×ぬら孫
高校、という場所に通うのは、実は初めて、だったりする。
乙女の中学入学から1年経ち、オレは晴れて高校1年生となった。
乙女を一人残して中学を去るのは、色々な意味で――変な男に言い寄られたりしないかとか、逆に周りの人間食べちゃったりしないかとか、それこそ色々な意味で、心配はしているのだが、ああ見えて乙女は、約束とか貸し借りには几帳面だし、女生徒達の信仰が厚すぎて、今や乙女は近付くことさえ憚られるほどの大物になりつつある。
学校では結構、態度が地に戻ってるところあったしなぁ……。
とにもかくにも、オレは高校に進学し、そしてそこで聞き覚えのある姓の男を見付けた。
「……花開院、って、あれだよなぁ。陰陽師一族の……」
『花開院は芦屋道満を祖とする陰陽師の一族だぞ。鮫弥、お主花開院を知っておったのか』
「1度、花開院姓の者と会ったことがある。まあアイツは、秋房と比べるとなんと言うか……悪役っぽい顔してるけどなぁ」
入学式の席で聞こえた名前に、オレと紫紺はごく小さな声で会話を交わす。
オレ達の眺める先にいるのは、花開院竜二という名の男だった。
悪役顔、という言葉がこれ以上なくハマる、高校1年生にしてそんな悲しい性を背負った奴であった。
「紫紺、お前アイツにバレて滅されたりとか、すんじゃねーぞ?」
『いくら我でもそんなへまはせん。そもそも、大まかな妖気が辿れたとしても、他人の式神を正確に捉えることは難しい。我が見付かるなど、到底有り得ない』
「なら良いけど?」
実を言えば、陰陽師と高校で遭遇することは、全く予想していなかった訳ではない。
この高校は花開院本家から遠くないし、あそこの家は結構若い衆も多いから、同学年の奴がいてもおかしくない、とは思っていた。
流石にクラスまで同じにはならなかったけど……。
「上手くやらねぇとな」
こそりと呟いた言葉に、紫紺の気配が同意を示したのを感じた。
* * *
「――……新入生代表、鬼崎鮫弥」
スッと礼をして壇上を降りた少年に、盛大な拍手が送られる。
オレだけはそいつを、胡散臭げに見ているだけだったが。
今日は面倒なことに、高校の入学式。
少しサイズの大きい制服に着られているオレを、遠くから母親が応援しているのに気付き、オレは更に陰鬱な気分になる。
こう言う華やかな式典の場は嫌いだ。
特に、自分が年齢を重ねたことを実感してしまうようなものは。
そんな場で、カメラのフラッシュに晒され、あんないけ好かない野郎のスピーチを聞かされ、正直今すぐにでも帰りたいと思うのは、仕様のないことだろう。
何かを意識していたわけではないが、ふっと顔をあげたその時、オレの視線と、いけ好かない野郎……鬼崎とか言う奴の視線が交わった。
「……チッ」
相手が柔らかく笑ったのを見て、思わず舌打ちをする。
世間の汚いものを何にも知らずに育ってきたみたいな、あんなぼんぼんは気に食わない。
例えどんなに愛想が良くても、例えどんなに金持ちを鼻に掛けていなくても、自分の輝かしい人生がいつまでも続いていくとでも思っているような、あの笑顔が気に食わない。
「えーと……花開院?だよな。ハンカチ、落としたよ」
だから、そいつがオレの落としたハンカチを届けてくれたとしても、オレはやっぱり不機嫌に対応した。
「……そうか」
「どうぞ」
「……ふん」
「あの……オレ何か、したか?」
「別になんでもない」
そう?なんて抜かす野郎の周りを取り囲む、猿みたいに喧しい女どもが、オレを睨み付けてくるが、オレは無視して野郎の手からハンカチを引ったくるように受け取り、その場から立ち去った。
ムカつく奴。
だが同時に不思議に思うことがあった。
あの野郎はあんなにたくさんの人に周りを囲まれていたのに、何故離れた場所にいたオレがハンカチを落としたことに気付いたのだろう。
……オレを見ていた?
いやそんな……有り得ないな。
重たいため息を吐いて、あの野郎と、それを囲む喧しい声から少しでも離れるべく、オレは脚を動かしたのだった。
乙女の中学入学から1年経ち、オレは晴れて高校1年生となった。
乙女を一人残して中学を去るのは、色々な意味で――変な男に言い寄られたりしないかとか、逆に周りの人間食べちゃったりしないかとか、それこそ色々な意味で、心配はしているのだが、ああ見えて乙女は、約束とか貸し借りには几帳面だし、女生徒達の信仰が厚すぎて、今や乙女は近付くことさえ憚られるほどの大物になりつつある。
学校では結構、態度が地に戻ってるところあったしなぁ……。
とにもかくにも、オレは高校に進学し、そしてそこで聞き覚えのある姓の男を見付けた。
「……花開院、って、あれだよなぁ。陰陽師一族の……」
『花開院は芦屋道満を祖とする陰陽師の一族だぞ。鮫弥、お主花開院を知っておったのか』
「1度、花開院姓の者と会ったことがある。まあアイツは、秋房と比べるとなんと言うか……悪役っぽい顔してるけどなぁ」
入学式の席で聞こえた名前に、オレと紫紺はごく小さな声で会話を交わす。
オレ達の眺める先にいるのは、花開院竜二という名の男だった。
悪役顔、という言葉がこれ以上なくハマる、高校1年生にしてそんな悲しい性を背負った奴であった。
「紫紺、お前アイツにバレて滅されたりとか、すんじゃねーぞ?」
『いくら我でもそんなへまはせん。そもそも、大まかな妖気が辿れたとしても、他人の式神を正確に捉えることは難しい。我が見付かるなど、到底有り得ない』
「なら良いけど?」
実を言えば、陰陽師と高校で遭遇することは、全く予想していなかった訳ではない。
この高校は花開院本家から遠くないし、あそこの家は結構若い衆も多いから、同学年の奴がいてもおかしくない、とは思っていた。
流石にクラスまで同じにはならなかったけど……。
「上手くやらねぇとな」
こそりと呟いた言葉に、紫紺の気配が同意を示したのを感じた。
* * *
「――……新入生代表、鬼崎鮫弥」
スッと礼をして壇上を降りた少年に、盛大な拍手が送られる。
オレだけはそいつを、胡散臭げに見ているだけだったが。
今日は面倒なことに、高校の入学式。
少しサイズの大きい制服に着られているオレを、遠くから母親が応援しているのに気付き、オレは更に陰鬱な気分になる。
こう言う華やかな式典の場は嫌いだ。
特に、自分が年齢を重ねたことを実感してしまうようなものは。
そんな場で、カメラのフラッシュに晒され、あんないけ好かない野郎のスピーチを聞かされ、正直今すぐにでも帰りたいと思うのは、仕様のないことだろう。
何かを意識していたわけではないが、ふっと顔をあげたその時、オレの視線と、いけ好かない野郎……鬼崎とか言う奴の視線が交わった。
「……チッ」
相手が柔らかく笑ったのを見て、思わず舌打ちをする。
世間の汚いものを何にも知らずに育ってきたみたいな、あんなぼんぼんは気に食わない。
例えどんなに愛想が良くても、例えどんなに金持ちを鼻に掛けていなくても、自分の輝かしい人生がいつまでも続いていくとでも思っているような、あの笑顔が気に食わない。
「えーと……花開院?だよな。ハンカチ、落としたよ」
だから、そいつがオレの落としたハンカチを届けてくれたとしても、オレはやっぱり不機嫌に対応した。
「……そうか」
「どうぞ」
「……ふん」
「あの……オレ何か、したか?」
「別になんでもない」
そう?なんて抜かす野郎の周りを取り囲む、猿みたいに喧しい女どもが、オレを睨み付けてくるが、オレは無視して野郎の手からハンカチを引ったくるように受け取り、その場から立ち去った。
ムカつく奴。
だが同時に不思議に思うことがあった。
あの野郎はあんなにたくさんの人に周りを囲まれていたのに、何故離れた場所にいたオレがハンカチを落としたことに気付いたのだろう。
……オレを見ていた?
いやそんな……有り得ないな。
重たいため息を吐いて、あの野郎と、それを囲む喧しい声から少しでも離れるべく、オレは脚を動かしたのだった。