×ぬら孫

鹿金寺の池を囲む妖怪の群れ、その中心からは絶え間ない戦闘音が響き渡っていた。

「25匹!26匹!27匹!28匹ぃ!!ゔお゙ぉい!もっと強い奴ぁいねぇのかぁ!?このままじゃ全部倒しちまうぞぉ!!」
「んだよコイツ!滅茶苦茶つぇえ!!」

空中、水面、ありとあらゆる場所に結界の足場を作り、オレは跳ねるようにしてその場を動き回る。
結界に弾力を持たせているため、トランポリンでもしているかのような感じだ。
飛び跳ねながら、途中で擦れ違う妖達を切り裂いていく。
見覚えのある奴もいる、けれど、今更容赦をする気はない。
奴らは、人を、この醜くも愛しい街を傷付ける、オレにとっての害悪だ。

「48匹ぃ!!……っは、数だけは、クソほど多いなぁ、お゙い!」
「……ふっ、ふはは!やはりやりおるのぅ。ここまでとは、妾も思わなかったわ」
「す、すごい……!一人で、あんなに倒しておいて……あいつ、返り血一つ、ついてない……!」

花開院の天パーよ、解説助かるぜ。
雑魚妖怪を粗方戦闘不能にした後、再び花開院三人衆の前に立ったオレは、ニヤリと笑って、幹部勢へと剣の切っ先を向けた。

「よお、掛かってこねぇのかぁ?」
「……ハッ!良いぜ、俺が相手してやるよ、クソガキが!!」

やはり、真っ先に飛び出してきたのは茨木童子だった。
ニヤリと笑んで剣を構え直す。
そして飛び込んできた茨木童子の、ハサミのようになった刀を避けたその時、視界に別の凶器が映り、慌てて避ける。

「闇の聖母は貴様の死を、貴様の生き肝をお望みだ」
「しょうけらかぁ」

十字架型の槍を構えて、オレに向かうしょうけらに、更に口角を上げた。
幹部二人と戦うとなると、かなり厳しいかも知れねぇな。
久々の命の駆け引き。
背筋がぞくぞくと粟立つ。
ああ、やはりこの空気が、この戦場こそが、オレの居場所なのかもしれない。
……が、今の最優先はオレが戦いを楽しむ事ではない。
花開院の奴らをここから逃がすこと、なのだ。
当初の考えは、オレが妖怪達の目を引き付けている間に逃げてもらう、予定だったのだが、少し出るのが遅かったか、奴らはもう走る気力も無さそうだ。
かといって、式神融合を使うほどの時間的余裕はない。
さて、どうするか……。
隙を見て、チラリと三人の方を見る。
オレの視界に入ってきたのは、呆然とこちらを見る天パーとフード、二人に抱えられ何かを呟く秋房、そして、三人に近付く、気色の悪い、妖の影。

「やべ……お前ら逃げろぉ!」
「は……?」
「ま、雅次!後ろ!!」

結界を蹴って、三人の元へ駆け付けようとする。
しかしオレの行く手を、茨木童子のハサミ状の刀と雷が遮る。

「どけ!」
「ここを退いてほしいなら、この俺を倒して行けよ」

刀を弾き、紫紺を呼ぶ。

「人式一体!獣爪烈火ぁ!!」

腕が獣のように変わり、爪に狐火が灯る。
振るった腕から、炎の斬撃が飛ぶ。
刀を交差させ、防御の態勢を取った茨木童子が吹っ飛び、そして奴の居なくなった景色の中に、秋房の姿が見えた。

「おぬしの心の闇、見ぃつけた」
「あ、あぅぁあああああああああ!!」

次の瞬間、妖が秋房の首に傷を作って入り込んでいく。
耳を塞ぎたくなるような悲鳴。

「く、そがぁ……!!」

なぜ、なぜもう少しでも秋房達に注意を向けていられなかったのか!
過去をいくら嘆いたところで、今が変わることはないが、それでも嘆かずにはいられない。
茨木としょうけらが強かった、なんて言い訳にもならない。
秋房の中に消えていく妖に剣を向ける。
しかし一歩間に合わず、妖は完全に秋房の中へと入ってしまった。
完全に憑かれた……!
半分水に沈む秋房に、雨の炎を向ける。
鎮静の作用があるこの炎なら、あるいは妖を追い出せるかもしれない……。
しかしオレの目論見は、その結果を確かめることすら叶わなかった。
秋房へと走る炎を掻き消すかのように、狐の尾が伸びる。

「乙女ぇ……!!」
「ふふ、残念じゃったのぅ。こやつは妾達、京妖怪の手に落ちた……。おぬしの戦いぶりは見事じゃったが、もう勝つことは叶わぬだろう……」

狐の尾は、秋房を覆い隠すように巻き付き、その体を持ち上げる。
そして、オレと乙女の間には、茨木童子、しょうけらだけでなく、鬼童丸やがしゃどくろ、……そして狂骨が並ぶ。

「鮫弥……アタシは……アタシ……!」
「……チッ、秋房救出、失敗ってことかぁ。だがよぉ、まだ生きてるなら、可能性は、十分ある。ここは一度引くが、必ずまた来るぜ。……狂骨、羽衣狐、また会おう」
「あ……!」

ここまで敵が多くちゃ、コイツら守って、更に秋房助け出して、この妖の輪から脱出するのは、ちとキツい。
幸いにも、秋房はまだ死んじゃいない。
傷自体も、そう酷いものではない。
そして乙女は、面白いと思ったものは飽きるまで使う。
必ず、次の封印を落とす時に、秋房を使う。
次に会うまで、そう長くはないだろう。
まだ間に合う、大丈夫、まだ間に合う。
そう考えたオレは、残った花開院を両腕に抱え、口の中で小さく呪いを唱える。
奴らが乙女とオレとの間に入ってきたお陰で、後ろはがら空きになっている。
……わざと作った、隙なのだろう。
呪いを唱え終えると同時に、辺りに広がった煙が、オレ達の姿を覆い隠す。
鹿金寺の戦いは、そこで一旦、終わりを迎えた。
39/88ページ
スキ