×ぬら孫

伏見稲荷大社、柱離宮、龍炎寺、清永寺、西方願寺……8つの封印のうち、既に第四の封印までが解かれた。
陰陽師達は未だ、封印の守護を諦めていないようだった。
バカじゃねーの?と言う本音を吐き出すわけにもいかず、オレは奴らへの怒りをパソコンにぶつけていた。

「これ!これ!あとこれも買ってやる!」
「買いすぎではないのか?」
「妹への買い物だから良いんだよ!」
「むぅ……ストレス溜まっとるのぉ」

乙女とは喧嘩中だが、それでも大事な妹であることに変わりはないわけであるからして、オレはこれから陰陽師と戦うだの、子どもを産むだのと言っている妹に、兄として少しでも体に良いものを送ってやりたいとか思っているわけである。
だがそんなちょっとした兄心を、紫紺はわかってくれない。
じとっと紫紺を睨んで、大きなため息を一つ落とした。
マウスを弄っていた手を止める。

「乙女の奴、体壊したりしてねぇかな……」
「あの狐様が、そう簡単に体を壊すとは思えないなぁ」
「でも気になるしよぉ……」
「お前が仕事だの妖怪退治だので、酷くストレス溜めてるのはわかるが、もう少し落ち着いたらどうなんだ?」
「……お゙う」

ネットでの買い物に精を出すのも良いが、こんなことをしていてもどうにもならないことはわかっている。
乙女が今、寝起きをしている別宅に商品を届けるよう登録して、オレは立ち上がって伸びをした。
時刻はそろそろ午前7時を越える。
ああ、今日もオレの事を批判することしか脳ミソがない馬鹿と、面倒な仕事をしなければならないのか。
馬鹿と付き合うの、かったりぃな……。
仕事は休むつもりでいたのに、流石にこうなるとオレも辛い。
だが、じいさん一人に任せるなんてとても出来ないから、結局は手伝うしか道はないのだ。

「鮫弥様、そろそろお時間です」
「あ゙ー、今行く」

オレを呼ぶ柏木の声に返事をかえすと、オレは部屋を出た。
カレンダーを見て、ハッとする。

「……鹿金寺の襲撃、今日か」
『だからどうしたのだ?どうせまた、陰陽師があっさり殺られて終わりだろう』

石に入った紫紺の声に、ただ肩をすくめる。
確かにその通りである。


 * * *


そして色んな(面倒)事があって、お昼。
オレと柏木は、短い昼休憩の時間を使って鹿金寺へと来ていた。
産まれた時から京都に住んでいるオレだが、鹿金寺へと来たのは初めてだったりする。
と言うか、金閣寺じゃないんだな……。
生前に知っていた寺の名前とは、ちょこちょこ違う名前ばかりだ。
ビカビカの金色ばかりの寺をぼんやり見ながら、少しの間目を閉じて、寺に満ちる妖気を探る。
昼間だから薄いが、寺一面にしっかりバッチリと妖気が満ちている。
今夜には乙女達が来て、この寺を守る陰陽師を殺すだろう。
まあ、オレには関係のない話、だろうが。
逃げてしまえば良いものを。
せめて集団でかかれば、まだなんとかなるかもしれないのに。

「……あれ?」
「鮫弥様?如何なさいましたか?」

オレの聴覚の中に、どこかで聞いたことのある声が入ってきた。
誰の声、だっただろうか……。
目を開けて、周囲を見渡す。
オレのいる場所の少し前、鹿金寺を囲む池の間際に、3人の少年が立っている。
その内の一人を……前に見たことがあるような気がして、オレはゆっくりと彼らに近付いた。
色素が薄い、不思議な色合いの長髪、優しそうな面立ち、落ち着いた空気。

「あー……花開院秋房……だったっけ?」
「……え?」

やっと思い出した名前を呼ぶと、驚いて目を見開きながら、彼が振り返った。
昔、俺が竹刀を買いに行ったときに出会った少年、それが花開院秋房だった。
と言っても、その後は一度も会っていないから、相手が覚えているかどうかはわからない。
そういえば、オレが初めて会った花開院は彼だったか。
あの時はお互いに子供だったが、秋房は立派に成長していた。

「えー……っと、申し訳ないけれど、どこかでお会いしましたか?」
「え?あー……もう随分昔のことだけど、あんたに竹刀選んでもらったんだぁ」
「……もしかして、だけど……鮫弥君?」
「!覚えてたのか!?」
「勿論だ!いつか剣道の試合をしようと約束した……はずだったよね?」
「したした!そうか……覚えててくれたんだな……」

目を輝かせてオレの名前を言ってみせた秋房に、流石に驚いてオレも目を見開く。
大きな目をキラキラと輝かせるその様子は、いつかの頃と全然変わっていなくて、オレは差し出された彼の手を力強く握った。
一度会ったきりなのに、名前まで覚えていてくれるとは……嬉しい。

「まさか、こんなところで会うとは思わなかったよ……。それにしても……スーツを着て鹿金寺に……何の用があったんだい?」
「あーいや、たまたま家の手伝いの途中に近く通ったから、休憩がてら観光、っつーのかな……。お前は?」
「私は……まあ、家業の手伝いでね」

お互いに、ここにいる理由については曖昧に濁して答える。
他の二人を見ると、どうやら彼らも陰陽師らしく、(陰陽師に会うことが少ないから正確にはわからないが)彼ら3人はかなり実力が高そうだった。

「……その、鮫弥……君、今日の夜はここの近くにいるのか?」
「いや、今日はやることやったら家に帰る。……何かあるのか?」
「あ!いや、何でもない!それならそれで良いんだ!最近この辺りは物騒だから、夜には出歩かないように気を付けてくれ」
「……秋房も気を付けろよ?」
「え?あ、ああ……」

そんな彼の発言や、今日、この鹿金寺に居たことから、何となく、想像できた未来。
秋房に手を振って別れ、道を歩いている間、オレは紫紺と小声で会話をしていた。

「アイツら、今夜あそこで戦うつもり、なのかな……」
『かもしれぬな。ならばどうする?奴らだけ助けるのか?』
「……秋房には、借りがある」
『自分勝手な奴だなぁ』
「わかっている。これはオレのエゴだぁ。でも……」

友人の命くらいは救ってやりたい、そう思ってしまった。
あの死に様を経て、生まれ変わったのだから、少し位の我が儘を言ったって、良いだろう?

「鮫弥様、もうお話は宜しいので?」
「うん、大丈夫。さあ、帰って仕事だぁ」

それが終わったら、自分勝手すぎる人助けを。
長い一日になりそうだと、心の中で一人ごちた。
37/88ページ
スキ