×ぬら孫

「鮫弥、お前の新しい妹だよ」

『父親』に呼ばれて、大きな『家』の玄関に行くと、そこにはお行儀良くニッコリと笑う『妹』がいた。

「さぁ、乙女、お前のお兄さんだよ」
「お兄さん?」
「ああ、ここがお前の新しい家になるんだよ」
「家……?」

『妹』は、不思議そうに辺りを見回し、最後にオレのことを見て、愛想よく微笑んだ。
その微笑みを見て、オレは確信する。
この娘は、人間じゃない、と。
オレにはわかるんだ。
『前世』で多くの人間離れした奴らと付き合いのあった、オレにはわかる。
この娘は、人間じゃない。

「今日から、よろしくお願いします、お兄様」

それでも、この子が今日からオレの妹になるのだと言うのなら、オレはこの子を愛そう。
オレはこの子の兄なんだから。
家族、なのだから。

「お兄様……?」
「よろしく、乙女。今日から、オレがお前の兄だ」

今日から、オレがお前を守るよ。


 * * *


時は平成、所は日本。
京都に住む金持ちの家に生まれたオレこと元スペルビ・スクアーロ、現・鬼崎鮫弥は、俗に言う前世というものの記憶がある。
前世で暗殺者だったオレは、今世では金持ちのボンボンに生まれ変わった。
……ボンボン、何て言ったが、実際の性別は女である。
家に後継ぎの男子がいないと言うことで、またもやオレは男として育てられていた。
ボンゴレ然り、鬼崎家然り、古くから続く家は、こういうのが多いんだろう。
前世の容姿そのままで生まれてきたから、男として生きることは大して難しくはないが、それが良かったのかと言われれば、頷くことは出来ない。
両親はどちらとも純日本人で、当たり前に黒髪黒目。
対してオレは銀髪銀目。
色素欠乏症とか言うやつらしい。
所謂アルビノ。
アルビノと診断されはしたが、かなり特殊な症例らしい。
メラニンが少ないにも関わらず、日光への耐性を持つこと(あまり長い間直射日光を浴びていると辛いが)や、弱視の症状が無い(視力はすこぶる良い)こと。
普通のアルビノには見られない丈夫さだ、とかなんとか。

「気味の悪い子だ……。本当にオレの子なのか?」

目の前で、そう言われたこともある。
どうやらオレに母親はいないらしかった。
死んだとかじゃなく、オレを生んですぐ家を出ていったらしい。
オレが成長していくにつれ、『父親』との距離は広がっていった。
不思議な気分だ。
前世にも父親はいて、でも今世にも全く違う『父親』がいる。
今日もまた、『父親』は家に帰ってこない。
電話で、明日は帰ると言われた。
でもまた、結局あの人は来ないんだろう。
『父親』は、オレの名前を呼ばない。
会話も、ほとんど無い。
それでも、『父親』だから、こんな化物として生まれてきてしまった詫びに、せめてその願いを叶えてやりたくて、『父親』の会社の跡を継ぐべく、毎日帝王学を学ぶ日々である。
そんなある日、『父親』に呼ばれて、『妹』に会った。
乙女というたおやかに笑う少女は、フラフラと歩いているところを『父親』に拾われたらしい。
乙女は、とても綺麗な子だった。
『父親』はきっと、成長した乙女を餌に有力他社を飼い慣らしでもするつもりなのだろう。
だがきっと、いや、間違いなく。
そうはならない。
そうなる前に、『父親』は死ぬだろう。
乙女自信の手によって。
だって乙女は、ヒトじゃないから。
確信はしていたが、今の乙女を見て、オレはその真実を、自身の目で確認することができた。

「お主、気付いておるな?妾が、ヒトでないということに」

二人っきりになって、振り返った乙女は、可愛らしく微笑む少女の仮面を取り去り、凄絶な程に美しく、そしてゾッとするほどの恐ろしい微笑みを携え、オレの体を組伏した。
その真っ黒なワンピースの裾からは、何本もの動物の尾が溢れて、オレの体に巻き付いてくる。

「ああ」

真っ直ぐと、乙女の黒曜の瞳を見詰め返し答えると、乙女は楽しそうにクツクツと笑った。

「面白い子よのう。妾の本性を見て、物怖じをしないとは。妖でさえも、妾を畏れるというに……」
「お前はオレの妹だろぉ。妹怖がる兄貴がいるかよ」
「ほう……?」

小首を傾げて、じぃっとオレを見る乙女。
興味深そうな色を宿した瞳が、オレの全身を舐めるように観察していく。

「妖である妾を、血の繋がらない妾を、出会ったばかりの妾を、妹と呼ぶのか」
「そうだぁ」
「ほぉう。……所でお主、父親といるときとは随分と言葉遣いが異なるではないか」
「妹にくらい、本音で接してぇだろ……」
「父親には、本音で接さないのかえ?」
「あの人が、こうするように望んでいるからなぁ」
「それはまた、変わった親子じゃのう。それに、お主ら親子は、似ても似つかない容姿をしておる」
「アルビノってやつで、生まれつき色素が薄くてなぁ。あと、オレは母親似らしいぜぇ」
「その、異様なほどの賢さもか?」
「……いいやぁ。オレは、前世の記憶があるからなぁ。そのせいで、生まれたときから自我があったし、年の割には頭が良い」
「ほう……!」

乙女が目を見開く。
驚いた顔も、美しいと思った。

「前世持ち、とな。それはまあ……、珍しいこともあるのだなぁ」
「妖怪の妹が出来るよりも、珍しいか?」
「!!フフ……、どうだろうなぁ。……お主の肝は、それはそれは美味しいのだろうが、今食べてしまうのはちと惜しいのう」
「肝って……、内臓食うのかぁ?グロいなぁ、おい」

ちょっぴり引いた。
いくら妹と言えど、さすがにそれは悪趣味と言わざるを得ない。
人間の内臓なんて、美味しくなさそうだと思うが。
妖怪の味覚は、特別なのかもしれない。

「暫くは、この家に世話になる」

そう言って乙女はオレの上から退いた。
スタスタと己に与えられた部屋に向かいながら、一度だけ振り向いて、オレに笑いかけた。
同時に放たれた言葉にオレが固まるのを、楽しそうに見ながら、乙女は扉を閉めた。

「よろしく頼むぞ。『お姉様』」

呆然と乙女の部屋を眺める。
新しくできた妹に、隠し事は出来ないようだ。
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