×ぬら孫

 オレの名を明かした瞬間の、あの二人の顔はなかなかの見物だった。
 そんな馬鹿なと言いそうな、驚愕の表情。
 それを眺めているのは面白かったが、軽く笑った瞬間に、腹がずくずくと痛みを増す。
 今にも意識が飛びそうだが、何とか堪える。顔にも出さない。
 きっと、ゼンは直ぐに気がつく。

「鬼崎鮫弥……! 鬼崎グループの御曹司が……!? だがお前は、髪が黒いはずじゃ…… 」
「ウィッグ。こんな髪じゃ、目立つからな」
「君は、人だろう? 昔、小さかった君に会った時も、今も! 君本人からは、妖気は感じられない!」
「人間が、妖怪に肩入れするのは、おかしいかな?」
「おかしいに決まっとるやん! だって羽衣狐は人の心臓を食べてまう、恐ろしい妖怪なんやで!?」
「あんたにとっては、そうかもなぁ」

威勢良く言い切る少女に、思わず苦笑した。

「ただただ、もう一度我が子に会いたかったんだと」
「は?」
「子を守れず、無念の内に死んだ母親なら、そう思うのも、当然だろうなって」
「誰の話なん?」
「羽衣狐」
「は!?」

 にこりと少女に微笑みかければ、ぱっと顔を赤くして背の高い男の後ろに隠れる。
 この顔が良いことは自覚している。ひとつ微笑みを向ければ、それだけで相手を動揺させるには十分な威力があることも。
 あんまからかってやるな、とゼンに言われて、小さく息を吐いて首を振った。

「からかってる訳じゃねぇ。羽衣狐の目的はただそれだけだった。あの鵺って奴はそれを利用したようだがなぁ」
「羽衣狐は京の妖怪を束ねる長だろうが。その目的が、子どもとの再会だと?」
「納得できないか雅次? しかしそれでも、彼女の目的はそうだった。他の京妖怪のほとんどは、彼女を母体としてしか見てなかったんだろう。京妖怪の本当の主は、きっと鵺だった」

 狂骨や、鵺を知らない妖怪達は違っただろう。
 けれど、鬼童丸や茨木達は、鵺を生む母である、羽衣狐に従っていた。乗せられていたのかもなぁ。
 オレ、あいつらのこと嫌いじゃなかったんだけどなぁ。

「羽衣狐のことはとりあえずわかったが、それでお前さん、どうしてその羽衣狐と兄妹なんて話になんだい? 血が繋がってる……訳じゃあねぇよな?」

 横にいたゼンが、心底不思議そうな顔で訊ねてくる。
 陰陽師達は、妖怪に横槍を入れられたことを、不愉快そうに見ているものの、聞いた内容は彼らも知りたいことなのだろう、黙ってこちらを見ている。

「義理の、妹だ。名前は、鬼崎乙女という。7歳頃から、ずっと一緒に育ってきた」
「お前は、奴の正体をいつから知ってたんだ?」
「初めから。オレ以外には、誰も、知らなかったが、一目でわかったよ。あれは人じゃ、ないってなぁ」
「……話さないように脅されて、無理矢理協力させられていたのか? 」
「まさか……。オレは、オレの意思でだけ、動く」
「なら、ならなんで!? なんで、封印を守ろうとして死んだ人らを、助けてくれへんかったの!?」

 そろそろ、しんどくなってきた。
 吐く息が熱い。熱が出てきたのかもしれない。
 少女の問いかけに、だるい頭を上げて、ゆっくりと答える。

「忠告、しただろう。何度も。それでも、逃げなかった。乙女と……羽衣狐と、戦うのは、オレだって、難しい。そも、死ぬ覚悟が、あったんだろう? 陰陽師は、妖怪を殺す、兵士なんだろぉ。オレが、横から手を出す、義理も、ない」

 息が切れてきた。額に浮いた汗が、米神からつつっと流れ落ちる。流石にゼンが気付いた。
 オレを支えようと、腕を伸ばしてくるのが見える。

「なら、なんでオレ達は、……いや、秋房は助けようとしたんだ?」
「そうだよ、ボクら、君がいなかったら死んでた。それまで誰も助けなかったのに、秋房を、ボク達を助けたのはなんで?」
「それは……」

目を上げて、秋房と視線が合う。

「まだ、約束を果たして、なかったから、なぁ」
「約、束」
「覚えててくれた、んだもんな。嬉しかった、からよ。まだ、死んでほしく、なかったんだ。それは、ごめん、オレのエゴだぁ」

 畳に付いていた手に、遂に力が入らなくなる。
 倒れそうになる体をゼンに支えられ、痛みと熱でぼうっとする頭で、そう言えば、紫紺はどこに行っただろうと考える。
 死んじゃいないはずだ。まだ、繋がりを感じるんだから。

「おれ、は、おれには……それいじょうは、むり、が」
「おいおい、無理にしゃべんな。あんたら、こいつはもう限界だ。悪いが、出てってくんな」

 布団の上に横たわって、ゼンの差し出してきた薬を、言われるがままに飲んだ。少しは、体が楽になった気がする。
 だが、もう眠気には逆らえそうもない。
 寝ちまいな、という声に、オレは夢の世界へと落ちていった。
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