×ぬら孫

「……兄妹で、こうして歩くのも久々だなぁ。もうだいぶ長い間、お前と二人っきりになってなかった気がする」
「言われてみれば、そうかもしれぬ。……なあ、鮫弥。この道はずっと昔、とても美しい桜が咲いていてのう」
「そうなのか……」
「……もう、400年以上、昔の話じゃ。妾は何百年もの時を経て転生する転生妖怪。その始まりは、千年前の京であった」

二人で歩く、夜の京都。
乙女は、自分が転生を繰り返す事になった切っ掛けを話してくれた。
鵺の事も、京妖怪の宿願の事も。

「『鵺』とは、通称じゃ。『晴明』……それが本当の名。妾の……子の名じゃ」
「……少し前、鬼童丸に問われた。『やがて生まれ来る『鵺』の為に』その力を振るえるか、と。お前が転生をしているのは、もしかして……」
「鵺を……我が子を、もう一度産む。その為に幾度もの転生を繰り返し、妾は力を溜めてきた。今生こそ、晴明を産む。だから、邪魔をしてくれるな鮫弥。妾は……まだお主を殺しとうないのじゃ」
「……人を殺して、胆を食らって、そんな事をして溜めた力で、マトモな子が産まれると思うのか?」
「どんな手を使っても、あの子を産む」

『あの子を産む』そう言った乙女が、余りにも苦しそうな、それでいて凛としていて、オレは苦笑しながら、その細い体を抱き締めた。

「どうしたのじゃ?」
「……母親って強いんだな」
「突然何を……」
「オレには、母親の記憶はないんだ。今も、昔も……」
「……そうであったか」

もう一度、我が子に会う。
その為だけに、遥か千年の時を生きて来たなんて。

「お前が、もう一度子供に会いたいと思う、気持ちは、わかってるつもりなんだ」
「ならば、大人しく見ていろ。お主とは、花開院の陰陽師どものように、敵対したくはないのだ」
「……出来るなら、そうしたいよ。でもなぁ乙女、それは、人を傷付ける理由にはならねぇよ。それに、人の憎悪を糧にして産まれてきた人間が、正常な精神を保てるとも思えない。そうして生まれた子は、本当にお前の子どもなのか?幾百の怨念と、苦しみにまみれて生まれた子は、果たしてお前の知っている子でいられるのか?オレはその男の事を知らねぇが、それでも、お前に言う。今のお前は、間違っている」
「鮫弥……」
「人を食らわずとも、力を溜める方法はきっとある。お前がそうして人を殺して、子を産もうとしているのを、オレは許すことは出来ない」

抱き締めていた乙女の体を離して、しっかりと目を合わせる。
オレだって、男の振りをしていたとしても、女なんだ。
子を産んだことはない。
それでも、母として、我武者羅に子を産むために動く気持ちを、理解することは出来る。
そしてオレは、乙女にとっては部外者だからこそ、その行動が間違っていると言える。

「乙女、お前は間違っている。だから、今すぐこんなこと……罪のない、何の関わりもない人間を、無闇に傷付ける事は、やめてくれ」
「……ならぬ。妾はもう一度晴明に会うのじゃ。だから鮫弥、頼むから、妾の前から退いておくれ」
「出来ない」
「鮫弥……」
「出来ない……!」
「ならばここで食らってくれる!!」
「乙女……!」
「っ!!」

ざわりと空気が揺れた。
乙女が、妖怪の本性を出そうとしている事を察して、オレは、気付けばオレは、その白い頬を平手で打っていた。
じんじんと手が痺れている。
乙女の頬が、次第に紅くなって行くのを見て、ハッとした。

「お、とめ……?悪い……オレ……!」
「……帰る。もう二度と、妾の前に姿を現すな」
「待っ……乙女!!」

オレの手から、乙女は離れていく。
闇に溶けていくように姿を消して、冷たく別れを言い放って、見えなくなった。
オレの手は行き場を失い、宙をさ迷う。

「っ……くそ……!」

近くの塀に拳を打ち付け、オレはただ一人、その場に立ち尽くすばかりだった……。
31/88ページ
スキ