×ぬら孫
「おっ……と」
ゆらゆらと揺れる足場……もとい、鵺の上に、なんとか着地をしたオレは、その固い表面を拳で軽く叩いてみる。
コーンという高めの音が良く響く。
中はどうやら、空洞になっているようだ。
「よお、お前。何してやがるんだ?」
「何って……調査……」
土蜘蛛に問われて、目を逸らさずに返す。
中には大きな空洞が広がっている、それは確かだが、漂い出てくる妖気が空っぽではないことをハッキリと知らせてくる。
黒々として、この世のありとあらゆる暗い気を、煮詰めて固めたような。
もはや妖気とも言えない、邪気が漂う。
側にいるだけで気分が悪くなる。
やっぱり、人の肝を食って産まれた奴だ……。
さっきは咄嗟に庇ったが、その邪気はとんでもなく、嫌な感じ。
背中がぞくぞくと粟立つのが止まらない。
突然、ぐっと背中の布を掴まれ、足が宙に浮いた。
「ひっ!?」
「調査は良いが、人間が近くにいたら当てられんぜ」
「つ、土蜘蛛……、なんで……」
太い太い指が、服を掴んでオレをぶら下げている。
殺気は感じないけど、何のつもりなのだろうか……。
胸元にしがみついてる紫紺が唸っているが、土蜘蛛は何もしないままオレを弐條城の屋根の上に降ろした。
「鵺と戦った後にゃあ、あんたと腹ごなしの食いあいするんだぁ。ここで弱られちゃあ困るな」
「……オレはドルチェ扱いかよ」
「何か言ったか?」
「何も言ってねぇ」
どうやら本気で後回しにされるらしく、土蜘蛛は夢中になって鵺を眺めている。
鵺……あれは、ヤバい。
強いとかそんな問題でなく。
禍々しいその気は、もし乙女が誕生を待ち望む子でなければ、きっと産まれる前に殺そうとしていただろうと思えるほどに、濃い邪気を孕んでいる。
「乙女……」
弐條城の天辺で、ぬらりひょんの孫と戦う妹を見やる。
相手と違い、無傷のまま立ち続けている乙女だったが、その表情はどことなく、苛立っているように見える。
乙女なら、この禍々しい妖怪をコントロールすることが出来るのか?
オレは鵺のことについてろくに知らない。
それでも鵺を頭に立てて、京妖怪が何を企んでいるのか、大体の検討はつく。
世界を闇の中へ。
妖怪が支配する世をつくる。
でも鵺一匹の誕生で、そこまで一気に情勢がひっくり返ったりするものなのか?
ぬらりひょんの孫だけではない。
その組の妖怪達、奴ら以外の全国各地の妖怪達も、支配されることを拒絶し、全力で暴れることだろう。
そう思っていた、今までは。
だがまだ繭とも言えるこの状態で、これほどの邪気。
こんなものを、世に解き放ってしまっても良いのか?
オレの見立てじゃあ、鵺の力は土蜘蛛さえも凌駕する。
乙女は、ぬらりひょんの孫を槍で突き刺し、捕らえている。
やはり、強い。
ふと振り向くと、土蜘蛛は誰かと話しているようだった。
注意が逸れている隙に、自分の姿を瓦礫の中に隠し、くらます。
そろそろ決着がつきそうだ。
鵺の事は後回しにして、とにかく今は乙女の元へ行こう。
あれが乙女の子である以上、感情を持っていることに間違いはない。
ならば必ず、付け入る隙はある。
それに仕掛けは出来得る限り施してある。
今は何より、妹の元へ。
今は無傷でも、この後何が起こるか、わかったもんじゃねーし。
「敵が、増えてやがる……」
乙女の前には新しく、破軍とやらを使う少女と、黒いコートの長身の男が立っていた。
乙女のことだ、あの程度の増援など、何て事はないはず。
だが少し、様子がおかしい。
乙女から溢れる妖気が、酷く揺らいでいるように感じる。
「乙女……!」
その時、パリンと硝子が砕けるような音が、弐條城全体に響いた。
はっと見上げた先、弐條城の上空に浮かぶ鵺の繭が、粉々に砕けていく。
繭の破片が大量に降り注ぐ。
「晴明!?晴明なの!?」
感極まったような声、表情。
オレの呼び掛けなんて、きっと聞こえちゃいないのだろう。
待ちわびたぞ、という言葉に、乙女の何百年という時を経て募らせた想いが込められているようで、……オレの心に、ずきりと鈍い痛みが走る。
乙女にとって待ちわびたそれは、人間であるオレにとっては、害にしか感じない、禍々しいモノ。
それでも、それでもあの顔が見れたのならば、乙女が喜んでくれるならば、オレはそれだけで……。
「……これは?」
突然、鵺の繭の欠片に、絵のようなものが映し出された。
着物姿の女、鎧姿で馬に跨がる女、襤褸を纏った小さな女の子……。
時代は全てバラバラのようである。
その中の一つ、小さな欠片に映る絵に、小さな乙女と、オレの姿を見付けた。
これは、乙女の記憶……?
「お前たちさえいなければ、晴明にもっと早く会えたのじゃ!!」
そう叫んで、ぬらりひょんの孫を尾で切り裂き、乙女がぐいっと太刀を振り上げる。
決まった……!
しかし、彼らの真横を通り過ぎた記憶の欠片が、その状況を一気に覆した。
小さな乙女と、彼女に腹を貫かれる髪の長い男の姿が映されている。
乙女の動きがピタリと止まった。
落ちてくる欠片に、次々と映し出される映像には、オレの知らない表情をした乙女がいる。
……いや、これはまさか、羽衣狐の記憶ではなく、その依代の記憶、か……?
「うぅ!ううううううう!!」
まさか、まだ依代の意識が乙女の中に残っているのか!?
その意識と、乙女……いや、羽衣狐の意識が反発しあっている?
隙を見て攻撃しようとした陰陽師どもが、乙女の尾に吹き飛ばされる。
最後の一人、破軍使いの少女が放った攻撃が、乙女の体に巻き付くようにして動きを封じた。
駆け出したオレの前で、ぬらりひょんの孫が刀を振るう。
乙女の様子が変だ。
一言も発しない。
それに破軍って奴は強力に彼女を縛り上げている。
ぬらりひょんが刀を振り下ろすよりも早く、オレは乙女の体に飛び付き、庇おうとした。
なのに、何故?
ぐっと体を押し戻された。
乙女の尾の一つが、オレを遠ざけようとしていた。
そして、乙女の体を、ぬらりひょんの刀が貫いた。
「何で……嘘だろ、乙女……!」
呟いた言葉に、ぬらりひょんの孫だけが気付き、不思議そうにこちらを見ていた。
乙女は一人、宙を見上げ、ぽつりと呟く。
「お父……様……」
力の抜けた尾から抜け出して、乙女の体を抱き寄せる。
弐條城の地下で抱き締めた時よりもずっと、ひんやりと冷たくなった体温に、ざわりと背筋が逆立った。
ゆらゆらと揺れる足場……もとい、鵺の上に、なんとか着地をしたオレは、その固い表面を拳で軽く叩いてみる。
コーンという高めの音が良く響く。
中はどうやら、空洞になっているようだ。
「よお、お前。何してやがるんだ?」
「何って……調査……」
土蜘蛛に問われて、目を逸らさずに返す。
中には大きな空洞が広がっている、それは確かだが、漂い出てくる妖気が空っぽではないことをハッキリと知らせてくる。
黒々として、この世のありとあらゆる暗い気を、煮詰めて固めたような。
もはや妖気とも言えない、邪気が漂う。
側にいるだけで気分が悪くなる。
やっぱり、人の肝を食って産まれた奴だ……。
さっきは咄嗟に庇ったが、その邪気はとんでもなく、嫌な感じ。
背中がぞくぞくと粟立つのが止まらない。
突然、ぐっと背中の布を掴まれ、足が宙に浮いた。
「ひっ!?」
「調査は良いが、人間が近くにいたら当てられんぜ」
「つ、土蜘蛛……、なんで……」
太い太い指が、服を掴んでオレをぶら下げている。
殺気は感じないけど、何のつもりなのだろうか……。
胸元にしがみついてる紫紺が唸っているが、土蜘蛛は何もしないままオレを弐條城の屋根の上に降ろした。
「鵺と戦った後にゃあ、あんたと腹ごなしの食いあいするんだぁ。ここで弱られちゃあ困るな」
「……オレはドルチェ扱いかよ」
「何か言ったか?」
「何も言ってねぇ」
どうやら本気で後回しにされるらしく、土蜘蛛は夢中になって鵺を眺めている。
鵺……あれは、ヤバい。
強いとかそんな問題でなく。
禍々しいその気は、もし乙女が誕生を待ち望む子でなければ、きっと産まれる前に殺そうとしていただろうと思えるほどに、濃い邪気を孕んでいる。
「乙女……」
弐條城の天辺で、ぬらりひょんの孫と戦う妹を見やる。
相手と違い、無傷のまま立ち続けている乙女だったが、その表情はどことなく、苛立っているように見える。
乙女なら、この禍々しい妖怪をコントロールすることが出来るのか?
オレは鵺のことについてろくに知らない。
それでも鵺を頭に立てて、京妖怪が何を企んでいるのか、大体の検討はつく。
世界を闇の中へ。
妖怪が支配する世をつくる。
でも鵺一匹の誕生で、そこまで一気に情勢がひっくり返ったりするものなのか?
ぬらりひょんの孫だけではない。
その組の妖怪達、奴ら以外の全国各地の妖怪達も、支配されることを拒絶し、全力で暴れることだろう。
そう思っていた、今までは。
だがまだ繭とも言えるこの状態で、これほどの邪気。
こんなものを、世に解き放ってしまっても良いのか?
オレの見立てじゃあ、鵺の力は土蜘蛛さえも凌駕する。
乙女は、ぬらりひょんの孫を槍で突き刺し、捕らえている。
やはり、強い。
ふと振り向くと、土蜘蛛は誰かと話しているようだった。
注意が逸れている隙に、自分の姿を瓦礫の中に隠し、くらます。
そろそろ決着がつきそうだ。
鵺の事は後回しにして、とにかく今は乙女の元へ行こう。
あれが乙女の子である以上、感情を持っていることに間違いはない。
ならば必ず、付け入る隙はある。
それに仕掛けは出来得る限り施してある。
今は何より、妹の元へ。
今は無傷でも、この後何が起こるか、わかったもんじゃねーし。
「敵が、増えてやがる……」
乙女の前には新しく、破軍とやらを使う少女と、黒いコートの長身の男が立っていた。
乙女のことだ、あの程度の増援など、何て事はないはず。
だが少し、様子がおかしい。
乙女から溢れる妖気が、酷く揺らいでいるように感じる。
「乙女……!」
その時、パリンと硝子が砕けるような音が、弐條城全体に響いた。
はっと見上げた先、弐條城の上空に浮かぶ鵺の繭が、粉々に砕けていく。
繭の破片が大量に降り注ぐ。
「晴明!?晴明なの!?」
感極まったような声、表情。
オレの呼び掛けなんて、きっと聞こえちゃいないのだろう。
待ちわびたぞ、という言葉に、乙女の何百年という時を経て募らせた想いが込められているようで、……オレの心に、ずきりと鈍い痛みが走る。
乙女にとって待ちわびたそれは、人間であるオレにとっては、害にしか感じない、禍々しいモノ。
それでも、それでもあの顔が見れたのならば、乙女が喜んでくれるならば、オレはそれだけで……。
「……これは?」
突然、鵺の繭の欠片に、絵のようなものが映し出された。
着物姿の女、鎧姿で馬に跨がる女、襤褸を纏った小さな女の子……。
時代は全てバラバラのようである。
その中の一つ、小さな欠片に映る絵に、小さな乙女と、オレの姿を見付けた。
これは、乙女の記憶……?
「お前たちさえいなければ、晴明にもっと早く会えたのじゃ!!」
そう叫んで、ぬらりひょんの孫を尾で切り裂き、乙女がぐいっと太刀を振り上げる。
決まった……!
しかし、彼らの真横を通り過ぎた記憶の欠片が、その状況を一気に覆した。
小さな乙女と、彼女に腹を貫かれる髪の長い男の姿が映されている。
乙女の動きがピタリと止まった。
落ちてくる欠片に、次々と映し出される映像には、オレの知らない表情をした乙女がいる。
……いや、これはまさか、羽衣狐の記憶ではなく、その依代の記憶、か……?
「うぅ!ううううううう!!」
まさか、まだ依代の意識が乙女の中に残っているのか!?
その意識と、乙女……いや、羽衣狐の意識が反発しあっている?
隙を見て攻撃しようとした陰陽師どもが、乙女の尾に吹き飛ばされる。
最後の一人、破軍使いの少女が放った攻撃が、乙女の体に巻き付くようにして動きを封じた。
駆け出したオレの前で、ぬらりひょんの孫が刀を振るう。
乙女の様子が変だ。
一言も発しない。
それに破軍って奴は強力に彼女を縛り上げている。
ぬらりひょんが刀を振り下ろすよりも早く、オレは乙女の体に飛び付き、庇おうとした。
なのに、何故?
ぐっと体を押し戻された。
乙女の尾の一つが、オレを遠ざけようとしていた。
そして、乙女の体を、ぬらりひょんの刀が貫いた。
「何で……嘘だろ、乙女……!」
呟いた言葉に、ぬらりひょんの孫だけが気付き、不思議そうにこちらを見ていた。
乙女は一人、宙を見上げ、ぽつりと呟く。
「お父……様……」
力の抜けた尾から抜け出して、乙女の体を抱き寄せる。
弐條城の地下で抱き締めた時よりもずっと、ひんやりと冷たくなった体温に、ざわりと背筋が逆立った。