×ぬら孫

「――妖の領分を越えて、何がしたいんや、羽衣狐」

やたらと古風な服装に身を包んだ男は、乙女に対してそう言った。
オレもそれは、聞きたいことだった。
子を生む、闇の主をこの世に顕現させる。
その闇の主ってのは、晴明ってのは何がしてぇんだ?
それが産まれた時、乙女はどうなるんだ?

「お前らに言う必要はない」

冷たく言い放った乙女の言葉。
オレが聞き耳立ててることに、気付いているのか。
目の前の茨木童子としょうけらを、剣を振るって吹っ飛ばす。
二人が乙女の前まで下がったのを見て、オレも陰陽師達のところまで下がる。
乙女の狙いは、あの小柄な少女か。
見た目に似合わず、随分と大層な術を使っていやがる。
他の陰陽師の安全を確保し終えたのだろう、隣に並んだ雅次と破戸に、小声で話し掛ける。

「秋房、もう大丈夫だなぁ?」
「アイツは無事だ。それより、この状況、どうするつもりだ?」
「僕ら、生き残れるの?」
「はっ……そりゃあ神のみぞ知る、ってやつだろぉ」

遠くに立つ妹は、オレ達を逃がす気は更々なさそうだ。
後ろの少女と古風な男は、今のところ動く様子はない。

「茨木童子、しょうけら、こっぴどくやられたのう」
「申し訳ございません……」
「今すぐ、奴を八つ裂きにしてやる」
「その必要はない……。ここまで距離を取られては、攻撃をする前に逃げられてしまうじゃろうからのう」
「……はっ、わかってんじゃねぇかぁ」

オレを攻撃しようとするその隙に、彼らを逃がし、自分も逃げることは不可能ではない。

「狙うのならば、奴ではなく、他の人間でも狙え」
「っ!」
「なるほどな」
「御意に」

茨木童子としょうけらが飛び出す。
本当に、よくわかっていやがる。
しかも奴らが狙うのは、脇に避けていた秋房達だった。
慌ててオレが飛び出すのと同時に、背後から呪を唱える声がして、あっという間に煙が広がった。
茨木童子としょうけら、二人分の声が聞こえて、奴らが煙に巻かれて標的の場所を見失ったことがわかる。

「雅次、破戸、手伝え」
「は……ど、どこに……」
「こっちだぁ、さっさと来い!」
「ちょっ!ちょっ、ちょっと待って、てて!?」

二人の腕を引いて、秋房達がいる方へと走った。
煙の中なら、オレが一番、強い。
音で、風の流れで、獲物の居場所を掴む術は、暗殺者時代には必須のスキルだった。
何とかオレ達は、逃げ惑う竜二、秋房、あと名前は知らないがやたらと背の高い男に追い付く。

「コイツら全員、お前ら二人がしっかり守って安全な場所まで逃がせ」
「それは!勿論だが……お前どうしてコイツらの場所が……!!」
「四の五の言ってねぇでさっさと行け!」
「っ……!クソ!!」
「あ、ありがとう、銀色!!」
「……礼を言われる覚えはねぇ」

二人が秋房達の元へと駆け寄るのを見届けて、オレは彼らから離れる。
茨木童子としょうけらの居場所なら、よくわかる。
アイツらは、喧しいからな。
奴らが獲物を見失って、誰にも攻撃を加えられない状態にあることを確認してから、オレもその場を脱出する。

「さぁて、いつまで陰陽師にバレずにいられるか……」
「鮫弥、お主、楽しんでいないか?」
「……んなこたぁ、ねぇよ」

秋房の救出に、オレは大した力を貸すことは出来なかったが、しかしオレが茨木やしょうけらを引き付けていたお陰で、秋房を上手く助け出すことが出来たのだから、結果はまあ、上々だ。
路地裏を走り抜けて、高いところに立って京都の街を眺める。
陽が上ってきた。
そろそろ、妖の時間が終わる。
遠くの路地を、チラチラと白い服が見え隠れしている。
逃げている陰陽師の一人か。
相剋寺の方角に、新たに増えた大きな妖気を感じながら、オレは身を翻した。
そろそろ帰らないと、使用人達に心配を掛けてしまうからな。

「向こうにでけぇ妖気があるな……。あれが上がってきたら、状況、かなり変わりそうだぜ」
「……ああ、確かに」

遠くの方で、また別の大きな妖気の動きを感じた。
オレの予想通りに、その日から、事態は一気に加速する。
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