×ぬら孫

「ひとつ、ゲームをしてみねぇかぁ」
「あん?」

突然現れたヘルメットに黒尽くめの男が、土蜘蛛に向けてそう言った。
着物姿の妖達に混じる、その銀髪以外を黒一色で統一されたソイツは、異様な雰囲気を醸し出している。
相剋寺で見たときと変わらない姿、声。
妖殺しの銀色が、一体どういうことなのか、雪女を護るために、あの土蜘蛛の前に立ちはだかっていた。

「なんだぁ?げぇむ?」
「ん゙、あ゙あ、ゲームだとわからねぇか?ちょっとした遊びだぁ。賭け事と言っても良いかもしれない」

落ち着き払った様子で話すソイツに、土蜘蛛も興味を引かれているらしい。
暴れ続けていた動きを止めて、銀色の話に聞き入っている。
今ならば、土蜘蛛を倒せるんじゃないのか?
……しかしその考えは、十三代目にあっさりと見抜かれ、止められた。

「馬鹿なことは考えんといてな、竜二。いくら油断してようと、土蜘蛛は土蜘蛛や。下手に攻撃して見つかろうもんなら、一撃であの世に送られてまうで」
「……」
「しかし、奇特な人間もおるもんやなぁ。女の子一人助けるために、進んで土蜘蛛の前に出るなんて……」
「それよりも、あの攻撃だろう。なんだったんだあれは?」
「さあなぁ。でも、攻撃したのが土蜘蛛の腕じゃなく、煙管だったのが肝なんやろうな。あれがもし、土蜘蛛自身だったならば、止められとったかどうか……」

オレ達は闖入者への考察を進めるが、当の本人は周りの視線などまったく気にする様子もなく、淡々と土蜘蛛との会話を進めていた。

「賭けは好きだぜ」
「そりゃあいい。内容は簡単だぁ。まずオレがあんたに攻撃をする」
「それで?」
「あんたがオレの攻撃に耐えきることができたら、あんたの勝ち。そして今度はあんたがオレに攻撃をする」
「なるほどな。つまり、お互いに攻撃をしあって、先にくたばった方が負けか……。たまにはそう言うお遊びも悪くねぇな」
「だろう?」
「だがなぜお前の方が先なんだ」
「オレの方が小さいからだぁ」
「ふむ……まあ、良いか」

良いのかよ。
思わず口に出してツッコミそうになったのは、恐らくオレだけではないだろう。
隣でゆらももごもごと口を動かしていた。
予想以上にあっさりと説得された土蜘蛛は、ばっと手を開いて胸を張る。

「おう、ならさっさと来いや。さっきの赤い炎みたいなのがお前の攻撃なんだろう?」
「……まあなぁ」

攻撃を受ける気満々の土蜘蛛に対して、銀色は静かに距離を取った。
本気で土蜘蛛とゲームをする気なのか?
十分に離れた銀色は、肩の上に乗っていた豆狐に話し掛ける。

「紫紺、わかるなぁ?」
「わかっておる……。まったく、お主は本当にバカだ。バカの中でも随一のバカだ!」
「そのバカに付き合ってくれる、お前も十分バカだろうがぁ」
「ふんっ」
「……おい、そこの、えーと……女。巻き込まれないうちに、さっさと逃げろぉ」
「え……?」
「そこにいたらあんたを巻き込む。助けた意味がねぇだろうがぁ」
「あ、は……はい……!」

雪女が慌てて逃げていく。
それを見送り、銀色は土蜘蛛を見上げた。
どこにでもいるような人間サイズの銀色と、巨大な土蜘蛛との睨み合いは、オレには滑稽にさえ見える。
そして銀色は、低く唸るような声で呟いた。

「……式神融合『千姿万態』フォルム・ザンザス」

式神融合……だと?
それは、陰陽師の中でもごく一部の人間しか成し得ない、究極の技だ。
人の体と妖怪の畏の融合。
生半可な才能では、身に付けることなど到底出来ない技。
銀色の髪が、するするとヘルメットの内側に引っ込んでいく。
狐の姿が、男の体に重なる。
少し背が、伸びたか……?
気付けば男の手には、大振りな2丁の拳銃が握られていた。

「かっ喰らえ……!」
「あ……?」

前後に銃を構える独特の姿勢。
次の瞬間、オレの目には、ソイツの姿が消えたように見えた。
実際には違う。
高速で移動したため、目で追いきれなかっただけだ。
男は気付けば、土蜘蛛の目の前に2丁の銃を突き付けて浮いていた。

「カッ消えろぉ!」
「なにっ……!」

銃口が毒々しいほどの赤い光を帯びる。
土蜘蛛の体を、真っ赤な炎が包み込んだ。
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