らわせる。
呻く野郎に声をかけた。
「戻るぞ。詳しい話は花開院に戻ったら聞かせてもらう」
「おえっ……その前に殺されそうだぁ」
べっと地面に吐き捨てた唾に、血の色が混ざっている。
「パワハラだ」
「躾だ」
戻ってからも、クラスメイト達にさんざんと騒がれた。
最低な一日だ。
だが、ゆら渾身の飛び蹴りを食らう鬼崎の姿を見れたことだけは、ここ数日で一番ラッキーな事だっただろう。