×ぬら孫

「──■■村って知ってる?」
何かの拍子に話題に上がったその名は、オレもまたよく知っている噂だった。
「……知ってるよ。と言っても、あくまでただの噂だろう」
「そ、そやね!やっぱ、鬼崎君はそんな噂話なんて信じひんよね!」
「そーそー、鬼崎君はリアリストなんだから、そんなバカみたいな噂話、信じるわけないでしょ!」
「おいおいおい!じゃあお前らは、あの映像は嘘だってのか!?」
「アホちゃう?あんなん信じるわけないやん!どーせ加工とか編集とかされた偽物やで」
花開院竜二の監視が始まって、既に1ヶ月が経っていた。
オレは学校にも仕事にも復帰していたし、京妖怪達の起こした騒ぎで混乱していた学校も、もうずいぶんと落ち着きを取り戻していた。
ただ、最近になっておかしな噂が流れ始めている。
『■■村』
陰惨な大量殺人により、地図からも消されてしまった村。
……どうやら、昔に流行っていたらしい都市伝説に似た噂話、だそうだ。
村の存在、入る方法、そしてそこにたどり着いた者が殺されたと言う根拠のない噂話が、どこか異様にも思えるほどに熱を帯びて、学生達の間で囁かれている。
「ねえ鮫弥君、どう思う~?」
「……あったとしても、なかったとしても、そういった危ないものには近付かない方がいいだろうね。まして、今は受験も控えてるんだから」
「けっ、優等生のお坊ちゃんは言うことが違うね~!噂話ではしゃぐオレらんことバカにしてるわけ?」
「はあ~?あんたみたいなアホと鬼崎君を一緒にせんとって!鬼崎君は真面目やねん!善意で言ってるに決まってるやないの!」
「ふふ、バカになんてしてないけどなぁ。そういう噂話はオレも嫌いじゃないが、どうにも最近は食傷気味だし、もっと明るい話でもした方が気も晴れるだろ?」
「あ~、まあ確かに、こないだの騒ぎからこういう話題増えたよね~」
「そうだな……。……ああ、すまない。昼休み中に人と会う約束があって。また後でね」
「ええ~?まさかまたあの根暗花開院と?」
「そう言わないでやってくれよ。アイツは皆が思うよりいい奴なんだぜ?」
「もお~、早く帰ってきてよね鮫弥君!」
「はいはい」
学校の喧騒は、嫌いではないが時に疲れる。
わざとらしいくらいに甘ったるい声を出してすり寄る女生徒から何とか離れて、隣のクラスへと向かう。
「や、竜二」
「……チッ」
「舌打ちすることないだろぉ?」
「うるせぇ。屋上に行く。ついてこい」
「はいはい」
ドアから呼び掛ければ、教室中の視線が一人の生徒に集まる。
その彼こそが、オレの監視役である花開院竜二だ。
復帰初日、竜二と一緒に登校したときから、『何故か御曹司に気に入られている男』として、竜二は学校中の注目の的になっている。
それだけ意外な組み合わせだったということだろう。
オレだって、こんな事情でもなければこいつとつるんじゃいない。
人気のない屋上に着き、お互いに少し離れた場所に寄り掛かる。
「さて、話ってのは何かな?」
「……その前に、その気色の悪い話し方はやめろ。鳥肌が立つ」
深く刻まれた眉間のシワを一瞥し、オレは軽く肩をすくめて息を吐く。
そう邪険にするものでもないだろう。
これも、オレが学校で上手くやっていくための知恵なんだから。
「ふぅ……お前の嫌がる姿は面白いがなぁ?まあ、それはどうでもいい。でぇ?話ってのはやはり、■■村の件かぁ?」
「ああ、その都市伝説について、花開院に調査依頼がきている」
こちらの言葉に、不機嫌そうに睨みを効かせてくる三白眼にも、随分と慣れた。
オレが猫を被っていようと、素のままで話そうとも、どっちにしろ機嫌は悪いんだから、話し方なんてどっちだって良いだろうに。
さて、改めて話を聞けば、話というのはやはり、例の村の事だったようだ。
「噂について精査しろ。村への入り方、特徴、村で起こる怪奇現象諸々……とにかくわかる限りのことだ」
「お"う、終わってるぜぇ」
「……は?」
「そう言われると思って、先に調べといたぁ」
制服のポケットから出したUSBメモリを、無造作に放り投げた。
何とかそれを掴み、面食らった様子でオレの顔と手を何往復も見返す姿はけっこうな見物だ。
「で、ご命令はそれだけかぁ?」
「……次の週末に調査に行く。予定を開けておけ」
「了解」
竜二から向けられる視線は冷たい。
と言っても、敵意などではなく、おちょくられてるように感じて苛立っている、だけのようだが。
花開院竜二は合理的だ。
口では妖は黒で祓うべき存在と言うが、必要とあらば正も邪も呑みこみ、手を組むことのできる人間らしい。
自我の薄い魔魅流や、どこか自信なさげな秋房などとは違い、自分の手札を知り、自分の出来ることを着々とこなす男。
怪我がある程度治り、外に出られるようになってから、オレは何度か、この男と共に京の街で妖怪退治をしてきた。
京妖怪……乙女の監視下にいた者達は既に姿をくらましており、残っているのはほとんどが、街の外からやって来た雑魚ばかり。
オレが出るまでもないかと思ったが、妖怪達の攻撃で陰陽師連中も随分と弱体しているらしく、雪崩れ込む妖怪への対処は後手後手になっていた。
今でこそ落ち着いたが、竜二と連れ立って外に出始めた頃には、夜になる度に京都の町中が妖気に飲まれる有り様で、病み上がりの身で毎晩戦わされた事は記憶に新しい。
「行くのはオレとお前だけかぁ?」
「ゆらを連れていく。お前の担当はフィールドワークだ。現地についたらオレとお前で手分けして周囲を探索する。ゆらはそこんところ、使えねぇからな。あいつは戦闘担当だ」
ゆら、という名前に、オレを敵視する可愛らしい女の子を思い浮かべる。
小柄な背丈、ショートカットにたれ目がちのおっとりした顔立ち。
しかし存外気が強く、オレに対してもずっと喧嘩腰を曲げないままだ。
「ふっ……まあ、あの子は探り合いや推理は苦手だろうなぁ。根が真っ直ぐ過ぎる」
「……未熟な妹だ。経験を積ませてやらねばな」
冷たく言い放つが、実際には妹が大事なのだろう。
何より、妹の実力を彼女自身よりも信じている事は、オレにもわかる。
「週末、楽しみにしておくぜぇ」
「チッ、鼻につく……」
不満そうな竜二を置いて屋上を出る。
午後からは、また退屈な授業が始まる。
それでも、オレの機嫌は良かった。
京都からは出ないとはいえ、封印の外まで出る久々の遠出だ。
自分が対処に回るのを予期して、既に急ぎの仕事は終わらせてある。
……もし、もし都の中心から離れたその場所に行ったなら、京妖怪の誰かと会えたり、しないだろうか。
会えたなら、オレは無事だと、心配はいらないと、伝えたい。
……乙女は、必ず地獄から連れ戻すと、伝えたい。
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