×ぬら孫

さて、鬼崎家の本宅は京都洛外にある。
だから乙女以外の妖怪も、出入りが楽に出来たわけだが、今はその話は置いておく。
オレが洛中へと入るため、鴨川付近を通ったとき、巨大な船の妖怪を見た。
その妖怪を取り囲むように、大量の陰陽師。
あれが先刻感じた力の正体か?
……いや、感じた妖気は、もっと大きかった気がする。
如何せん遠かったから、確実ではないが、今自分が居る場所を、大量の『ナニか』が通った形跡も見付けた。
恐らく、外から大量の妖が入ってきたのだ。
そいつらが敵か味方か、はたまた第三勢力になるのか……。
詳しいところは、実際に見てみなければわからないだろう。

「こっちに足跡が続いているなぁ」
『……いや、我にはさっぱりわからん。本当にこっちに足跡があるのか?』
「こんなにハッキリ付いてんのに、なに言ってんだよ?」
『……お主やはり、奇特な人間だなぁ』
「…………」

妖にもそんなこと言われるって、自分の追跡スキルがなんだか恨めしい。
いやそんなことはどうだって良いのだ。
とにかくオレと紫紺は、妖の群れの痕跡を追って、伏目稲荷の方へと動き出す。

「伏目稲荷と言えば、らせんの封印の一番外側、だったよなぁ?」
『む、そう言えばそうだなぁ。何のために行ったのか……。あそこには今、確か二十七面千手百足の奴が巣食っている。あれは気性の荒い面倒な奴だからなぁ。下手すれば、全滅させられると言うのに』
「そんなにやべぇ奴なのかぁ?」
『領域型の妖だからなぁ。条件さえ揃えば、かなりの強さだ』
「そりゃあ……殺りがいがありそうだな」

しかし本当に、そいつらは何のために、らせんの封印に向かっているのか。
乙女達、京妖怪に用があるのなら、まっすぐ弐條城に向かっているハズだ。
狙いが読めねぇな……。
ヘルメットの中で、一人眉間にシワを寄せながら数分。
たどり着いた伏目稲荷には、意外な人物達がいた。

「はじめまして、ぬらりひょんの孫。蘆屋家直系、京守護陰陽師、花開院家十三代目……当主秀元や。よろしく」

伏目稲荷、鳥居のトンネルの途中、少し開けたところで、この間見た古風な服装の男が、銀と黒のツートーンヘアーの少年に挨拶をしていた。
その後ろに控えているのは、花開院竜二と、これまたこの間見た背の高い陰陽師。
幾つか聞こえた言葉に、オレは首を傾げる。

「今の当主は、二十七代目、とかじゃなかったかぁ?死人が甦ってきたとでも言うのかよ」
『甦った、とは違うなぁ。あれは破軍で呼び出された魂。破軍とは己が血の記憶に従い、力のある祖先をこの世へと呼び戻し、力を分けて貰うための術だ』
「へぇ……よく知ってんなぁ」
『奴……十三代目自身に聞いたのだ。あやつとは茶飲み仲間だった』
「……感動の再会?」
『ふん、そこまで仲良くないわ』

素っ気なく言った紫紺だったが、その顔は少し、寂しそうだった。
まあ、今日のところは見なかったことにしといてやるか。

「……それと、ぬらりひょんの孫ってのはなんだぁ?有名なのか?」
『ぬらりひょん……ぬらりひょんか。確か400年ほど前、羽衣狐様を倒した妖怪だったな。孫、と言うことは、江戸に行って子を成していたのか』

ぬらりひょん、ね。
オレの知っているぬらりひょんと言うのは、人の家に不法侵入して飯食って帰っていくっつー、間の抜けた話の妖怪なのだが。
どうやら実際は、かなり強い妖怪らしいな。
そしてその孫もまた……?
……乙女を殺しに来たのだろうか。
妖同士の戦いに、手は出さないと決めていたけれど、思わず殺気が漏れ出しそうになる。
ガキだが、祖父が強いなら孫も強い、という可能性は大いにあるだろう。
……ムカつく。
そしてそんなことを考えている間に、空に浮いていた牛車?の中から、女の子が二人現れた。
一人は孫って奴の仲間みたいだな。
もう一人は……花開院竜二の妹らしい。
あの破軍を出している子、だよな、たぶん。
アイツがお兄ちゃんとか……、違和感やべぇな……。
そしてオレがよくわからないでいる内に、陰陽師達とぬらりひょんの孫達で共闘して、らせんの封印を掛け直す、ということで、話がまとまったらしい。
破軍、は良いが……祢々切丸ってなんだ?

「羽衣狐を討つ!!頼むで!!」
「……頼まれなくても、その為にオレは来たんだよ!」

ムカつくガキが、そう言った。
その直後、オレは背筋がザワリと粟立つのを感じて、勢いよく振り向いた。
途端、鼓膜を劈く破壊音、飛び散る鮮血、心臓を掴まれるような凶悪な殺気。

『土、蜘蛛……!!』
「なに……、土蜘蛛……?」

それは確か、かつて天皇に逆らった土豪達の怨念の塊、もしくは人を喰らう大蜘蛛の怪物、いや、人を化かして襲う妖怪との記述もあったか。
鬼の顔、虎の胴、蜘蛛の手足の巨大な妖怪。
そして数ある資料の中で、最もオレの目を引いたのは、『遭遇しては、ならない妖』という言葉……。
その土蜘蛛が、オレ達の目の前で、暴れ始めていた。
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