×ぬら孫
螺旋の封印だか何だかは無視して、とにかく妖怪どもが大量にいる場所を渡り歩いて、一匹でも多くの妖怪を葬る。
リングアニマル達と共に円になるように布陣を敷き、じりじりと範囲を狭めていく。
そして、変わり果てた弐條城を前に、1つ大きく深呼吸をした。
「主も緊張するのか」
「お前はオレを、妖怪かなんかと勘違いしてるのかぁ」
「はっ、妖怪の方がまだましだろうなぁ?」
「お前ぶん殴られてぇのか」
そんな軽口を叩きながら、城を見張る妖怪どもを避けて、一番妖気の強い場所を目指す。
そこに乙女が、そして京妖怪幹部どもがいる。
物凄いスピードで妖怪達を倒してきて、乙女の邪魔をしまくって、今更どんな顔してアイツに会えばいいのか、オレにはわからない。
それでも、もう一度しっかりと会って、また、彼女と話をしたいと思った。
「……ふー」
吐き出した息が、緊張で震えている。
肩に座る紫紺の尻尾が、たすたすと背中を叩いている。
励ましてくれているのだろうか。
被っていたヘルメットを脱ぎ、ようやく一歩を踏み出した。
* * *
城の地下へと降りていく。
慣れた気配を幾つか感じながら、冷え冷えとした階段を下る。
そろそろ最下層に着こうかという頃、嗅ぎ慣れない匂いを感じて、オレは脚を止めた。
鼻を擽るのは、煙の匂い。
オレの知ってる妖怪達に、煙草を吸う奴はいなかった。
なら、誰だ……?
壁に張り付くように移動して、様子を窺った。
地下の大きく開けた空洞の中には、広い池が広がっている。
黒い水を湛えた、なんとも意味ありげな池……。
その中に、一糸纏わぬ姿で佇む乙女と、その前に立つ、見知らぬジジイ……いや、妖怪の姿が見えた。
「おーおー、随分と若々しい姿になりよったのう」
「…………」
「四百年前よりピッチピチじゃの。ここが産卵場所かい?」
「……なんじゃ、おまえずいぶん老いたのう……」
四百年前という単語、昔馴染みのようなやり取り。
だが二人から発せられる気は、殺伐としている。
先に訪れた沈黙を破り、攻撃へと転じたのは、乙女の方だった。
狐の尾が水面を滑るように伸び、ジジイの頭に穴を開ける。
だが、穴を開けられたジジイの姿は、幻か何かのように掻き消えた。
池の端にある岩を蹴る音に、乙女が振り向き尾を伸ばした次の瞬間には、ジジイは乙女の腕を掴み、覆い被さるようにしてその動きを封じていた。
二人が何か言葉を交わしているということは、辛うじて意識の中に入ってきている。
だがオレには、その会話の内容を聞くほどの余裕はなかった。
陰陽術で即席の足場を作り、池の真ん中まで高く飛び上がる。
構えた剣で、ジジイの首を狙いながら、低い声で言い放った。
「そこどけや、ジジイ」
「な……!?」
振り向いたジジイの首を、剣を振るって斬り飛ばした……。
* * *
突然、空から人が降ってきた。
そう思い違うほどに、その気配は唐突に現れ、そしてぬらりひょんの首を切り落とそうとした。
「な……鮫弥、何故!?」
聞いたこともない、羽衣狐の焦ったような声。
辛うじて剣を避けて、岩場に逃れたぬらりひょんは、その人物をまじまじと観察する。
腰まで伸びる銀髪、切れ長の目、すっと通った鼻、透き通るような白い肌。
俗に言う美形、しかし彼は妖には見えない……。
「人の子か……?」
「お前が知る必要はないぞ、ぬらりひょん」
「む、ぐぐぅ!」
「鮫弥、お前との話は後じゃ」
足場のない池に降りようとした彼を、羽衣狐はその尾で素早く捕らえて、ぬらりひょんから隠すように包み、口を塞いでいる。
「ソイツはなんじゃい、羽衣狐……。随分と大事そうにして」
「お前には関係のないこと……。闇が再びこの世を支配する。われらの宿願が果たされるまで、もうすぐじゃ……。二代目とやらのことも、この子の事も……、その宿願の前には些事にすぎんじゃろう?」
その言い方に、どことなく、違和感を覚える。
二代目のことはともかく、彼女が、本当にその銀髪のことを些事と思っているのかどうか……。
ぬらりひょんには、羽衣狐が彼から意図的に、ぬらりひょんの興味を逸らそうとしているようにさえ感じられた。
「……ソイツのことは、おいおい聞かせてもらおうかのう」
「……」
「まあ、あんたに会って確かめたかったんじゃが……、よーうわかったわ。奴良組と京妖怪らとは、やはり相容れんようじゃ」
ぱちりと、刀を納める。
あの人の子に邪魔をされた上に、この老いた体では、羽衣狐とまともに戦うのは厳しい。
「どうした?やらんのか?」
誘うように言ってくる狐に、ぬらりひょんは不敵に笑う。
「悪いがワシはもう老いた。あんたを相手するのはちょいとばかりキツい。だが、二代目のケジメ……、てめぇの野望ごと、ワシの若頭(まご)がとりにくるからな」
チラリと、銀髪の男に視線を向ける。
敵意を露にして睨み付けてくる姿勢は評価できるが、羽衣狐の尾に捕らわれたままでは、些か迫力に欠ける。
「覚悟しとくんじゃな」
「……生きて、ここから帰れるとでも思うたか?ぬらりひょん」
「思うとるよ、羽衣狐」
そうできるからこその、ぬらりひょん。
自信たっぷりに言い放ち、暫し狐と睨み合う。
しかし、異変はまたもや、突然訪れた。
ーー ド、クンッ……
「!?」
「う……!」
羽衣狐が、苦し気に呻き、体をくの字に折る。
その様子を見て、一度は大人しくなった銀髪が再び暴れだした。
「んんむぅ!!」
何かを必死に叫んで、辛うじて動く右手を羽衣狐に伸ばしている。
当の狐は、苦し気に喘ぎ、身を捩らせていた。
ーー ……母上、母上様……
不意に響いた声に、その場にいた全ての者が、目を見開いて固まる。
ーー 母上様……早く……出たいです
「おぉ……、おぉ……おぉ……!」
ーー もっと……もっと、ほしいです。血肉が、血肉がほしいです。妖の上に、人の上に立つのに、こんな姿のままでは出るに出られません。はやく、はやく、はやく……!!
その声、その異様な妖気……。
危険と判断するには、十分すぎるほどの邪気を孕んだ声が、鵺ヶ池に木霊した……。
リングアニマル達と共に円になるように布陣を敷き、じりじりと範囲を狭めていく。
そして、変わり果てた弐條城を前に、1つ大きく深呼吸をした。
「主も緊張するのか」
「お前はオレを、妖怪かなんかと勘違いしてるのかぁ」
「はっ、妖怪の方がまだましだろうなぁ?」
「お前ぶん殴られてぇのか」
そんな軽口を叩きながら、城を見張る妖怪どもを避けて、一番妖気の強い場所を目指す。
そこに乙女が、そして京妖怪幹部どもがいる。
物凄いスピードで妖怪達を倒してきて、乙女の邪魔をしまくって、今更どんな顔してアイツに会えばいいのか、オレにはわからない。
それでも、もう一度しっかりと会って、また、彼女と話をしたいと思った。
「……ふー」
吐き出した息が、緊張で震えている。
肩に座る紫紺の尻尾が、たすたすと背中を叩いている。
励ましてくれているのだろうか。
被っていたヘルメットを脱ぎ、ようやく一歩を踏み出した。
* * *
城の地下へと降りていく。
慣れた気配を幾つか感じながら、冷え冷えとした階段を下る。
そろそろ最下層に着こうかという頃、嗅ぎ慣れない匂いを感じて、オレは脚を止めた。
鼻を擽るのは、煙の匂い。
オレの知ってる妖怪達に、煙草を吸う奴はいなかった。
なら、誰だ……?
壁に張り付くように移動して、様子を窺った。
地下の大きく開けた空洞の中には、広い池が広がっている。
黒い水を湛えた、なんとも意味ありげな池……。
その中に、一糸纏わぬ姿で佇む乙女と、その前に立つ、見知らぬジジイ……いや、妖怪の姿が見えた。
「おーおー、随分と若々しい姿になりよったのう」
「…………」
「四百年前よりピッチピチじゃの。ここが産卵場所かい?」
「……なんじゃ、おまえずいぶん老いたのう……」
四百年前という単語、昔馴染みのようなやり取り。
だが二人から発せられる気は、殺伐としている。
先に訪れた沈黙を破り、攻撃へと転じたのは、乙女の方だった。
狐の尾が水面を滑るように伸び、ジジイの頭に穴を開ける。
だが、穴を開けられたジジイの姿は、幻か何かのように掻き消えた。
池の端にある岩を蹴る音に、乙女が振り向き尾を伸ばした次の瞬間には、ジジイは乙女の腕を掴み、覆い被さるようにしてその動きを封じていた。
二人が何か言葉を交わしているということは、辛うじて意識の中に入ってきている。
だがオレには、その会話の内容を聞くほどの余裕はなかった。
陰陽術で即席の足場を作り、池の真ん中まで高く飛び上がる。
構えた剣で、ジジイの首を狙いながら、低い声で言い放った。
「そこどけや、ジジイ」
「な……!?」
振り向いたジジイの首を、剣を振るって斬り飛ばした……。
* * *
突然、空から人が降ってきた。
そう思い違うほどに、その気配は唐突に現れ、そしてぬらりひょんの首を切り落とそうとした。
「な……鮫弥、何故!?」
聞いたこともない、羽衣狐の焦ったような声。
辛うじて剣を避けて、岩場に逃れたぬらりひょんは、その人物をまじまじと観察する。
腰まで伸びる銀髪、切れ長の目、すっと通った鼻、透き通るような白い肌。
俗に言う美形、しかし彼は妖には見えない……。
「人の子か……?」
「お前が知る必要はないぞ、ぬらりひょん」
「む、ぐぐぅ!」
「鮫弥、お前との話は後じゃ」
足場のない池に降りようとした彼を、羽衣狐はその尾で素早く捕らえて、ぬらりひょんから隠すように包み、口を塞いでいる。
「ソイツはなんじゃい、羽衣狐……。随分と大事そうにして」
「お前には関係のないこと……。闇が再びこの世を支配する。われらの宿願が果たされるまで、もうすぐじゃ……。二代目とやらのことも、この子の事も……、その宿願の前には些事にすぎんじゃろう?」
その言い方に、どことなく、違和感を覚える。
二代目のことはともかく、彼女が、本当にその銀髪のことを些事と思っているのかどうか……。
ぬらりひょんには、羽衣狐が彼から意図的に、ぬらりひょんの興味を逸らそうとしているようにさえ感じられた。
「……ソイツのことは、おいおい聞かせてもらおうかのう」
「……」
「まあ、あんたに会って確かめたかったんじゃが……、よーうわかったわ。奴良組と京妖怪らとは、やはり相容れんようじゃ」
ぱちりと、刀を納める。
あの人の子に邪魔をされた上に、この老いた体では、羽衣狐とまともに戦うのは厳しい。
「どうした?やらんのか?」
誘うように言ってくる狐に、ぬらりひょんは不敵に笑う。
「悪いがワシはもう老いた。あんたを相手するのはちょいとばかりキツい。だが、二代目のケジメ……、てめぇの野望ごと、ワシの若頭(まご)がとりにくるからな」
チラリと、銀髪の男に視線を向ける。
敵意を露にして睨み付けてくる姿勢は評価できるが、羽衣狐の尾に捕らわれたままでは、些か迫力に欠ける。
「覚悟しとくんじゃな」
「……生きて、ここから帰れるとでも思うたか?ぬらりひょん」
「思うとるよ、羽衣狐」
そうできるからこその、ぬらりひょん。
自信たっぷりに言い放ち、暫し狐と睨み合う。
しかし、異変はまたもや、突然訪れた。
ーー ド、クンッ……
「!?」
「う……!」
羽衣狐が、苦し気に呻き、体をくの字に折る。
その様子を見て、一度は大人しくなった銀髪が再び暴れだした。
「んんむぅ!!」
何かを必死に叫んで、辛うじて動く右手を羽衣狐に伸ばしている。
当の狐は、苦し気に喘ぎ、身を捩らせていた。
ーー ……母上、母上様……
不意に響いた声に、その場にいた全ての者が、目を見開いて固まる。
ーー 母上様……早く……出たいです
「おぉ……、おぉ……おぉ……!」
ーー もっと……もっと、ほしいです。血肉が、血肉がほしいです。妖の上に、人の上に立つのに、こんな姿のままでは出るに出られません。はやく、はやく、はやく……!!
その声、その異様な妖気……。
危険と判断するには、十分すぎるほどの邪気を孕んだ声が、鵺ヶ池に木霊した……。