×ぬら孫
時は巡って、オレは高校3年生。
乙女は高校1年生。
「……学校に来ていない、ですか」
「はい。乙女さんは最近ほとんど学校にいらっしゃらず……、何か悩み事でもあるのかとも思ったのですが、何もないとおっしゃるばかりで……。お兄様は何かご存知ありませんか?」
「……いいえ、残念ですが何も」
高校に入った乙女は、入学の5か月後には不登校になっていた。
帰っていく担任教師を見送り、オレは応接間のソファにごろりと横たわる。
重たくため息を吐くと、ティーカップを片付けていた柏木が労ってくれた。
「だいぶ、お疲れのようですね」
「……そうでもない。ただ、悩んでいる」
「……乙女お嬢様の事、ですね」
「ん゙……アイツ、今日も出掛けているんだろう?」
「はい」
高校には行かないで、乙女はずっと外を彷徨いている。
どこにいるのか、何をしているのか、わからない訳ではない。
オレの力は何も、式神や死ぬ気の炎だけではない。
「乙女お嬢様は現在、京都郊外の教会にいらっしゃるようです」
「……しょうけらか」
「え?」
「いや、何でもない」
GPSというものの存在を、乙女は知らないだろう。
そう言うの興味なさそうだからなぁ。
だからオレ達が、アイツの居場所を把握していることは、きっと知らないはずだ。
しかししょうけらの所にいるのなら、また何か悪巧みでもしているのかな。
あの……鵺、とか言う妖怪の事、とか。
「お嬢様には、鬼崎の家の娘だという自覚が足りません!もし誘拐でもされたら……」
「あはは、それは平気だろう。アイツの周りには、強い仲間がたくさんいる。オレ達が心配するだけ無駄なんだろう」
「鮫弥様……そんな哀しいこと、おっしゃらないでください……」
「……ここしばらく、アイツの顔も見れていない。兄貴失格、心配する資格もない……」
元から、分かり合えてなんていなかった。
でも最近は特に、アイツの事が見えなくなってしまっている。
「鮫弥様はこんなにも、乙女お嬢様の事を心配しておられます。失格なんて……そんなわけありません」
「そうだと、良いなぁ……」
乙女と、話したい。
高3になって、オレは更に忙しくなった。
大学には行かずに、会社に入れ、なんて無茶を言われたもんだから、色々しなければならない事が多いのだ。
まあ、学力的には何の問題もないというか、海外の大学に入れ、と言われたのを拒否したから、仕方ないのかもしれないけれど。
それから、乙女に会う時間は、目に見えて減った。
今、アイツが何を見ているのか、何を考えているのか、オレにはもう、よくわからない。
話したい。
その願いは、思いの外早く、叶うこととなったのだった。
* * *
「……乙女?」
「お主……鮫弥か?何故ここに……」
「それは……それはこっちの台詞だぁ。こんなところで、何をしている!?」
あの後、オレは少し用事が出来て、外に出ていた。
その帰り、風に当たりたくて歩いて帰っていた。
そんな時、乙女に出会った。
ただバッタリ会ったんじゃない。
『血の匂いのする方へ歩いていったら』彼女に出会ったのだ。
「その女の子を、お前は、殺したのか?」
「さて、どうかのぅ」
「惚けるな」
乙女は、血塗れのまだ中学生くらいの少女の体を抱えて、誰もいない道に立ち尽くしていた。
その少女を一目見れば、既に命が無いことがわかった。
「何故、殺したぁ」
「必要なことだった。妾は力を溜めねばならん」
「そんな、曖昧な説明でオレが納得すると思うのか!?」
「納得してもらわねば困るのだ、人の子」
「……鬼童丸、だなぁ?他にも、かなりの数がいる……」
オレが一歩、乙女に近付こうとした時、幾つもの殺気が向けられて、オレは足を止めた。
数多の鬼に囲まれている。
その中に狂骨の姿を見付けて、オレは力無く微笑みを浮かべた。
「鮫弥……私……」
「狂骨も、人を殺すのか?」
「……殺すわ、お姉様の、為だもの」
「妖怪は人を食らう。何年も羽衣狐と共にいて、今更そんな事にショック受けてんのか?」
「テメーには聞いてねぇよ、茨木童子」
「んだと!?」
オレの言葉にカッとしたらしい茨木童子が、刀を構える。
だが乙女がそれを止めた。
「待て、茨木童子」
「……乙女、オレは昔言ったな。お前が誰かを殺そうとする度に、オレは理由を問う、と」
「言っていたのう」
「もう一度、聞く。何故、お前はその少女を殺したぁ?オレが、納得いくように、説明してみせろ……!」
手のひらが、じんじんと痺れている。
爪が食い込んで、傷付いてしまっているのだろう。
乙女はオレの顔をまじまじと見詰めた後、周りの妖達に言った。
「妾は鮫弥と歩いて帰る。お前達、今日は二人きりにしておくれ」
「……その子供に、何を話すつもりです」
「全てじゃ。こやつの誠意に、妾は答えねばならぬ。……約束も、破ってしまったしの」
「……貴女が望むのならば、仕方がない」
鬼童丸や、茨木童子が退いていく。
最後に狂骨が、名残惜しげに去っていくのを見送って、乙女はオレを見上げた。
「さあ、帰ろうぞ、鮫弥」
「……ああ、帰ろう、乙女」
オレ達は二人並ぶと、ゆっくりと道を歩き出した。
乙女は高校1年生。
「……学校に来ていない、ですか」
「はい。乙女さんは最近ほとんど学校にいらっしゃらず……、何か悩み事でもあるのかとも思ったのですが、何もないとおっしゃるばかりで……。お兄様は何かご存知ありませんか?」
「……いいえ、残念ですが何も」
高校に入った乙女は、入学の5か月後には不登校になっていた。
帰っていく担任教師を見送り、オレは応接間のソファにごろりと横たわる。
重たくため息を吐くと、ティーカップを片付けていた柏木が労ってくれた。
「だいぶ、お疲れのようですね」
「……そうでもない。ただ、悩んでいる」
「……乙女お嬢様の事、ですね」
「ん゙……アイツ、今日も出掛けているんだろう?」
「はい」
高校には行かないで、乙女はずっと外を彷徨いている。
どこにいるのか、何をしているのか、わからない訳ではない。
オレの力は何も、式神や死ぬ気の炎だけではない。
「乙女お嬢様は現在、京都郊外の教会にいらっしゃるようです」
「……しょうけらか」
「え?」
「いや、何でもない」
GPSというものの存在を、乙女は知らないだろう。
そう言うの興味なさそうだからなぁ。
だからオレ達が、アイツの居場所を把握していることは、きっと知らないはずだ。
しかししょうけらの所にいるのなら、また何か悪巧みでもしているのかな。
あの……鵺、とか言う妖怪の事、とか。
「お嬢様には、鬼崎の家の娘だという自覚が足りません!もし誘拐でもされたら……」
「あはは、それは平気だろう。アイツの周りには、強い仲間がたくさんいる。オレ達が心配するだけ無駄なんだろう」
「鮫弥様……そんな哀しいこと、おっしゃらないでください……」
「……ここしばらく、アイツの顔も見れていない。兄貴失格、心配する資格もない……」
元から、分かり合えてなんていなかった。
でも最近は特に、アイツの事が見えなくなってしまっている。
「鮫弥様はこんなにも、乙女お嬢様の事を心配しておられます。失格なんて……そんなわけありません」
「そうだと、良いなぁ……」
乙女と、話したい。
高3になって、オレは更に忙しくなった。
大学には行かずに、会社に入れ、なんて無茶を言われたもんだから、色々しなければならない事が多いのだ。
まあ、学力的には何の問題もないというか、海外の大学に入れ、と言われたのを拒否したから、仕方ないのかもしれないけれど。
それから、乙女に会う時間は、目に見えて減った。
今、アイツが何を見ているのか、何を考えているのか、オレにはもう、よくわからない。
話したい。
その願いは、思いの外早く、叶うこととなったのだった。
* * *
「……乙女?」
「お主……鮫弥か?何故ここに……」
「それは……それはこっちの台詞だぁ。こんなところで、何をしている!?」
あの後、オレは少し用事が出来て、外に出ていた。
その帰り、風に当たりたくて歩いて帰っていた。
そんな時、乙女に出会った。
ただバッタリ会ったんじゃない。
『血の匂いのする方へ歩いていったら』彼女に出会ったのだ。
「その女の子を、お前は、殺したのか?」
「さて、どうかのぅ」
「惚けるな」
乙女は、血塗れのまだ中学生くらいの少女の体を抱えて、誰もいない道に立ち尽くしていた。
その少女を一目見れば、既に命が無いことがわかった。
「何故、殺したぁ」
「必要なことだった。妾は力を溜めねばならん」
「そんな、曖昧な説明でオレが納得すると思うのか!?」
「納得してもらわねば困るのだ、人の子」
「……鬼童丸、だなぁ?他にも、かなりの数がいる……」
オレが一歩、乙女に近付こうとした時、幾つもの殺気が向けられて、オレは足を止めた。
数多の鬼に囲まれている。
その中に狂骨の姿を見付けて、オレは力無く微笑みを浮かべた。
「鮫弥……私……」
「狂骨も、人を殺すのか?」
「……殺すわ、お姉様の、為だもの」
「妖怪は人を食らう。何年も羽衣狐と共にいて、今更そんな事にショック受けてんのか?」
「テメーには聞いてねぇよ、茨木童子」
「んだと!?」
オレの言葉にカッとしたらしい茨木童子が、刀を構える。
だが乙女がそれを止めた。
「待て、茨木童子」
「……乙女、オレは昔言ったな。お前が誰かを殺そうとする度に、オレは理由を問う、と」
「言っていたのう」
「もう一度、聞く。何故、お前はその少女を殺したぁ?オレが、納得いくように、説明してみせろ……!」
手のひらが、じんじんと痺れている。
爪が食い込んで、傷付いてしまっているのだろう。
乙女はオレの顔をまじまじと見詰めた後、周りの妖達に言った。
「妾は鮫弥と歩いて帰る。お前達、今日は二人きりにしておくれ」
「……その子供に、何を話すつもりです」
「全てじゃ。こやつの誠意に、妾は答えねばならぬ。……約束も、破ってしまったしの」
「……貴女が望むのならば、仕方がない」
鬼童丸や、茨木童子が退いていく。
最後に狂骨が、名残惜しげに去っていくのを見送って、乙女はオレを見上げた。
「さあ、帰ろうぞ、鮫弥」
「……ああ、帰ろう、乙女」
オレ達は二人並ぶと、ゆっくりと道を歩き出した。