×ぬら孫
オレの処分が決まったのは、奴良組も帰り、オレもまた一人で身の回りのことが出来るようにまで回復してからのことだった。
「お前はオレが監視をすることとなった」
「はあ、そう」
そう告げられたのは、鴆のやつが『怪我人の治療は最後まで自分でやる』等と駄々をこねて残ろうとしながらも、直後に思い切り吐血をかました為に、引きずられるように東京へ帰っていった、その一週間ほど後の事である。
ようやく塞がった傷をかばいながら、自分の沙汰を正座で聞く。
どうも、花開院としてもオレの扱いには困っているらしい。
陰陽師でもなく、しかし陰陽術やそれ以外の奇妙な術を扱う者。しかも、経済界では少しは名の知られている坊々(ぼんぼん)。
何より京妖怪との関わりが深く、陰陽師には非協力的。
「お前が今の軟禁状態から解放されるための条件は三つある」
花開院竜二は、本来の歳より5歳くらい老けたような、疲れた顔で指を3本、目の前に立たせる。
「まずは、先ほども言ったように、オレによる監視を受けること」
そりゃあ当然、陰陽師どもはオレを野放しにはしたくねぇだろうしな。
「そして京妖怪との接触の禁止」
「ふむ」
これも当然、予想していた。
花開院達は、オレを京妖怪側ではなく、自分達側に立たせたいはずだ。
関係を絶たせれば、再び繋がることはない、等と考える辺り、甘いとさえ思うが。
しかしこう来たのなら、最後の条件も読めてくる。
「そして最後に、花開院のお務めへの全面協力。無論、拒否権はないからな」
「……へぇへぇ」
妖怪退治に協力しろ。その力を人を守るために使え。
まあそう来るとは思っていたけれど、面倒くさいことこの上ない。
やることはこれまでとそう変わらないかもしれないけれど、誰かの下につくというのは、面倒事が束になって襲いかかってくるようなものだ。
「つまりは、狂骨達との連絡を絶って、お前の言う通ーりに従順に働けってぇこったろぉ? はっ! お優しい処分に涙が出るねぇ」
「お前がその技やなんかの出所を素直に話せば、もう少しはましになってたかもしれないがなぁ?」
「ないね。良いとこ今のと同じ扱い。悪ければ実験されて切り開かれた後にあのマミルとか言うやつと同じように、妖怪腹に埋め込まれて、お利口さんの戦闘マシーンにされるんじゃねぇの」
魔魅流、とか言う背の高い青年の、意思のなさや、自己の希薄さがずっと気になっていた。
ある日ふと、その腹に何かを飼っていることに気が付いた。
あんなもの、既に人とは言えないだろう。妖怪倒すためにそこまでするのはイカれてる。
「……魔魅流のあれは自分でやったことだ」
「はあ? マジかよ……あの野郎イカれてるなぁ。自我が残ってりゃあ、もっと面白かっただろうに」
強くなるために、自分で取り込んだと言うのか。
イカれている、が、その思い切りのよさは買う。
まあ、結局自我をほとんど失って、思考力さえも退行してしまっているようじゃあ、決して誉められるものではないけれど。
……ああ、しかし、こいつが──竜二が指示して、自我を育てているから、そうしてくれると信頼していたからこその行いなのなら、悪くもないのかな。
「それで、条件を飲むのか飲まないのか、答えを」
「飲む」
「……答えを聞かせてもらおうか、と言いたかったが。随分と決断が早いな」
「まあずっとここに居ても退屈だしなぁ」
「…… 」
なにか言いたげな顔をしているが、それを無視してカラリと笑って見せる。高校ではよくする顔だ。
苛立ったように舌打ちをされる。
高校でも今みたいな顔をよくされていたが、こいつはそんなにオレのことが嫌いか。少し悲しい。
「監視の一環として、お前の体内にはオレの式神を入れさせてもらう」
「は? きも……」
「おい巫山戯んな何だそのポーズはオレは別にお前の体どうこうしようと何ざ思ってねぇよ!」
いやいや、式神を体に入れるってだいぶ気色悪いだろうよ。
思わず両腕を体の前にクロスさせて肩を抱けば、不服そうな反論が返ってくる。
「オレの式神は水だ。もしお前が花開院への敵意を見せれば、即座に式神を発動させて殺す」
「……ふぅん。水って、なに? 飲めばいいわけ? それ、排出されたりしねぇの?」
「そういうもんじゃねぇし、式神の具体的な能力説明してやる義理もねぇ」
「そりゃそうだぁ」
目の前に水の入った桶を置かれた。そこに手を浸けろと指示され、嫌々ながらも大人しく手を浸ける。
手の甲までを沈めたところで、違和感を覚える。水が妙にのったりと張り付くように感じる。
オレの表情の変化に気付いたか、竜二は検体のモルモットを観察するような冷たい顔で話し始めた。
「この式神は言言という」
「……浸食されてる」
「そう感じるならそうなんだろう」
「この水全てが式神って訳じゃあねぇな。水に同化する式神……? 水を依り代にする式神か? いや、拘束監視で使うってことなら、水に同化した上で操る能力が…… 」
「おい、ぶつぶつ言ってないで手引け。もう十分だ」
「……お"ー」
先ほどよりも更に苛立たしげな様子に、オレの推測は大体当たってそうだと踏む。
人間の体は、その6割が水で出来てるのだと言う。それを自由に操れるのなら、もしオレが牙を剥いても簡単に下すことが出来るだろう。
……自滅覚悟にはなるが、嵐の炎で分解するか雨の炎で鎮静させるか、どちらかで効果を出せるだろうか。
出せれば僥倖。もし効果がなかったとしたら、やられたふりして術師であるこいつを倒せば何とかなる、とは思うが。
「あの薬師の妖怪からは、一週間療養すれば、学校への登校も可と聞いている。クラスは別れるが、……監視されてることは努々忘れるな」
「あ"? んだよ、学校行っても良いのかぁ。……オレのっつーか、家の仕事は?」
「こっちに持ち込む分には許可する。もちろん検閲はさせてもらうが」
「持ち込む分って……ああ、まあ監視ってんなら当然、オレもここに居なきゃならねぇかぁ」
「どうした? やめるか?」
「いや、別にいい。仕事ったってほとんど祖父さんが持ってくれるらしいし……。んじゃあ、明日から、よろしくなぁ、竜二」
「……ふん、妙な真似をしないように気を付けることだな、半端野郎」
さて、こうしてオレの新しい生活が始まったわけである。
「お前はオレが監視をすることとなった」
「はあ、そう」
そう告げられたのは、鴆のやつが『怪我人の治療は最後まで自分でやる』等と駄々をこねて残ろうとしながらも、直後に思い切り吐血をかました為に、引きずられるように東京へ帰っていった、その一週間ほど後の事である。
ようやく塞がった傷をかばいながら、自分の沙汰を正座で聞く。
どうも、花開院としてもオレの扱いには困っているらしい。
陰陽師でもなく、しかし陰陽術やそれ以外の奇妙な術を扱う者。しかも、経済界では少しは名の知られている坊々(ぼんぼん)。
何より京妖怪との関わりが深く、陰陽師には非協力的。
「お前が今の軟禁状態から解放されるための条件は三つある」
花開院竜二は、本来の歳より5歳くらい老けたような、疲れた顔で指を3本、目の前に立たせる。
「まずは、先ほども言ったように、オレによる監視を受けること」
そりゃあ当然、陰陽師どもはオレを野放しにはしたくねぇだろうしな。
「そして京妖怪との接触の禁止」
「ふむ」
これも当然、予想していた。
花開院達は、オレを京妖怪側ではなく、自分達側に立たせたいはずだ。
関係を絶たせれば、再び繋がることはない、等と考える辺り、甘いとさえ思うが。
しかしこう来たのなら、最後の条件も読めてくる。
「そして最後に、花開院のお務めへの全面協力。無論、拒否権はないからな」
「……へぇへぇ」
妖怪退治に協力しろ。その力を人を守るために使え。
まあそう来るとは思っていたけれど、面倒くさいことこの上ない。
やることはこれまでとそう変わらないかもしれないけれど、誰かの下につくというのは、面倒事が束になって襲いかかってくるようなものだ。
「つまりは、狂骨達との連絡を絶って、お前の言う通ーりに従順に働けってぇこったろぉ? はっ! お優しい処分に涙が出るねぇ」
「お前がその技やなんかの出所を素直に話せば、もう少しはましになってたかもしれないがなぁ?」
「ないね。良いとこ今のと同じ扱い。悪ければ実験されて切り開かれた後にあのマミルとか言うやつと同じように、妖怪腹に埋め込まれて、お利口さんの戦闘マシーンにされるんじゃねぇの」
魔魅流、とか言う背の高い青年の、意思のなさや、自己の希薄さがずっと気になっていた。
ある日ふと、その腹に何かを飼っていることに気が付いた。
あんなもの、既に人とは言えないだろう。妖怪倒すためにそこまでするのはイカれてる。
「……魔魅流のあれは自分でやったことだ」
「はあ? マジかよ……あの野郎イカれてるなぁ。自我が残ってりゃあ、もっと面白かっただろうに」
強くなるために、自分で取り込んだと言うのか。
イカれている、が、その思い切りのよさは買う。
まあ、結局自我をほとんど失って、思考力さえも退行してしまっているようじゃあ、決して誉められるものではないけれど。
……ああ、しかし、こいつが──竜二が指示して、自我を育てているから、そうしてくれると信頼していたからこその行いなのなら、悪くもないのかな。
「それで、条件を飲むのか飲まないのか、答えを」
「飲む」
「……答えを聞かせてもらおうか、と言いたかったが。随分と決断が早いな」
「まあずっとここに居ても退屈だしなぁ」
「…… 」
なにか言いたげな顔をしているが、それを無視してカラリと笑って見せる。高校ではよくする顔だ。
苛立ったように舌打ちをされる。
高校でも今みたいな顔をよくされていたが、こいつはそんなにオレのことが嫌いか。少し悲しい。
「監視の一環として、お前の体内にはオレの式神を入れさせてもらう」
「は? きも……」
「おい巫山戯んな何だそのポーズはオレは別にお前の体どうこうしようと何ざ思ってねぇよ!」
いやいや、式神を体に入れるってだいぶ気色悪いだろうよ。
思わず両腕を体の前にクロスさせて肩を抱けば、不服そうな反論が返ってくる。
「オレの式神は水だ。もしお前が花開院への敵意を見せれば、即座に式神を発動させて殺す」
「……ふぅん。水って、なに? 飲めばいいわけ? それ、排出されたりしねぇの?」
「そういうもんじゃねぇし、式神の具体的な能力説明してやる義理もねぇ」
「そりゃそうだぁ」
目の前に水の入った桶を置かれた。そこに手を浸けろと指示され、嫌々ながらも大人しく手を浸ける。
手の甲までを沈めたところで、違和感を覚える。水が妙にのったりと張り付くように感じる。
オレの表情の変化に気付いたか、竜二は検体のモルモットを観察するような冷たい顔で話し始めた。
「この式神は言言という」
「……浸食されてる」
「そう感じるならそうなんだろう」
「この水全てが式神って訳じゃあねぇな。水に同化する式神……? 水を依り代にする式神か? いや、拘束監視で使うってことなら、水に同化した上で操る能力が…… 」
「おい、ぶつぶつ言ってないで手引け。もう十分だ」
「……お"ー」
先ほどよりも更に苛立たしげな様子に、オレの推測は大体当たってそうだと踏む。
人間の体は、その6割が水で出来てるのだと言う。それを自由に操れるのなら、もしオレが牙を剥いても簡単に下すことが出来るだろう。
……自滅覚悟にはなるが、嵐の炎で分解するか雨の炎で鎮静させるか、どちらかで効果を出せるだろうか。
出せれば僥倖。もし効果がなかったとしたら、やられたふりして術師であるこいつを倒せば何とかなる、とは思うが。
「あの薬師の妖怪からは、一週間療養すれば、学校への登校も可と聞いている。クラスは別れるが、……監視されてることは努々忘れるな」
「あ"? んだよ、学校行っても良いのかぁ。……オレのっつーか、家の仕事は?」
「こっちに持ち込む分には許可する。もちろん検閲はさせてもらうが」
「持ち込む分って……ああ、まあ監視ってんなら当然、オレもここに居なきゃならねぇかぁ」
「どうした? やめるか?」
「いや、別にいい。仕事ったってほとんど祖父さんが持ってくれるらしいし……。んじゃあ、明日から、よろしくなぁ、竜二」
「……ふん、妙な真似をしないように気を付けることだな、半端野郎」
さて、こうしてオレの新しい生活が始まったわけである。