×ぬら孫

「……それにしても土蜘蛛怖かったなー」
「なー……ではない!この馬鹿者が!次に会ったら問答無用でお陀仏だぞ!お主、次こそは死ぬからなぁ!?」
「落ち着けバカ狐ぇ。人間誰しもいつかは死ぬ」
「落ち着けるか阿呆!」

さて、土蜘蛛にやり逃げしたオレと紫紺は、一旦引いて作戦を立て直すために、鬼崎家の持ち家の一つに身を潜めていた。
京の中心部からはいくらか離れた場所だ。
今頃は、あのぬらりひょんとかいうガキは、土蜘蛛から逃げられただろうか?
それとも、愚かにもあそこに留まり、土蜘蛛に殺されているだろうか。
……例えどっちだったとしても、オレには関係ない、か。

「取り合えず、今までの作戦だと……」
「む、今までに、作戦なんてものがあったのか。我は初耳だなぁ」
「……今までの作戦だと!オレ達は乙女のいる場所を中心に、人間を襲う妖怪どもを退治してきたわけだがぁ、どうやら、さっきの連中が乙女を倒すために、弐条城へと向かうようだった」

あの口振りだと、どうやら螺旋の封印を辿りながら、中心である弐条城、及び羽衣狐を目指すつもりのようだった。
ならば、その道中で京妖怪と戦うこともあるだろう。
その際人間が巻き込まれる可能性も考えられなくはないが、陰陽師と手を組んでいた以上、被害は最小限に留められるはずだ。
人間と妖が協力するのなら、それくらいの条件はあってもおかしくないだろう。

「これから、オレ達は妖怪・陰陽師連合軍をサポートする形で動く。そうすりゃあ、奴らが大物を倒している内に他の奴らを一掃できる」
「……構わぬが、それだと最終的に、お主の妹が倒される事になるのではないか?」
「そんときはオレが奴らをぶっ飛ばす」
「お主、所々雑だなぁ……」
「るせぇ」

しっかり作戦立てたところで、この少ない人数(人間一人、妖一匹、リング三つ)では、上手くいくはずもないだろう。
どこかで必ず、トラブルは起こる。
ならば最初から具体的な計画は立てずに、臨機応変に動く方がいい。
だいたい、ぬら組の奴らが無事に生きてるかどうかもわからないんだしな。
全員オレの一部みたいなもんなんだから、指揮系統の混乱、なんて起こるはずもないし。

「それなら奴らが次に行くのは……」
「柱離宮だぁ。……つっても、奴らもだいぶ深く傷を負っていたぁ。どこかで傷を癒してから行くつもりかもしれねぇ」

結局は、近くで見てみないとわからないってことだ。

「取り合えずぬらりひょんどもを探して、見付からねぇように跡つけるぞぉ」
「今度は無茶をするんじゃないぞ、阿呆主。我とて、妖力の限界はあるんだからなぁ」
「へぇへぇ」

紫紺の小言を聞きながら、オレは再び街へと出ていく。
そして柱離宮の方まで行って見付けた、ぬら組の奴らのボロボロな様子を見て、奴らが無謀にも土蜘蛛から逃げずに戦おうとしたことを知り、人知れずため息をついたのだった。


 * * *


「……」
「黒、どうかした?」
「……いや、何でもない」

河童に問われて、黒田坊は首を振った。
何でもない、とは言ったが、どうにも先程から落ち着かない。
数刻前からずっと、何かの気配を感じるような気がしていた。
土蜘蛛の襲来、若頭の不在、加えて首無の暴走で、少し神経が過敏になっているのかもしれない。
そう思いながらも、なかなか落ち着くことは出来なかった。
誰かに見られている……。
そんな感覚が、拭えない。
首無の痕跡を追って、主を欠いたぬら組一行は、柱離宮から次の封印、龍炎寺へと向かっていた。
その道中、ずっと落ち着かずに辺りを観察していた黒田坊と、そんな彼を興味深げに見ていた秀元の視線がぶつかった。

「どないしたん、君?さっきからえらい落ち着かんみたいやけど。何か気になることでもあるんか?」
「……なに、大したことではない」
「陰陽師なんかに答える義理はない、か?」
「……そうは言っていない」

何となく、素直に答えるのが憚られて、適当に答えて誤魔化そうとした。
しかしそれは、呆気なく見破られる。
こう言う、妖にも物怖じせずに突っ込んでこられる性分を、初代は気に入ったのかもしれない。
そんなことを考えながら、仕方なしに自分の感じる違和感を口にした。

「ああ、そら見られとるんやろなぁ。たぶん、さっきの黒ずくめの子、なんちゃうかー?」
「な、なに!?」
「僕もさっきから、なんや変な感じしとったんやけど……。勘違いじゃないみたいやなぁ」
「それならそうと早く言え!あの人間、いったいどこから……!」

見られている、と言うことは、何か狙いがあると言うことなのだろう。
それがいったい、なんなのかはわからないが、放っておいて良いとは思えない。

「そうカリカリせんと、放っておき。敵意は感じひんしなぁ」
「は?」

だが、秀元は真逆の考えらしい。
やんわりと諌められて、怪訝そうに視線を返した黒田坊に対して、彼は独特な人を食ったような笑みを浮かべる。

「泳がせとけば、その内向こうの目的もわかるやろ」
「しかしだな……」
「いま、捕まえようとしてもでけへんやろしなぁ」
「ぐ……」

この百鬼達には頭がいない。
すなわち、実力を十分に発揮することが出来ない。
それをよくわかっているのだろう。
秀元の言葉に、黒田坊は素直に頷くより他、出来ることはなかった。
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