×ぬら孫

最近、乙女と会っていない。
まあ、あんな感じで喧嘩したんなら、当たり前かもしんねぇけど。
乙女は今、京都市内にある別宅で生活しているらしいのだが、そこを訪ねる気もない。
そしてオレは今日も、夜の京都を歩く。
今夜の目的地は柱離宮。
昼間には隙を見て、花開院の本家に伝書鳩ならぬ伝書カラスを送ってみたりしたのだが……、どうやら妖怪達から逃げる気はないらしい。
人員の無駄遣いだ。
ただの人が、妖怪に……それも数多の大妖を従える主に、勝てるわけがないのに。

「あのガキ、死ぬぞ。本当に助けないで良いのか?」
「忠告はしたんだぁ。それでもここに来た、なら、死ぬのは自業自得だし自己責任だろぉ」
「なるほど、お前の言う通りだ。……まあ、伏見の守護者も見殺しにしたのだし、どちらにしろ今更な質問だったなぁ」

柱離宮の守護者の生死を見届ける気はない。
だが、オレは柱離宮に向かう気だった。
用事があるのだ、……乙女に。
いつものように、3体のリングアニマル達を放ってから、オレはのんびりと柱離宮へ歩き出したのであった。


 * * *


「ゔあ゙っ……ぁああぁあああぁぁ!!!!!」

恐怖に引き攣る男の顔。
肉を断つ音。
それら全てを、群れる妖怪達の死角から隠れ見ていた。
男が死に、乙女が封印の杭に手を伸ばした瞬間、オレは奴らの前、封印の杭の上に姿を見せた。
ざわりと、奴らの間に緊張が走る。
ただ一人、乙女だけは、至極愉しそうな顔をしてオレを見ていた。

「思っていたよりも、来るのが遅かったのう、鮫弥?」
「……はっ、仕事が忙しかったんでなぁ。どっかの馬鹿が親父を殺したせいで、全部の仕事がこっちに回ってきやがったぁ」
「それはそれは……難儀なことじゃ」

クスクス上品に笑う乙女に対して、オレは歯を剥き出してにぃっと笑う。
どっちが悪役だかわかんねぇな、これじゃ。
前世でもよく、悪人面とか言われたっけ。

「乙女、今日は久々に話をしに来たぁ」
「妾はお主に話すことなどない」
「そう言うなよ、兄妹だろぉ?」
「……」

オレの言葉を聞いた乙女は、酷く不快そうな顔をしていた。
まったく、傷付くな、そんな顔をされるなんて……。
苦笑を浮かべながら、オレは話を始める。

「乙女、前にも言ったと思うけどよぉ、お前が子ども産むことは、別に反対しねーよ、むしろ応援する」
「……」
「ならなんで羽衣狐の出産の邪魔をする?テメー、言ってることとやってること、メチャクチャじゃねぇか」

反応しない乙女を差し置いて、不機嫌さを露に応えたのは茨木童子だった。
お前には話してねぇっての……。
まあ誰にも反応されないよりはマシか。

「鵺ってのの出産は、賛成だぁ。だが、鵺を産むために関係のねぇ人間を襲うことには反対だぁ」
「はあ?」
「だから、テメーらの事を、ぶん殴ってふん縛って、どてっ腹に穴ぶち開けてでも止める」
「過激じゃのう、お主……」

呆れた様子の乙女だけど、そうでもしねぇとお前らは止まらねぇだろーが。
オレはスタンと地面に降りると、真っ直ぐ乙女を指差して宣言した。

「宣戦布告だぁ、京妖怪どもぉ。京都侵攻の邪魔はしねぇが、人に仇なす野郎共には鉄拳制裁下してやる!人を襲うときには覚悟しなぁ……。きっちり丁寧に三枚に卸してやらぁ」
「……なるほどの」

指差した先にいる乙女は、冷たい笑みを浮かべてオレを見下したように睨んだ。
ぞわりと背筋が粟立つような冷笑、本能を掻き立てられるような殺気、臓器を捕まれるような畏……。

「妾と……この羽衣狐と、正々堂々真正面から敵対する、と言うことか。良い、良い。お主がそこまで言うのなら、良いじゃろう。妾も本気で、お主の相手をしてやる。お主の生き肝も、妾が喰らってやる。……ここから、無事に出られると思うなよ、鮫弥……!」

妖怪達が武器を取り出すのを見ながら、オレは笑みを深めた。
コイツらみてぇな猛者と戦うのも悪くない……が、今はそんな場合じゃねーな。
オレは短く、紫紺の名を呼ぶ。

「紫紺!」
『応』

使うのは式神融合術。
その名は……

「『千姿万態』フォルム・イェーガー」
「なっ……!」

復讐者のイェーガーに化け、夜の炎を使う。
バミューダでも良かったんだけど……大きな声じゃ言えねぇが、あいつの姿はちょっと滑稽だ……。
妖怪どもに強く印象付けるには、イェーガーの外見のが向いている。

「じゃあな、また会おうぜ乙女」

乙女の返事は聞かずに、その場を去った。
一瞬だけ、乙女の側にいた狂骨の、淋しそうな顔が見えた気がした。
黒い炎が視界を覆い、次の瞬間には人気のない住宅街に、式神融合を解いた状態で立ち尽くしていた。
これで、完璧に乙女達京妖怪とは、敵対することになる。
言葉通り、奴らは本気で殺しに掛かってくるだろう。
でも、死んだりなんて……、殺されたりなんて、絶対にしない。
そんな悲しいことは、させない。

「朝まで、まだ長いが、行くぜ紫紺」
『あいわかった』

紫紺の返事を聞いて走り出す。
今晩も京都の町は、闇の者達が騒がしい。
オレは静かに、ひたすらに静かに、奴らを狙って走り続けた。
35/88ページ
スキ