×ぬら孫

「なんだよ……あれは……」

ただ呆然と、そう呟くことしか出来なかった。。
目の前でド派手に暴れまくった土蜘蛛という妖。
奴の足元には、妖どもの骸の山が積み重なっていた。
美しい鳥居の群れも、妖しい化け物どもの群れも、見る影もなく破壊し尽くされている。
あのぬらりひょんの孫だって、それなりの強さはあったはずだ。
だというのに、あっという間に潰された。
……いや、妖気はまだ感じるから、正確にはまだ死んではいないだろう。
だが相手との力の差は歴然。
これ以上の戦いは無意味だ。
しかし、彼ら自身は、そうは思わなかったらしい。
ボロボロながらも、瓦礫の上に立ち上がったぬらりひょんと、その仲間達を、土蜘蛛と向かい合っていた狩衣の男が緊迫した顔で見ている。
あの男は、恐らく生身ではない。
生気を感じられないからな。
だからアイツを心配する必要はないが、ぬらりひょん達はそうもいかない。
あのままでは、死ぬな。

『……おい、間違ってもあの土蜘蛛の前に出ようなどとは考えるなよ』
「バカ、オレだって自分の力量は弁えてる。あんな化けモンと、正面切って戦う気なんてさらさらねぇよ」
『……ふむ、なら良いが』

オレも、あまり長居はしない方が良いな。
土蜘蛛に向かっていったぬらりひょんの、部下らしき奴曰く『認識をずらす』とかいう技も、軽く破られた。
フルボッコにされて……ああ、あれはもうダメだな。
可哀想に、あれだけ食らったら命があるかどうかも疑わしい。
助けに入ろうとした奴らも、次々に吹き飛ばされていく。
この場には土蜘蛛の『畏』が満ちている。
あの妖怪達には、それに抗う術はない。

「リクオ様からはなれろ!!」
「あん?待ってろ、百鬼残らず喰ってやる。順番に、一人ずつな。……こいつみてぇにな」

振り返った土蜘蛛が指差した先には、ボロボロになった妖怪……リクオとか呼ばれていたか、ソイツの姿が。
言葉を失う彼らを余所に、土蜘蛛が新たな標的を選び始める。
フラフラとさ迷う土蜘蛛の視線に捕まったのは、桃色の髪の女妖怪だった。

「お前……うまそうだ」
「え……」
「冷麗!?」
「いくぜ」

仲間の妖怪達が、土蜘蛛を止めようと急ぐ。
一人の妖怪が彼女の前に立って土蜘蛛を止めようとするが、あの程度の妖怪に止められるほど、土蜘蛛の攻撃は柔じゃあねぇ。
ドでかい煙管が二人の上に落ちてくる。
……そして煙管は、二人にたどり着くよりも早くに、赤い炎に飲まれて消えた。

「……なに?」
『なっ!ななななにをしてるこのバカ!!今さっき土蜘蛛とは戦わないと言ったばかりだろうが!!』

訝しげな土蜘蛛の声に、紫紺の悲鳴のような叫び声が被る。
オレは迷わず、桃色の髪の女の前に立って、土蜘蛛を見上げた。

「うるせぇぞチビ狐ぇ。わかってるさ、土蜘蛛相手じゃあ、このオレでも敵わねぇだろうことくらい……。だが……、だがよぉ……。オレは女子供を喜んで痛め付けるような輩だけは、一部例外除いて、許せねぇんだぁ」
「……お主の気持ちはわからんでもないが、それでも言うぞ。土蜘蛛と戦うなんて、馬鹿か阿呆のすることだ……!」

肩の上に出てきた紫紺に叱られながら、オレはニヤリと不適な笑いを浮かべる。

「まあせいぜい、死なねぇように頑張るさ。……祖父さんとも、約束したしな」

向かい合った土蜘蛛の面が、にったりと笑ってオレを見下ろす。

「おう、お前はもっと、美味そうだ」

土蜘蛛の声に、オレと紫紺は顔を引き攣らせて笑った。
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