×ぬら孫

土煙を上げて、壊れた天守閣の残った床に突っ込み転がる。
その衝撃で、紫紺との式神融合は解けてしまった。
一気に、体が重くなる。
今日は式神融合を使いすぎている……。
だがまさか、今、ガタが来るなんて!
地面に這いつくばったまま、上空に立つ鵺を見上げる。
奴は、あれだけの攻撃をしたのにも関わらず、ほぼ無傷で立っている。
まったく、相手にもされていない。
ぐらぐらと頭の中が沸騰している。
熱い、熱い……!
ぐらぐらと、胃の腑が煮えくり返っている。
奴は、鵺は、真性のクズだ。
ふらつく脚を叱咤し、再び紫紺と融合する。
体が痛い。
妖怪との度重なる融合に、耐えきれなくなっているのかもしれない。
でも、そんなことはどうだって良かった。
あいつを殺す。
その為になら、何度だって立ち上がろう。
キッと奴を見据えた時、奴の持つ刀が微かに一文字に振られた。
「……っ!!」
轟音と共に、凄まじい衝撃波が迫ってきた。


 * * *


銀色と呼ばれているらしい痩身の男。
間近でヘルメットを取り去った彼は、銀色の髪と瞳、白く透き通る玉のような肌の、美しい容姿の持ち主だった。
美男子とは彼のことを言うのかもしれない。
だが妖怪らしい小狐にとり憑かれたように見えた後、彼の容姿は激しく変化する。
まずは狐耳が生え、次の瞬間には紫の炎に包まれた。
更には短い黒髪に大柄な体躯に。
爛々と輝く赤い瞳が、晴明をひたりと見据えて殺気を放っていた。
あっという間に飛び回って、空中に着地した彼は、拳銃を二丁構えて引き金を引く。
土蜘蛛に膝をつかせたあの技だ。
赤い炎が晴明に向かっていき、爆発を起こす。
土煙に包まれて奴は見えなくなったが、銀色には場所がわかるようだ。
弾丸のように勢いよく飛び出した彼は、再びその容姿を変化させて、どこから出したのか、鋭い日本刀を下段から一気に振り上げ、晴明を切り裂こうとする。
しかし聞こえてきたのは悲鳴ではなく金属音で、攻撃は失敗したのだとわかった。
落胆することすら惜しいとでも言うように、彼は直ぐ様上空へと飛び上がる。
重力に従って落ちてくる彼は、始めに見た銀色の姿へと戻っており、そのまま掲げた剣を鋭く突き刺していく。
その目の端に、滴が伝って見えたのは気のせいか……。
彼は晴明へと、空をかじりとるような剣檄を食らわせ、そしてそのまま、城の天辺、リクオ様の居られる場所へと突っ込んでいった。
「あ、あいつ……安倍晴明相手に戦ってやがる……」
「ほ、呆けてる場合ではないぞ淡島!!晴明が銀色に攻撃しようとすれば、リクオ様まで巻き込まれてしまう!」
「そ、そーじゃん!やっべぇ!早く助けにいってやんねーと……!」
「くっ……拙僧はまだ動けないか……」
必死に力を込めるも、畏砲の直後の体はまるで言うことを聞かない。
上空では、未だ傷一つなく立つ晴明がぐっと刀を握り、それを真横に薙ぐように振るっていた。
「くそっ!リクオ様ー!!」
破壊音と土煙が城の天辺を包む。
奴良組の者達が、口々にリクオ様を呼んでいる。
しかし声は返ってこず、代わりに不思議な物が姿を現した。
「あ、あれは何だ……!?」
彼らがいたはずの場所には、透き通る美しい氷の壁が立っていた。
きしきしと建物を凍らせて軋むそれは、どうやら晴明の攻撃を防いだようで、その奥に特徴的な2色の長髪が見える。
「……ふん、なかなかの能力の持ち主だったが、ここが限界のようだな」
晴明の言葉と共に、氷の壁はがらがらと崩れていく。
その向こうにいた銀色が、口から大量の血を垂らし、ぐらりと倒れた。
弾かれるように飛び出した小狐も、地面に放り出されたまま動く気配がない。
背筋がゾッとする。
あれほどの能力を持った銀色が勝てない男と、自分達はどうやって戦えば良い?
その場を、束の間の沈黙が包んだ。


 * * *


最悪だ。
鵺の攻撃を防がなければならないと思ったその一瞬、オレが想像した力は、大嫌いなボンゴレの零地点突破だった。
炎の力でなければ溶けない、壊れないあの力ならば防げるのでは、と思った瞬間には、その考えを読み取った紫紺によってオレの体は沢田綱吉を真似ていた。
結果的に言えば、それで鵺の攻撃を防ぐことは出来た。
後ろにいた、乙女の依代も守ることが出来た。
ついでに孫まで守ったことは不本意であったが、とにかくその攻撃はやり過ごせたのだ。
しかしそこで、オレの限界が訪れた。
……いや、限界はもうとっくに来ていた。
それを無理に戦っていたせいで、全身が悲鳴をあげている。
脚が棒のよう。
腕は鉛を詰められたようだ。
内臓までが限界を訴えて、オレは口から血を吐き出す。
紫紺はオレの体を離れて、地面に転がって力尽きている。
死んでないよな?
死んでたら、地獄まで追い掛けて殺してやる。
霞んでいく視界。
必死で意識を保とうとしているのに、頭はぼうっとして、働いてくれない。
「……ふん、なかなかの能力の持ち主だったが、ここが限界のようだな」
鵺の声に、心では怒り狂っているのに、体は自分の物ではないみたいに沈んでいく。
くそっ、くそっ……。
ここまでが、オレの限界、なのかよ……。
仇、とれてねぇじゃん。
乙女を、羽衣狐を殺されたのに、なにもできないまま、死ぬのかよ。
「……あんたはすげーよ、銀色」
ふと、声が聞こえた。
誰かが背中を支えているようだ。
でも、誰が……?
「あんたの想いも、オレが背負う」
「な、にを……」
「あんたの心を、オレに貸せって言ってんのさ」
生意気な、傲慢なその声の主は、オレの体を丁寧に横たえさせると、地を踏みしめて立ち上がった。
「あいつはオレがやる」
ツートーンカラーの特徴的な長い髪。
ボロボロの着物姿。
ぬらりひょんの孫が、その冷えた鋭い目を輝かせて、鵺と対峙していた。
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