×ぬら孫
宿に戻る。
玄関を潜ればすぐに、妖気とも殺気とも付かない空気が纏わり付いてくる。
一般人である彼らにも、この空気は感じられたらしい。
腕をさすりながら、不安そうに辺りを見回している。
「わかるな」
竜二の問い掛けに、シンプルに頷いて答える。
最初に通された部屋、客室から妙な気配を感じる。
恐らくはゆらもそこにいるだろう。
「先に行って荷物を確保してこい」
「オレは犬かぁ?」
「返事は『はい』か『わん』だけでいい」
「……わん」
口だけで笑って言った竜二に、返事が皮肉めいてしまうのはしょうがないだろう。
肩を竦めて、一人でその場から駆け出す。
部屋に飛び込むと同時に、包丁を構える老婆を蹴って吹っ飛ばした。
「!!銀色!?あんたなんで……」
「敵だぁ。囲まれてるぜ」
「なんやて!?」
障子を突き破って、広縁まで吹き飛ばされた老婆を見て、ようやくゆらが式神を構えて距離を取る。
竜二のリュックを担ぎ、早く立つように促す。
「すぐに出る。一般人が紛れ込んでた」
「はあ!?」
次いで竜二達が部屋に飛び込んでくる。
その目の前に荷物を放り投げた。
「おい馬鹿犬、荷物は丁寧に扱え」
「割れて漏れた方がすぐに使えるだろぉ」
「ちっ、反抗的なワン公だな」
「わんわん」
目の前に立って見下ろしながら、にいっと笑って吠えてやる。
忌々しそうに睨み上げてきたが、特に何をするでもなくリュックの中身を改め出した。
「ね、ねえちょっと、あのお婆さん……」
「まさかこいつ……!」
ひそひそと話す声が聞こえて、そちらに視線を送る。
視線に気付いた連中が、飛び上がらんばかりに驚く。
からかうように口角を上げてやったら、後ろからゆらにどつかれた。
「からこうてへんでとっとと準備手伝って!はよ出るよ!」
「はいはい」
リュックを開いたままで背負う。
竜二が先頭を走り、その後ろを俺とゆらが走る。
リュックに入った竹筒から、どろどろと黒っぽい水が走り出す。
竜二の式神、水の式神だが、どうやら人の姿を取ることが出来るらしい。
確か、二條城の天守閣で見たやつだ。
「狂言、毒を持つ式神だ。囮にする。お前は本物と一緒に後方に待機」
「了解した」
「ゆら、お前は一緒に来い」
「わ、わかったけど……これ」
「口を閉じろ、出るぞ」
「!!」
狂言は既に迷い込んだ彼らの姿を模している。
二人が式神を伴って出ていくのを見送り、後ろの奴らを玄関の端、外からの死角に誘導する。
「ちょちょちょ……何あれ!?」
「わ、私達が……」
「なあ、なあ何なんだよこれ!いったい何がどうなってんだよ!?」
「しっ、静かに。見付かれば殺されるぞぉ」
ひゅっと全員が息を飲んで黙り込む。
素直な姿に、思わず笑いが漏れる。
自分達の周囲には、霧の炎を広げておいた。
これで奴らからは察知されづらくなる。
オレの扱う程度の幻術では、絶対とはとても言えないが。
駆け出していった兄妹と式神達に、村の住人の面影を残した化け物どもが襲い掛かる。
人の首にかぶり付いて群がる姿は、さながらピラニアの群れでも見ているかのようだった。
「あ……うわぁ……」
「あのまま出てたらあたし達……」
既に間違いないと思っちゃいたが、やはりこの【■■村】は──村全てが妖怪。
豹変した村人達を前に、彼らはだいぶ動揺しているらしい。
自分達と同じ姿のものが、急所に噛み付かれた上に肉を食い千切られている光景は、さぞや衝撃的なことだろう。
すぐに囮の姿が崩れて、狂言が牙を剥く。
村人達が猛毒の水に巻かれて、苦しみもがきながら地面に倒れていく。
ようやくそこで【■■村】は囮に気が付いたらしい。
はっとしてこちらを見たのに合わせて、霧の炎を消して手を振った。
激昂してこちらに襲い掛かろうとしてきた老婆の後ろから、水の追撃がぶつかる。
その後はもう、竜二の掌の上だった。
右から左から、妖怪はぼこぼこにしてやられる。
その間に、周りの村人達がゆっくりゆっくりと移動していく。
二人はそちらには意識を向けてはいない。
特に注意する必要もないだろう。
こちらを襲う素振りは見えないし、二人とも陰陽師なら、あの程度はわけないだろうからな。
見ていれば、あの老婆に村人全てが合体していき、大きな一塊となって竜二に向けて反撃を放つ。
敢えて受けたようだが、大したダメージもなさそうだ。
「ちっ」
「ええ……なんで舌打ち」
少しは怪我でもしてりゃあ可愛げもあったのに。
ゆらに向かったところで、やれやれと肩を落とした。
村人の一部が分離して、こちらに向かってきているのを、ゆらは気が付いていないらしかった。
老婆達の塊がゆらの攻撃で消えたのを合図に、こちらに迫っていた一団が雄叫びを上げる。
「な……あの人達の方に!?武曲!」
遠くから武曲が駆け付けようとしているのが見える。
が、不要だった。
襲い掛かる妖怪を、軽く腕を振るって倒した。
雨の炎は鎮静の効果だが、それを大量に食らえば生命活動が停止する。
どうっと倒れた塊を、思い切り蹴り上げる。
それを武曲が粉砕した。
「取り逃しは良くないなぁ?」
「う、うるさい!」
剣を取り出すまでもなく、村人は全滅。
空気が震えるのがわかる。
どうやら、この妖怪の核は村人達だったらしい。
直にここは消滅するはずだ。
倒し終わったにも関わらず、何故かその場で兄妹喧嘩を始める二人に声をかける。
「う゛ぉい!喧嘩してないでとっとと脱出するぞぉ、馬鹿兄妹!」
「誰が馬鹿やねん!」
「お前だろ。おい、お前村人が合体しようとしてるの気が付いてて言わなかったな」
「あ゛?知らねぇなぁ」
惚けたついでに、後ろの彼らを手招きして呼び寄せる。
「とにかく、村の外まで走るぞ。消滅に巻き込まれて死にでもしたら元も子もない」
「ゆら、先頭を走れ。お前は殿だ」
「わかった!」
「了解」
指示を受けて、ゆらが走り始める。
後ろを竜二と彼らが走っていき、一番後ろをオレが着いていく。
村の端は、既に形を失い始めているようだった。
だが、現世と繋がる出入り口は一番最後まで残るはずだ。
村はそう大きくはない。
すぐに門が見えてきて、例の鳥居をくぐる。
最後のそれを通り抜けたところで、背後の気配が消えたようだった。
「■■村の怪異、これで終わりか……?」
終わり、と断言することは出来なかった。
以前にも発生したことのある怪異だったんだ。
またいつ現れてもおかしくはない。
が、暫くは出てこられないだろう。
倒された、という現実によって上書きされた以上、当分力は戻らないだろう。
……戻らないと、良いのだが。
疲れきって地べたに座り込んだ学生達と対称に、陰陽師兄妹はピンピンしている。
「オレ達は村の跡地を見てくる。お前はここでコイツらを護れ」
反論する気はない。
素直に頷いて、彼らの側に待機した。
二人は村のあった場所へと戻っていく。
何か見付かるだろうか。
いや、期待はするべきじゃないか。
ふと、耳に小さな衣擦れの音が届く。
「……そうか」
『鮫弥?』
「紫紺、ここで見張ってろぉ」
『あいわかった』
紫紺と瞬時に入れ替わる。
一瞬の事だから、たぶん彼らには見えてはいないだろう。
森の中を少しの間走って、目的を見付けて思わずしゃがみこんだ。
「狂骨!」
「鮫弥!あんた無事だったのね!」
小学生くらいの、小さな女の子の体をぎゅっと抱き締める。
同じように背中に回ってきた腕が痛いくらいに抱き締めてきて、彼女の持つ骸骨の蛇が、ちろちろと頬を舐めていた。
玄関を潜ればすぐに、妖気とも殺気とも付かない空気が纏わり付いてくる。
一般人である彼らにも、この空気は感じられたらしい。
腕をさすりながら、不安そうに辺りを見回している。
「わかるな」
竜二の問い掛けに、シンプルに頷いて答える。
最初に通された部屋、客室から妙な気配を感じる。
恐らくはゆらもそこにいるだろう。
「先に行って荷物を確保してこい」
「オレは犬かぁ?」
「返事は『はい』か『わん』だけでいい」
「……わん」
口だけで笑って言った竜二に、返事が皮肉めいてしまうのはしょうがないだろう。
肩を竦めて、一人でその場から駆け出す。
部屋に飛び込むと同時に、包丁を構える老婆を蹴って吹っ飛ばした。
「!!銀色!?あんたなんで……」
「敵だぁ。囲まれてるぜ」
「なんやて!?」
障子を突き破って、広縁まで吹き飛ばされた老婆を見て、ようやくゆらが式神を構えて距離を取る。
竜二のリュックを担ぎ、早く立つように促す。
「すぐに出る。一般人が紛れ込んでた」
「はあ!?」
次いで竜二達が部屋に飛び込んでくる。
その目の前に荷物を放り投げた。
「おい馬鹿犬、荷物は丁寧に扱え」
「割れて漏れた方がすぐに使えるだろぉ」
「ちっ、反抗的なワン公だな」
「わんわん」
目の前に立って見下ろしながら、にいっと笑って吠えてやる。
忌々しそうに睨み上げてきたが、特に何をするでもなくリュックの中身を改め出した。
「ね、ねえちょっと、あのお婆さん……」
「まさかこいつ……!」
ひそひそと話す声が聞こえて、そちらに視線を送る。
視線に気付いた連中が、飛び上がらんばかりに驚く。
からかうように口角を上げてやったら、後ろからゆらにどつかれた。
「からこうてへんでとっとと準備手伝って!はよ出るよ!」
「はいはい」
リュックを開いたままで背負う。
竜二が先頭を走り、その後ろを俺とゆらが走る。
リュックに入った竹筒から、どろどろと黒っぽい水が走り出す。
竜二の式神、水の式神だが、どうやら人の姿を取ることが出来るらしい。
確か、二條城の天守閣で見たやつだ。
「狂言、毒を持つ式神だ。囮にする。お前は本物と一緒に後方に待機」
「了解した」
「ゆら、お前は一緒に来い」
「わ、わかったけど……これ」
「口を閉じろ、出るぞ」
「!!」
狂言は既に迷い込んだ彼らの姿を模している。
二人が式神を伴って出ていくのを見送り、後ろの奴らを玄関の端、外からの死角に誘導する。
「ちょちょちょ……何あれ!?」
「わ、私達が……」
「なあ、なあ何なんだよこれ!いったい何がどうなってんだよ!?」
「しっ、静かに。見付かれば殺されるぞぉ」
ひゅっと全員が息を飲んで黙り込む。
素直な姿に、思わず笑いが漏れる。
自分達の周囲には、霧の炎を広げておいた。
これで奴らからは察知されづらくなる。
オレの扱う程度の幻術では、絶対とはとても言えないが。
駆け出していった兄妹と式神達に、村の住人の面影を残した化け物どもが襲い掛かる。
人の首にかぶり付いて群がる姿は、さながらピラニアの群れでも見ているかのようだった。
「あ……うわぁ……」
「あのまま出てたらあたし達……」
既に間違いないと思っちゃいたが、やはりこの【■■村】は──村全てが妖怪。
豹変した村人達を前に、彼らはだいぶ動揺しているらしい。
自分達と同じ姿のものが、急所に噛み付かれた上に肉を食い千切られている光景は、さぞや衝撃的なことだろう。
すぐに囮の姿が崩れて、狂言が牙を剥く。
村人達が猛毒の水に巻かれて、苦しみもがきながら地面に倒れていく。
ようやくそこで【■■村】は囮に気が付いたらしい。
はっとしてこちらを見たのに合わせて、霧の炎を消して手を振った。
激昂してこちらに襲い掛かろうとしてきた老婆の後ろから、水の追撃がぶつかる。
その後はもう、竜二の掌の上だった。
右から左から、妖怪はぼこぼこにしてやられる。
その間に、周りの村人達がゆっくりゆっくりと移動していく。
二人はそちらには意識を向けてはいない。
特に注意する必要もないだろう。
こちらを襲う素振りは見えないし、二人とも陰陽師なら、あの程度はわけないだろうからな。
見ていれば、あの老婆に村人全てが合体していき、大きな一塊となって竜二に向けて反撃を放つ。
敢えて受けたようだが、大したダメージもなさそうだ。
「ちっ」
「ええ……なんで舌打ち」
少しは怪我でもしてりゃあ可愛げもあったのに。
ゆらに向かったところで、やれやれと肩を落とした。
村人の一部が分離して、こちらに向かってきているのを、ゆらは気が付いていないらしかった。
老婆達の塊がゆらの攻撃で消えたのを合図に、こちらに迫っていた一団が雄叫びを上げる。
「な……あの人達の方に!?武曲!」
遠くから武曲が駆け付けようとしているのが見える。
が、不要だった。
襲い掛かる妖怪を、軽く腕を振るって倒した。
雨の炎は鎮静の効果だが、それを大量に食らえば生命活動が停止する。
どうっと倒れた塊を、思い切り蹴り上げる。
それを武曲が粉砕した。
「取り逃しは良くないなぁ?」
「う、うるさい!」
剣を取り出すまでもなく、村人は全滅。
空気が震えるのがわかる。
どうやら、この妖怪の核は村人達だったらしい。
直にここは消滅するはずだ。
倒し終わったにも関わらず、何故かその場で兄妹喧嘩を始める二人に声をかける。
「う゛ぉい!喧嘩してないでとっとと脱出するぞぉ、馬鹿兄妹!」
「誰が馬鹿やねん!」
「お前だろ。おい、お前村人が合体しようとしてるの気が付いてて言わなかったな」
「あ゛?知らねぇなぁ」
惚けたついでに、後ろの彼らを手招きして呼び寄せる。
「とにかく、村の外まで走るぞ。消滅に巻き込まれて死にでもしたら元も子もない」
「ゆら、先頭を走れ。お前は殿だ」
「わかった!」
「了解」
指示を受けて、ゆらが走り始める。
後ろを竜二と彼らが走っていき、一番後ろをオレが着いていく。
村の端は、既に形を失い始めているようだった。
だが、現世と繋がる出入り口は一番最後まで残るはずだ。
村はそう大きくはない。
すぐに門が見えてきて、例の鳥居をくぐる。
最後のそれを通り抜けたところで、背後の気配が消えたようだった。
「■■村の怪異、これで終わりか……?」
終わり、と断言することは出来なかった。
以前にも発生したことのある怪異だったんだ。
またいつ現れてもおかしくはない。
が、暫くは出てこられないだろう。
倒された、という現実によって上書きされた以上、当分力は戻らないだろう。
……戻らないと、良いのだが。
疲れきって地べたに座り込んだ学生達と対称に、陰陽師兄妹はピンピンしている。
「オレ達は村の跡地を見てくる。お前はここでコイツらを護れ」
反論する気はない。
素直に頷いて、彼らの側に待機した。
二人は村のあった場所へと戻っていく。
何か見付かるだろうか。
いや、期待はするべきじゃないか。
ふと、耳に小さな衣擦れの音が届く。
「……そうか」
『鮫弥?』
「紫紺、ここで見張ってろぉ」
『あいわかった』
紫紺と瞬時に入れ替わる。
一瞬の事だから、たぶん彼らには見えてはいないだろう。
森の中を少しの間走って、目的を見付けて思わずしゃがみこんだ。
「狂骨!」
「鮫弥!あんた無事だったのね!」
小学生くらいの、小さな女の子の体をぎゅっと抱き締める。
同じように背中に回ってきた腕が痛いくらいに抱き締めてきて、彼女の持つ骸骨の蛇が、ちろちろと頬を舐めていた。