×ぬら孫

どうしたことだろうか。
仕事の合間に、コンビニへとコーヒーを買いに出た。
オレの作るそれには遠く及ばないが、コンビニコーヒーと言うのは安くて美味い。
まあ、そんなどうでも良いことは置いておいて、その際に通り掛かった神社で、中学生を二人ほど、妖怪から助けた。
夏休みのこの時期、この大荷物であるところを見るに、二人はきっと観光客なのだろう。
4、5人の集団で来たらしい彼女達は、後続の奴らより早く階段を上りきったその隙に、2匹の妖怪に捕まってしまったらしい。
それをオレが助けた訳だが、さて、ここからが問題だった。
自分の目の前で、力なくぐったりと横たわる少女が二人。
つまり彼女達は、気絶しているわけである。

「さて、どうするかなぁ……」

首を傾げて、二人を見下ろす。
出来るだけ、他人に顔を見られたくはないという点においては、二人の気絶は喜ばしいのだが、このまま置いていけばまた妖怪に襲われて、今度こそは食われちまう。
……ふむ、今回ばかりは仕方ない。
二人を担いで、残りの奴らに届けてくるか。
まったく、いくら観光客で、京都の現状を知らないからって、日も完全に暮れてしまったこんな時間に、学生が彷徨いてんじゃねーっての。
背中と片手に担いだ少女二人は、妖怪の瘴気に当てられたのだろう、ぐったりしているが、少しの間でもオレの側に居れば、すぐに回復するだろう。
でも、なるべく早く起きてほしい。
この絵面は何と言うか、犯罪臭がする。
微妙な気分になりながら、少女達を担いで歩くオレの前に、それは突然現れた。
境内へと続く石畳の道を曲がった、その時、女の子が一人、悲鳴を上げながら転がるように駆けてくる。
その後ろを追うのは、さっきとは別の2体の雑魚妖怪。
まったく、日が沈んでいるとはいえ、まだ7時かそこらだって言うのに、もうこんなに妖怪が出始めているのか……。

「た、助け……!」

舌が上手く回らないのか、喉が上手く動かないのか、掠れた声で助けを求める少女を背中に庇う。
手が塞がっていると言うのに、タイミング悪いなチクショウ。
前に抱えていた黒髪の子を、逃げてきた子に押し付けて、懐から札をベタベタと張り付けた警棒を取り出した。
仕事の途中だから、これくらいのものしか持っていないのだ。
それに、警棒くらいなら見付かってもサツに捕まらないしな……!

「かかかっ!!そんな棒っ切れでこのオレ達が倒せるとでも思っているのかー!?」
「倒せるんだよなぁ、これがっ……!」
「なに……っ!?」

警棒を振るって、2匹一気に片付ける。
近くの妖気を探ってみたが、もうこの辺りには妖怪はいないようだ。
振り返って、逃げてきた子に話し掛ける。

「大丈夫か?怪我、ないか?」
「は……はいっ!」
「まったく、夜にこんなところを出歩いてたらダメだろう。この二人が起きたら、明るいところを通って帰れよ」
「ごめんなさい……。あの、あなたは……?」
「オレは……あー、すまん、仕事の途中だったんだ。すぐに戻らなきゃならん。じゃあなぁ」
「えっ!ちょ、ちょっと待ってくださ……」

しまった、助けた後の事考えてなかった。
慌てて仕事を口実にしてその場から逃げる。
女の子二人を地面に寝かせるってのは気が引けたが、この際四の五の言ってる暇はない。
最後に助けた子が、きっと二人を起こして逃げてくれるだろう。
オレはさっさと神社から脱け出して、仕事場に戻った。
さて、あと一時間で終わらせて、あの二人を迎えにいかなければならない。
今日は、第2の封印、相克寺が、乙女達に落とされる日である。


 * * *


「家長さん!よぉーく思い出して!皆のこと助けたやつ、どんな顔してたん!?」
「え、えーと……」

数十分後、花開院本家に連れていかれ、詳しい説明を受けた中学生……清十字怪奇探偵団は、ゆらを含めた花開院の面々から、尋問……もとい、事情聴取を受けていた。
九坂神社で、女子3人を助けた謎の男、花開院でもなく、妖怪でもない謎の人物の出現に、花開院家はにわかに慌ただしさを増していた。

「髪は何色やった!?」
「え……えっと、黒、だったよ?」
「……黒、か」
「髪の色がどうかしたのかい、ゆらくん?」
「いや、ちょっとこっちも色々あんねん!皆はあんま気にせんと、この家で大人しくしとってな!」

最近噂になっている、銀色、という人物とはまた別なのだろうか。
眉間にシワを寄せて呟いたゆらだったが、これ以上は聞くだけ無駄だろうと覚り、立ち上がる。

「どこ行くの?ゆらちゃん」
「まさか……」
「相克寺。今夜あたり……来るみたいなんや」

京都洛中の大部分に、妖気が満ちている。
らせんの封印も大分弱まった。
もう、相克寺も耐えられない。

「なんで逃げないの!?」
「そーよ!!ゆらちゃん中学生よ!?」
「……逃げた人もおるよ。自分の命を守る為にな。でも……、私らは花開院家の陰陽師や」

巻と鳥居の言うことも、考えなかったわけではない。
恐くないわけがなかった。
殺されるかもしれない。
それでも、ゆらが戦いの場に出向くのは……

―― 守るのは、京都

大好きな義兄の言葉が脳裏に浮かぶ。
守るのは京都。
そして、京都にいる、全ての人々。

「敵に……背を向けて逃げたら、あかんねん!!」

強く、言い放ったゆらに、学友達は何も言うことは出来なかった。
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