×ぬら孫

「が……あっ……!」

どすぅぅん……、と地響きが鳴る。
土蜘蛛が地面に崩れ落ちた音だ。
そんな、まさか……。
妖も人も、そんな驚きを顔に貼り付けて、ただただ呆然とその光景を見ていた。
あの、あの土蜘蛛が、両膝をついている。
あんなに強かった土蜘蛛を、妖殺しの真っ赤な一撃が、押し潰したのだった。

「そんな……嘘だろ……」
「あの土蜘蛛を倒すなんて……」
「バカな……!」

口々に驚きの声を絞り出す妖達に、銀色は何事もなかったかのように、元の姿に戻って言った。

「テメーらぁ、さっさとここから逃げろ」
「……え?」

一番近くにいた冷麗が、疑問の声を上げる。
だって土蜘蛛は、目の前でブスブスと煙を上げながら膝をついている。
既に倒したにも関わらず、何を言っているというのだろう。
銀色はヘルメットで顔を隠していてもわかるほどに、不愉快そうな空気を醸し出しながら、彼女の背中を押した。

「死んじゃいねぇ。すぐに攻撃してくる。死にたくねぇならさっさと逃げろぉ」
「え?え!?」
「おい!あんたが何者かはわかんねぇが、オレ達は敵に背中を見せるつもりは、これっぽっちもねぇ!」
「そ、そうだそうだ!オレ達ゃ天下のぬら組だぞ!」
「羽衣狐倒すまで、止まる気はねーぜ!」

逃げろという銀色の言葉に、ぬら組の者達は一斉に反論した。
それはそうだ。
ヤクザ者なんてのは、面子の生き物だ。
そう易々と引き下がるわけには行かない。

「……チッ、死にたい奴は勝手に死ね。どうなっても知らねぇぞぉ」
「つーか土蜘蛛が生きてんなら、あんたもただじゃ済まねぇんじゃねぇのか?」
「あ゙?」

ボロボロになりながらも、血を吐きながらも立ち上がり、警戒したような視線を投げ掛けながら放たれた奴良リクオの言葉に、銀色ははっと鼻で笑う。

「逃げるから問題ねぇ」
「あんた、男同士の勝負、投げ打って逃げるってのか?」
「投げ打つ?」
「そう言う約束だっただろう?」
「攻撃をしろっつったが、それを正々堂々と受け止めるたぁ一言もいってねぇなぁ?」
「あ……」

まあ言われてみれば確かに、彼はそんなことは一言も言っていない。
言ってはいない、が……。

「どんな奴かと思っていたが、あんた卑怯な奴だな」
「上等……。生き残れりゃなんだって良い」
「おい、さっさと行くぞ主」
「わかってる。ゔぉい、テメーらが逃げようと逃げまいと勝手だが、土蜘蛛は後5秒もあれば動き出すぜぇ」
「あ、おい!」

トッ……と軽い音を立てて、銀色は地面を蹴る。
まるで始めから、そこには誰もいなかったかのように、石畳と淀んだ空気が広がるだけであった。

「り、リクオ様……!如何いたしましょう!?」
「……バーカ、ここで逃げたら男が廃るってもん」
「アホ!馬鹿なこと言っとらんとさっさと逃げぇ!!」
「は?」
「土蜘蛛が来るで!ぬらちゃんの孫も、陰陽師も妖も皆さっさと逃げ!あの子の言うた通り、全員死ぬで!」
「何言って……」

ぬら組が反論しようとした、その時だった。
ずずっと、地面が揺れた。
彼らの背後に、巨大な影が浮かび上がる。

「き、来た……!」
「つ、土蜘蛛が復活したー!」

慌てて距離を取ろうとする妖怪達には目もくれずに、当の土蜘蛛はキョロキョロと周囲を見回す。

「あん?あのガキ、いねぇじゃねぇか。テメーが勝ったと、勘違いでもしてやがんのかー?」

彼もまさか、あれだけ堂々としたやり逃げをされるとは、夢にも思ってもみなかったのだろう。
ボリボリと頭を掻いて、呑気に銀色がいないことを確認し、土蜘蛛はぎろりと地面を走る小さな妖怪達を睨んだのだった。

「まあ、コイツら喰ってから、潰しに行きゃあ良いか」

にったりと、鋭い牙の生え揃う鬼の口が笑みを浮かべる。
土蜘蛛の拳が、再びぬら組を襲う。
ただ、土蜘蛛は女の妖怪を避けるように動いていた。
それはまるで、銀色に敬意を示すかのようだったという。
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