×ぬら孫

「ちょっと何やってんのよアンタ!」
「あー?」

 銀色……いや、コウヤとか呼ばれていた男を仰向けにし、子分の妖怪達から包帯やら軟膏やら、飲み薬やらを受けとる。
 晴明の攻撃で、大きなダメージを負っていたはずだ。吐血もしている。
 すぐにでも治療しないと、命が危ういかもしれない。
 だが傷の具合を見ようと、妙なほど着込んでいる洋服を脱がしていると、横から甲高い声が飛んできた。
 ばちっと手を弾かれる。
 唸りながらこちらを睨み付けるのは狂骨と呼ばれていた妖怪の少女だった。
 まったく、これではろくに手当てもしてやれねぇ。

「手当てしてやるだけだ。羽衣狐ならともかく、そいつぁ一応人間なんだろ? 早く手当てしないと死ぬぞ。……まあ、オレ達ぁそれでも構わんが」
「だっ、ダメ! ちゃんと手当てして! あ……うぅ、でも鮫也は絶対見られるの嫌がるし……う、ううぅ」

 死んでも構わない、というのは流石に方便だった。
 今回の抗争の中心にもっとも近かったのだろう、この銀髪の少年には、聞きたいことが山程ある。
 悩む狂骨の視線は、コウヤとオレとの間を激しく行き来していた。
 何がそんなに気にかかる?まるで検討もつかねぇが、取り敢えずの妥協案を提案する。

「見られんのが嫌なら他の野郎共は遠ざけるかい?」
「! ……い、良いの?」
「まあ患者にも色々と都合はあるしな。この薬師鴆、少なくとも病人怪我人への配慮は怠らねぇよ!」
「……あんた、良い奴なのね!」

 純粋な子供だな……と思うも束の間。

「でもこれから見るもの、鮫也の許可なしに口外したら目を抉って殺すわ」

 対価が大きすぎんだろ!
 口から出かけた突っ込みを慌てて飲み込み、子分どもに人避けを頼み散ってもらう。そして漸くコウヤの服に手をかけた。
 上着を脱がし……これは鎧か?分厚い胴着のようなものを脱がす。
 その下に来ていたシャツや下着を脱がし、……オレはヒュッと息を飲んだ。

「……狂骨、お前これは…… 」
「鮫也はこの事家族以外には隠してるの。バラしたら悲しむわ」
「隠すったって…… 」

 血を失ったせいで青白い死人のような肌。
 その腹や胸には、黒々とした痣が大きく刻まれ、触れれば酷く呻く様を見るに、どうやら中をかなり損傷してるらしい。
 綺麗な形の臍、引き締まった腹、そしてなだらかではあるが確かに膨らみのある胸。
 ……何度見ても間違いなく、こいつは女の子だ。

「……取り敢えず、傷は酷いが、必ず助ける。お前さん、そこの布で目隠ししておけ。出来るだけ手っ取り早く済ませる」
「うん」

 罪悪感、羞恥心、そんなものを感じている暇はないことは、その状態を見た瞬間に理解できた。
 言いたいことを取り敢えず飲み込んで、手当てに取り掛かる。
 口に痛み止と血液を作る薬を突っ込み、そこら中にある傷口の血を拭いながら止血を施す。
 女の妖怪を治療してやることがないではない……が、人間の女の子を治療するのは初めてだ。
 何故性別を隠すなんてことをしていたのかはわからないが、知られたら悲しむという狂骨の言葉を鑑みるに、きっと重たい事情があるのだろう。
 首筋に手を当てて脈を測る。だいぶ弱っちゃいるが、まだ持ちそうだ。
 すぐにでも安全で清潔な場所に運ばなければならない。
 自分の羽織を毛布がわりにして彼女を包み、丁度近くにいた黒田坊に搬送を頼む。
 素人に任せるのは不安だが、黒田坊は器用だし、一応子分もつけた。

「鮫也に何かしたら右耳と左耳の穴繋げてやるんだから!」
「わ、わかっている! 全く物騒な奴だな…… 」

 黒田坊の言葉に内心深く頷く。
 羽衣狐の依代であった彼女の処置は終えている。後はうちの組の連中か。
 リクオを取っ捕まえて傷を見てやりながら、コウヤのことを考えていた。
 年の頃は昼のリクオよりも少し年上……猩影と同じくらいか?自分よりは少し年下かもしれない。中性的で綺麗な顔をしていた。
 羽衣狐によく似たつり目と、高く通った鼻梁、薄い唇、形の良い眉……。
 依代の山吹乙女とよく似て、相当な美人だ。
 女として装いを整えれば、それこそ傾姫と呼ぶに相応しい人物になっていたのだろう。
 だが何故、羽衣狐を羽衣狐と知った上で協力していたのか。
 そして羽衣狐……山吹乙女に兄と呼ばれていた。本当の兄妹なのか?
 確かに顔立ちは似ている。
 だが山吹乙女は安倍晴明によってこの世へと降ろされた死者だ。血の繋がった家族などいるわけが。

「妖術の類いで本物と思わされてたのか?」
「あ? 何の話だよ」
「ああ、いや、あの銀髪の」
「ああ、コウヤとか呼ばれてた男か」
「…… 」
「確かに不自然だな。つっても、本人が無事に目を覚ますまでは、話を聞きようもねーがな」
「そうだな」

 あの娘が目を覚ました時、既に羽衣狐はいない……が。
 まともでいられるだろうか。心を壊してしまわないだろうか。
 治療してみてわかった。彼女は妖怪の血を継がないただの人間だ。
 なぜあんな力を手にしているのか、なぜ羽衣狐に兄だなどと呼ばれていたのかはわからないが、ただの人にこの現実は受け入れられるのだろうか。

「鴆?」
「……あ?」
「ずいぶんとあの銀髪のこと、気に掛けてんじゃあねーか」
「あー……、まあ、な」

 謎の多い少女だ。狂骨という妖怪も酷く気に掛けていた。
 彼女はきっと、京妖怪達のお姫様だったのだ。隠されて、大事にされて、愛されていた。
 気にならないはずがないじゃないか。

「乗りかけた船だ、治るまでは気にし続けるさな」
「はは、お前らしいや。オレの恩人でもある。しっかり治してやれよ」

 リクオの言葉に、任せろと言って胸を叩いた。
 途端、喉の奥から鉄臭さが這い上がってくる。吐血した。

「っておい! 大丈夫かよ?」

 流石に京都に来てヤンチャし過ぎたか。オレの体もだいぶダメージが貯まっていたらしい。
 呻きながら口を拭う。

「まだまだ出来る! 怪我人全部、この鴆一派が治しまくってやるぁ!」
「お前もある意味治される側だろ…… 」

 真顔で言うリクオを宥めつつも、急ピッチで治療を続けていく。
 腕捲りしたときに、ふとさっきコウヤを抱き上げたときのことを思い出した。そう言えば随分と軽かった。
 奴が目を覚ましたらまず、しっかり飯を食べさせないとな。
 とにかくまずは働こう。治して治して、治しまくってやるのだと、鼻息を荒くした。
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