×ぬら孫
京都郊外の森の中。
とある週末、花開院竜二、その妹ゆら、そしてオレの三人組は、例の■■村を目指して歩いていた。
「……ゆら、その荷物オレが持ってやろうかぁ?重いだろう」
「う、うるさいわボケェ!これくらい全然よゆーや!」
「……ま、そう言うなら、オレは構わねぇがなぁ」
軽装の竜二とは正反対に、ドでかいリュックに大量の荷物を背負ったゆらは、ふらついて息を切らせながら、舗装されてない道を歩き続けてる。
未だに彼女はオレを敵視しているらしく、善意での言葉もすげなくされる。
「そ、それより、目的地はまだ……」
「あ"ー……と、ここら辺だな。お"い、竜二」
「その様だな。……ふん、確かに、ここがお前の調査通り、『最も発見例の多かった入り口』だ」
「ち、調査?」
「あ"あ。興味半分で入り口まで辿り着いた者、中まで入っちまって行方不明になった者、そいつらがネットにあげた報告や、周りの人間に話した中で、ここが最も、村の入り口を見たと言う報告の多かった場所だぁ」
「ネ、ネット!?なんか安易やなぁ~。あんた、また適当なことゆうてるんとちゃう?」
疑わしげな視線を向けるゆらに、オレ達はすぐには答えず、ぐるりと辺りを観察する。
「まあ、そう疑うなぁ。ほら、まずはひとつめの特徴、ドクロの石だぁ」
「んー……言われてみれば……」
オレの指差した先には、どことなく人の頭蓋骨に似た形の石がポツンと座っている。
「ゆら、鬼崎、こっちに鳥居がある。当たりだな」
「木の鳥居……。報告例によれば、青、赤、黄、黒の鳥居があるはずだぁ」
「え、なんでそんなカラフルなん?」
竜二の指す方には、呪われた村に似つかわしい、如何にもといった風体の寂れた鳥居が建っている。
ずかずかと進んでいく竜二を、足早に追い越し、オレが先頭に立った。
仮にも花開院に交換条件で使われている身だ。
危険な先頭はオレが歩くべきだろう。
竜二と、地獄の三原色についてを聞かされているゆらを引き連れて、先へ先へと進んでいく。
修羅を表す青の鳥居が見えてきた。
その奥には、餓鬼を示す赤、そして畜生を意味する黄。
三つを抜けた先には、全てを混ぜた地獄の黒。
全てを通り抜け、さらに歩いていく。
ほとんど獣道と行ってもいい草むらを、後ろの二人が歩きやすいよう、飛び出た背の高い草や蔦、木の枝を踏み締め手折りながら進み──。
「なんや、これ……。噂やなかったんや!!」
オレ達の目の前に、突然その村は現れたのだった。
* * *
「これはこれは、■■村へようこそ」
「ほう……、やはりここが■■村ですか」
村唯一の宿だと言う家屋へ通され、オレ達は一人の老婆に話を聞いていた。
オレ達は近くの地質調査に来て迷った教授とその助手、ということにするらしい。
竜二のとっさの嘘だろう。
あまりにも雑な嘘だし、まあ隠すつもりもろくにないようだ。
■■村は人を襲う。
恐らくは今夜にでも、オレ達は襲われるだろう。
既に日は暮れかけている。
事態は短期決戦だ。
オレ達の正体なぞ、バレたところでなんてことはない。
露天風呂を勧められ、ゆらだけが入ることになる。
淹れられた茶を口にあて、飲んだふりをした竜二は、ゆらが出るとすぐに立ち上がり、部屋を出た。
「如何にもな外観、如何にもな台詞だな」
「村が見えるまで、人の気配も何もなかった。煙の臭い、僅かな生活音、整備された道や家がある以上、何の気配もなく突然現れるだけで、不自然極まりねぇ」
「お前は村の外周を探れ。オレは丘に登り、全景を確認する」
「了解」
竜二が村の外れにある丘に向かうのを見送り、オレはオレで民家の間を走り抜けていく。
村は、ゆっくり歩いても半日あれば回れるほどの規模で、各々の民家の脇に狭い畑や田んぼがあり、畜舎のようなものも僅かにあったが、とても外部との接触を絶って暮らしていけるような設備はない。
高台には神社もあったが、酷い血臭が漂い、妖ものがとりついている気配はなかった。
なにも語らない竜二の代わりに、自分で立てていた仮説は二つ。
一つ、本当にここには忘れ去られた村があり、そこに妖怪が住み着いている。
二つ、村そのものが妖怪の作り出した結界である。
どうやらこれは、二つ目の仮説が正しそうだ。
……京妖怪はおろか、余所の小物も、これには近付かねぇだろう。
「近くに妖ものの気配はないなぁ。残念だが、お前の思惑は外れだ、鮫弥」
「……そうだなぁ。こんな場所じゃあ、顔見知りにゃ会えそうもねぇ」
まあ、そう期待していた訳ではない。
一人での行動だって、竜二によって最低限に縛られている。
妖怪としてはでかい規模だが、竜二やゆらにとっちゃあ、明らかに格下。
これじゃあ、単独行動はこの先なかろう。
一つため息を吐き、竜二が向かった丘へと脚を向ける。
「うん?おい鮫弥。あのチビの気配、向こうにあるぞ」
「は?……おいおい、なんで一般人がここに……」
紫紺に言われて、そちらへ駆け寄る。
近付けばすぐに、そこに小さな人の塊が出来ていることに気が付いた。
一般人……というか、あれはあいつのクラスメイトだったはず。
一団体が村に入っている間は、他の人間は入れないかと思っていたのだが、少し考えが楽観的すぎたか。
この妖怪は随分と食欲旺盛らしい。
連中に取り囲まれて、きゃいきゃいと弄られている竜二は、まだこちらに気がついていない。
額に青筋を浮かべて、かなりイラついている様子だ。
ああいう手合いを撒くのは……まあアイツには苦手分野っぽそうだよな。
「よぉ、随分と盛り上がってるじゃねぇか、竜二」
「……遅いぞてめぇ」
「酷いなぁ、村の外周を最速で回ってきたんだぜぇ?」
「え、え?誰?」
「うわっ、こっちも黒尽くめ!あ、あんたも陰陽師なん?」
「……はっ、残念。オレはこいつの手伝い。悪いが、陰陽師ってのじゃあねぇよ」
彼らはオレの正体には気がつかない。
それもそうだろう。
普段は短い黒髪だし、何より人当たりよく笑みを絶やさない良いとこの坊っちゃんを演じている。
今のオレは大きめのフードパーカーを着て、そのフードを深く被っている。
言葉遣いだって普段とは異なるのだから。
「さて、観光気分で盛り上がってるとこ悪いがぁ、もう日も暮れる。身を守る術のない一般人も増えた以上、ぐずぐずしてられねぇ。そうだろぉ?」
「……チッ、その通りだ。すぐに宿に向かう。ゆらと合流次第、ここを出るぞ」
「了解。早速宿に向かおう。あんたら、大人しくオレ達に着いてきてくれ」
「え、いきなり……なに?」
「いやつーかお前なに!?つーかここ出るって……」
「うちら、着いたばっかやで?」
「てゆーか、この村、本物なん!?」
「はいはい、質問には後でゆっくり答えてやるよ。死にたくねぇならとっとと歩く!」
「え、ええ~!?」
一人でとっとと歩き出した竜二を追って、彼らもようやく歩き出す。
夕陽はもう、山の天辺に僅かに顔を出すだけ。
東の空は既に夜の色に染まりつつある。
空に一番星が光るのを目を細めて睨み、オレもまた、彼らの後ろから宿へと向かった。
人の気配は、薄い。
まるで獲物を狙う肉食獣のように、息を潜めて、隙をうかがっているような。
宿までの道は、そう長くない。
しかし宿の敷居を跨ぐ頃には、既に日は完全に沈み、辺りを夜の静寂が満たし始めていた。
とある週末、花開院竜二、その妹ゆら、そしてオレの三人組は、例の■■村を目指して歩いていた。
「……ゆら、その荷物オレが持ってやろうかぁ?重いだろう」
「う、うるさいわボケェ!これくらい全然よゆーや!」
「……ま、そう言うなら、オレは構わねぇがなぁ」
軽装の竜二とは正反対に、ドでかいリュックに大量の荷物を背負ったゆらは、ふらついて息を切らせながら、舗装されてない道を歩き続けてる。
未だに彼女はオレを敵視しているらしく、善意での言葉もすげなくされる。
「そ、それより、目的地はまだ……」
「あ"ー……と、ここら辺だな。お"い、竜二」
「その様だな。……ふん、確かに、ここがお前の調査通り、『最も発見例の多かった入り口』だ」
「ち、調査?」
「あ"あ。興味半分で入り口まで辿り着いた者、中まで入っちまって行方不明になった者、そいつらがネットにあげた報告や、周りの人間に話した中で、ここが最も、村の入り口を見たと言う報告の多かった場所だぁ」
「ネ、ネット!?なんか安易やなぁ~。あんた、また適当なことゆうてるんとちゃう?」
疑わしげな視線を向けるゆらに、オレ達はすぐには答えず、ぐるりと辺りを観察する。
「まあ、そう疑うなぁ。ほら、まずはひとつめの特徴、ドクロの石だぁ」
「んー……言われてみれば……」
オレの指差した先には、どことなく人の頭蓋骨に似た形の石がポツンと座っている。
「ゆら、鬼崎、こっちに鳥居がある。当たりだな」
「木の鳥居……。報告例によれば、青、赤、黄、黒の鳥居があるはずだぁ」
「え、なんでそんなカラフルなん?」
竜二の指す方には、呪われた村に似つかわしい、如何にもといった風体の寂れた鳥居が建っている。
ずかずかと進んでいく竜二を、足早に追い越し、オレが先頭に立った。
仮にも花開院に交換条件で使われている身だ。
危険な先頭はオレが歩くべきだろう。
竜二と、地獄の三原色についてを聞かされているゆらを引き連れて、先へ先へと進んでいく。
修羅を表す青の鳥居が見えてきた。
その奥には、餓鬼を示す赤、そして畜生を意味する黄。
三つを抜けた先には、全てを混ぜた地獄の黒。
全てを通り抜け、さらに歩いていく。
ほとんど獣道と行ってもいい草むらを、後ろの二人が歩きやすいよう、飛び出た背の高い草や蔦、木の枝を踏み締め手折りながら進み──。
「なんや、これ……。噂やなかったんや!!」
オレ達の目の前に、突然その村は現れたのだった。
* * *
「これはこれは、■■村へようこそ」
「ほう……、やはりここが■■村ですか」
村唯一の宿だと言う家屋へ通され、オレ達は一人の老婆に話を聞いていた。
オレ達は近くの地質調査に来て迷った教授とその助手、ということにするらしい。
竜二のとっさの嘘だろう。
あまりにも雑な嘘だし、まあ隠すつもりもろくにないようだ。
■■村は人を襲う。
恐らくは今夜にでも、オレ達は襲われるだろう。
既に日は暮れかけている。
事態は短期決戦だ。
オレ達の正体なぞ、バレたところでなんてことはない。
露天風呂を勧められ、ゆらだけが入ることになる。
淹れられた茶を口にあて、飲んだふりをした竜二は、ゆらが出るとすぐに立ち上がり、部屋を出た。
「如何にもな外観、如何にもな台詞だな」
「村が見えるまで、人の気配も何もなかった。煙の臭い、僅かな生活音、整備された道や家がある以上、何の気配もなく突然現れるだけで、不自然極まりねぇ」
「お前は村の外周を探れ。オレは丘に登り、全景を確認する」
「了解」
竜二が村の外れにある丘に向かうのを見送り、オレはオレで民家の間を走り抜けていく。
村は、ゆっくり歩いても半日あれば回れるほどの規模で、各々の民家の脇に狭い畑や田んぼがあり、畜舎のようなものも僅かにあったが、とても外部との接触を絶って暮らしていけるような設備はない。
高台には神社もあったが、酷い血臭が漂い、妖ものがとりついている気配はなかった。
なにも語らない竜二の代わりに、自分で立てていた仮説は二つ。
一つ、本当にここには忘れ去られた村があり、そこに妖怪が住み着いている。
二つ、村そのものが妖怪の作り出した結界である。
どうやらこれは、二つ目の仮説が正しそうだ。
……京妖怪はおろか、余所の小物も、これには近付かねぇだろう。
「近くに妖ものの気配はないなぁ。残念だが、お前の思惑は外れだ、鮫弥」
「……そうだなぁ。こんな場所じゃあ、顔見知りにゃ会えそうもねぇ」
まあ、そう期待していた訳ではない。
一人での行動だって、竜二によって最低限に縛られている。
妖怪としてはでかい規模だが、竜二やゆらにとっちゃあ、明らかに格下。
これじゃあ、単独行動はこの先なかろう。
一つため息を吐き、竜二が向かった丘へと脚を向ける。
「うん?おい鮫弥。あのチビの気配、向こうにあるぞ」
「は?……おいおい、なんで一般人がここに……」
紫紺に言われて、そちらへ駆け寄る。
近付けばすぐに、そこに小さな人の塊が出来ていることに気が付いた。
一般人……というか、あれはあいつのクラスメイトだったはず。
一団体が村に入っている間は、他の人間は入れないかと思っていたのだが、少し考えが楽観的すぎたか。
この妖怪は随分と食欲旺盛らしい。
連中に取り囲まれて、きゃいきゃいと弄られている竜二は、まだこちらに気がついていない。
額に青筋を浮かべて、かなりイラついている様子だ。
ああいう手合いを撒くのは……まあアイツには苦手分野っぽそうだよな。
「よぉ、随分と盛り上がってるじゃねぇか、竜二」
「……遅いぞてめぇ」
「酷いなぁ、村の外周を最速で回ってきたんだぜぇ?」
「え、え?誰?」
「うわっ、こっちも黒尽くめ!あ、あんたも陰陽師なん?」
「……はっ、残念。オレはこいつの手伝い。悪いが、陰陽師ってのじゃあねぇよ」
彼らはオレの正体には気がつかない。
それもそうだろう。
普段は短い黒髪だし、何より人当たりよく笑みを絶やさない良いとこの坊っちゃんを演じている。
今のオレは大きめのフードパーカーを着て、そのフードを深く被っている。
言葉遣いだって普段とは異なるのだから。
「さて、観光気分で盛り上がってるとこ悪いがぁ、もう日も暮れる。身を守る術のない一般人も増えた以上、ぐずぐずしてられねぇ。そうだろぉ?」
「……チッ、その通りだ。すぐに宿に向かう。ゆらと合流次第、ここを出るぞ」
「了解。早速宿に向かおう。あんたら、大人しくオレ達に着いてきてくれ」
「え、いきなり……なに?」
「いやつーかお前なに!?つーかここ出るって……」
「うちら、着いたばっかやで?」
「てゆーか、この村、本物なん!?」
「はいはい、質問には後でゆっくり答えてやるよ。死にたくねぇならとっとと歩く!」
「え、ええ~!?」
一人でとっとと歩き出した竜二を追って、彼らもようやく歩き出す。
夕陽はもう、山の天辺に僅かに顔を出すだけ。
東の空は既に夜の色に染まりつつある。
空に一番星が光るのを目を細めて睨み、オレもまた、彼らの後ろから宿へと向かった。
人の気配は、薄い。
まるで獲物を狙う肉食獣のように、息を潜めて、隙をうかがっているような。
宿までの道は、そう長くない。
しかし宿の敷居を跨ぐ頃には、既に日は完全に沈み、辺りを夜の静寂が満たし始めていた。