×ぬら孫

「何故オレ達を相剋寺に……?」
「助かるけどね。僕らも、仲間を助けに行こうと思ってたしさ」

不審そうな二人の様子に、オレは1つため息を吐いて応える。

「いつまでもあそこに居座られてたら困るしなぁ。それに、オレは秋房を助けたい。お前らは仲間を助けたい。利害が一致してるなら、協力するのは自然な流れだろぉ?」
「……まあ、な」
「不満かぁ?」
「うん、アンタみたいな謎過ぎる奴の言葉を、ほいほい鵜呑みには出来ないよね」
「はっ……、言う通りだぁ」

まあ、オレは彼らに対して、ろくに身分も明かしていないし、しかも本業の彼らよりも強く、しかし立場が曖昧な訳であるから、信用しないのは当たり前なんだろうな。
何より、羽衣狐と面識のある風だったオレを、完全に信用などできるはずもない。
柏木達の家から連れてきた、陰陽師の二人、花開院雅次と花開院破戸。
彼らとともにオレが向かっているのは、今日、乙女達京妖怪が来襲する相剋寺だ。
先に向かわせたコルヴォのお陰で、既に花開院家の実力者達が集結していることはわかっている。
どれだけ集まろうと無駄だと言うのに。
ヘルメットを被っているせいで、少しくぐもっている自分の声を聞きながら、オレは少し考えていた。

「ま、無理は言わねぇよ。お前らはお前らに出来ることをしていろぉ。ただし……」
「お前の事については話すな、か?」
「わかってんじゃねぇかぁ」

出来ることをしろ、とは言ったが、そうなると彼らは、秋房救出よりもその他の花開院を助けに行くだろう。
実質一人で助けるはめになるのか……。
少し、策を考えなくてはならないかな。

「……着いたな、相剋寺だ」
「うぇ、陰陽師だらけじゃねぇかぁ。つーか結界張ってやがるし」
「無茶すれば入れるけど、そうしたら中の人達を傷付けちゃうね。僕達は外で待ってた方、が……え?」

彼らより1歩後ろに下がって、オレは一瞬だけ千姿万態を行う。
夜の炎を扱い、一気に結界の中へと侵入した。

「こ、こは……相剋寺の、屋根の上か!?」

普通ならば、こんな結界が張ってあったら入れない。
……普通ならな。
花開院の凡人が張る程度の結界ではオレを邪魔することは出来ない。
どうやら一瞬だけ変化したことは、バレていないようだ。
下を覗くと、かなりの数の花開院の陰陽師が、まじないを唱えながら結界を張っている。
凄い数だが……、この間見た雅次の金屏風の方が強そうだったな。
こればっかりは、才能の差、なのかな。

「お前、オレ達に何をしたんだ……?」
「あ?そりゃ……気にすんなぁ。それより、下見てみろぉ、すげぇぞぉ」
「話を逸らすな!」
「雅次、下、本当に凄いよ!福寿流が総動員して結界張ってる!」
「なに……?」

下を見下ろした雅次が、はっと息を飲むのがわかる。
これまで、こんなに大量の陰陽師が同時に戦う事などなかったのだろうな。
京はもう四百年の間、大きな妖が洛中へ入ってくることがなかったそうだ。
こんなに大きな戦いが起こること自体が、この世代にとっては初めてなのではないだろうか。

「……これだけ集まっても、無駄だ。オレの金屏風ですら、奴らには効果がなかったんだ。福寿流がいくら集まったところで、奴らを抑えることは……」
「その通りだぁ。……どうやら、もう敵が来たようだぜぇ」

見知った気配を感じて、顔を上げる。
その瞬間、福寿流の結界が、どう、と波打ち、妖怪達の襲来を知らせた。

「くっ……!親父……!!」
「待ってよ雅次!!」

二人が飛び出していくのを見送り、オレは外から結界を攻撃している妖怪どもの様子を見る。
攻撃してるのは雑魚ばかりのようだ。
乙女のことだから、乙女本人と幹部の奴らはたぶん、どこか近くに身を隠して、高みの見物でもしているのだろう。
秋房は……、きっと戦いの最前線に出されているはずだ。
あいつにとっては、いつ死んでもいい駒、面白ければそれでいい駒。
一番戦いの激しいところに現れるはず。
目を走らせて戦場を観察していると、不意に、福寿流の結界に、亀裂が走った。
亀裂……いや、刀傷、か?
結界を軽々と破いた斬撃は、福寿流の人々にも襲い掛かるが、ギリギリのところで雅次と破戸が彼らを守る。
敗れた結界の隙間から覗いた刃物には、見覚えがあった。

「秋房……!」

少し痩せただろうか。
明らかに普通じゃない彼は、手に手に武器を持った妖怪達を率いて、仲間であるはずの陰陽師達に襲い掛かっていく。
彼が妖槍・騎億を、ちょうど近くにいた破戸に向けて振り上げる。
振り下ろされた槍と、破戸との間に体をすべり込ませて、その斬撃をギリギリで防いだ。

「な……!」
「よぉ、危なかったじゃねぇかぁ破戸」
「あんたなんで……!?」

何でも何も、たまたま守れちまっただけだ。
秋房が、首を傾げてオレを見る。
今、秋房の体には、あのでけぇ目のあるジジイ妖怪が憑いている。
あいつを引き離せば、秋房は救えるはずだ。
オレは秋房に気付かれないよう、雨の炎を展開する。
これであいつを引き離せる、はず。
だが雨の炎が届くより早く、凄まじい殺気を感じて、オレは慌ててその場を飛びのいた。
ビシリ、バチン、と空気の弾けるこの音。

「茨木童子ぃ……!てめぇ……!!」
「けっ、こっちの頭の命令だ。てめぇは余興が終わるまで、オレが相手しててやるよ!!」
「このっ……カス妖怪がぁ!!!」

金属と金属がぶつかり合う、甲高い衝突音。
そう簡単に救い出せるもんでもないとは思っていたが、またこいつの相手しなきゃならないとは、クソ、面倒くせぇ。

「ちょっと!秋房どうするの!?」
「っせぇぞ!オレの手は一組しかねぇんだぁ!!この雷野郎倒すまで、自慢の式神で何とかしてろぉ!」
「無茶言うよね……!!」

ああ、くそ。
余興なんぞの為に、幹部まで使いつぶすとは。
我が妹ながら、趣味の悪い。

「覚悟しろよぉ、クソ野郎ども……。五分でてめぇら全員、倒す!」

剣を構えて、茨木童子を睨み付けた。
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