×ぬら孫

「……なんだこりゃあ」
「こりゃあ、酷いやられようだなぁ」

一時休止にどこかへと消えたぬら組(即席の式神をつけた)、そして花開院本家へと戻った陰陽師達。
その後を、人を襲う妖怪どもを始末しながら、ジグザグと寄り道をしまくって追い掛け、ようやく花開院本家に辿り着いたとき、そこは見る影もなく、破壊し尽くされていた。
敵の本拠地の破壊なんて、戦争じゃ定石中の定石、というか、一番大ダメージを与えられる方法なのに、オレとしたことが、うっかり頭から零れ落ちていた。
と言うよりも、ここに秋房や雅継、破戸がいるということを失念していたのだ。
花開院の名前も知らない陰陽師が死んだところで、痛くも痒くもないが、アイツらには死なれたくない。

「アイツら……生きてるかぁ?」
「む……ぅ、生きているんじゃないか?そこの死体の中には見当たらんが」

紫紺の言う通り、戦いの後に集められたのだろう死体の行列の中に、秋房達は見当たらない。
……とりあえず、生きていると仮定しよう。
ヒトが妖怪よりも弱いって言ったって、彼らはその中では、だいぶ頑丈な方なのだから。

「にしても、酷い状態だなぁ、花開院本家」
「この十字型の攻撃跡……しょうけらだな。あの似非クリスチャンがぁ……。散々暴れまわったみてぇだなぁ」

家を潰す十字型の跡。
虫のような妖怪達の死体。
本人(?)が生きてるか死んでいるのかは分からないが、多くの陰陽師が動き回っている様子を見るに、大打撃は受けたものの、しょうけらを追い返すなり打ち倒すなりして、全滅は免れたようである。

「京妖怪の動きも、活発になってきているみてぇだな……。……出産が、近いのか」

愛しくも憎たらしい、妹の姿を思い浮かべる。
鵺、という妖怪が、遂に産まれ落ちるのかもしれない。
オレが邪魔をしているせいで、弱ってはいないだろうか。
あの子に、子どもを産ませてやりたい気持ちに、変わりはない。
オレが許せないのは、その出産の為に、他人の命を奪うことで、出産自体を嫌っている訳じゃない。
あの子が、子を産み、愛し、幸せになってくれるのならば、それほど嬉しいことはない。

「オレが、今歩いている道は、あってんのかなぁ……」
「今さら何を言っとる」
「ん"ー、乙女が、幸せで、悔いのない生き方してくれんなら、それで良いって思ってたんだけどよぉ」
「はあ」
「アイツが間違ったこと始めて、アイツはその内きっと後悔するだろうと思って、人間守ろうと戦ってきたけど、一人でどうこうできる規模の話じゃねぇし、乙女はきっと、オレのことなんて歯牙にもかけやしねぇんだろう。……こんなこと、続けても意味なんてないのかもって、な」

ボロボロの陰陽師達、死体の群れ。
陰陽師とは妖怪の警察、人で唯一妖怪に対抗し得る組織。
……妹の宿敵。
だから、放っておいた。
戦うための組織なら、死ぬこともあるなんて重々承知の上だろうと思って。
だがそれは、逃げでしかなかったのかもしれない。
陰陽師が乙女を殺すのが恐かった?
それとも、同じ人なのに、必死で鍛えて来た彼らより、自分の方が圧倒的に人間離れしているのが、気持ち悪かったのかもしれない。

「愚かだな、人の子よ」
「……」
「過ぎた時は二度と戻らない」

紫紺の言う通りだった。
もう二度と戻らない。
そんなことは、とっくの昔からわかっていたハズなのにな。

「お主が間違っていたかどうかは、全ての勝負が決した後に決めることだ」
「そんなもんかぁ?」
「そんなもんだ。お主は、お主が正しいと思うことをしろ。あの陰陽師どもを助けたいと思うのならそれも良い。助けず、見殺しにしても良いと思うなら、それも構わないだろ」
「……ん"ん、良いのか、それ」
「お主の好きにするのが良い。最終的にやり方が間違ってたとしても、お主が妹を想う気持ちに偽りはない」
「……まあ」
「ごちゃごちゃ考えるからわからなくなる。一度初心に立ち戻って、どうしたいか考えてみろ」

紫紺に、こんなことを言われるとは思わなかった。
ちび狐の癖に、悟ったようなことを言う……って、こいつはこんな見た目でも何百年と生きているのだから、当たり前っちゃ当たり前なのか。
言う通り、一度しっかり考えてみる。
乙女達京妖怪、江戸のぬら組、陰陽師集団花開院、そして、自分。
大きく息を吸って、深く深く吐き出した。

「……よし。ぬら組と花開院には式神だけつける。オレは、京都に蔓延り人を食らうドカスどもを全てぶっ飛ばして、……最後に乙女のバカも一回ぶん殴る」
「ふむ、お主らしい無茶苦茶なプランだなぁ」
「誰が無茶苦茶だぁ」
「まあ付き合ってやるさ。どこから行こうか、人の子よ」
「人の子じゃねぇよ、鮫弥だバカ狐。下京区から上ってくぞ」
「バカ狐ではない、紫紺だバカ主。ほれ、決まったならさっさと行くぞ」

気に食わなかったが、胸の奥がすっとした。


 * * *


「……ふぅ。次の娘はどうした?」
「そ、それが……霊力の強い娘はもう……」
「……そうか。もう良い、下がれ」

部下を下がらせ、羽衣狐は深いため息をついた。
今生で得た血の繋がらない兄は、どうやらとことん、自分の邪魔をするらしい。

「……邪魔、とは違うのか」

ーー人の憎悪を糧にして産まれてきた人間が、正常な精神を保てるとも思えない。
ーーそうして生まれた子は、本当にお前の子どもなのか?幾百の怨念と、苦しみにまみれて生まれた子は、果たしてお前の知っている子でいられるのか?

「あやつは、妾の子の産み方に異議があるだけ、か……」

妖怪である自分は、そんな考えを持ったことは、これまで一度たりともなかった。
賢い晴明、愛しい我が子の言を、ただ一途に信じ、もう一度その顔が見たくて、今までずっと戦い続けてきた。

「愛しい晴明や、妾は間違っておるのかの……。お主に会いたい……それだけなのに。妾は、多くの命を奪ってきた。後悔はない。する気もない。だがの、晴明。あの子が悲しむ顔を想うと、この胸の奥が、きゅうと痛むのじゃ……」

とくん、とくん、と脈を打つ腹から、返事が戻ってくることはない。

「……晴明や、お前を産む、その決意に迷いはない。ただ、お主を産んだその後は、妾は一度立ち止まって、考えなければならないのかも、知れぬな」

黒く深い鵺ヶ池に、羽衣狐の小さなため息が落ちて消えた。
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