×ぬら孫

美しく咲き乱れる桜、その木の下には屍体が埋まっていると言う。

『そんな伝承があるのか?』
「伝承……と言うか、とある作家がそんな話を書いてるんだぁ。綺麗な桜の木の下には死体が埋まっていて、その死体の養分を吸っているから、その桜は綺麗なんだってなぁ」

《桜の木の下には》と言うタイトルと、梶井基次郎と言う名前を聞いたことのない人間でも、『桜の木の下には屍体が埋まっている』という都市伝説的な話は聞いたことがあるのではないだろうか。
読んでみれば、その話は酷くぶっ飛んでいて、その癖どこか中毒性のある話なのだが、この立ち並ぶ美しい桜の木の下に、どろどろに腐った屍体が埋まっているのだと考えれば、ゾッと背中を走るおぞましさと、それでいて喉を震わせるような背徳的な美しさを感じる、ようにも思う。

「梶井基次郎って作家なんだがなぁ、桜の下に屍体が埋まってるとか言い出したり、丸善にレモン爆弾置いてきたりって……なんか印象に残る作家なんだよなぁ」
『面白そうだなぁ、我も読みたい』
「あん?じゃあ今度買ってきてやるよ」

オレはまさに今、桜の木の下から這い出してきたゾンビを蹴って吹っ飛ばし、同時に空から落ちてきた鳥の妖怪の脚を掴んで振り回す。
時刻は深夜1時。
満月が照らす学校の校庭で薄紅の桜に囲まれながらオレ達は妖退治に勤しんでいた。
それもこれも、原因は乙女にある。


 * * *


「妾も学校というところに行ってみたいと思うのじゃ」
「……なに?」
「この四月から、妾も中学生になる」
「……どういう、心境の変化だぁ?」
「なに、妾も人の世を体験してみたいと思うてな」
「……学校は良いが、」

ある日の夜、突然乙女が告げた言葉に、オレは戸惑うばかりだった。
乙女が学生?
いや、まあ学力的には(家庭教師陣とオレの苦労のお陰で)なんら問題はない。
だがこいつは常に夜型で、朝早く起きてるところなど見たことがないし、協調性なんてモノは欠片も持ち合わせていない。
何年間と兄として過ごしてきた、このオレが保証する。

「乙女、良いか?学校は家と違ってお前の言うこと何でも聞いてくれる訳じゃねえし、決められた時間に決められた事をしなけりゃならねぇ。遅刻も無断欠席もダメだぜ。もちろん、殺しなんてもっての他だ」
「そんなこと、妾が知らぬとでも思っているのか?」
「……妖怪の子分どもを学校に連れていくのもダメだぜ?」
「なに!?」
「当たり前だバカ」

あんな血の気の多い野郎共を連れていったりしたら、何しでかすかわかりゃしねぇ。
だいたい、奴らのうちの何人かとは面識あるから、気まずいことこの上ねぇし。

「……オレと3つ、約束が出来るなら学校に行っても構わない」
「ほう、約束とな?」
「ああ。まず、学校の人間に危害を加えないこと」
「……まあ、妾は守ろう。妾は、な」
「あ゙ー……今はまあ、それでいいや。で、次に、授業を真面目に受けること」
「うむ、守ろう」
「そして最後に、その日学校であったことをオレに話すこと」
「む……?構わぬが、それは必要なのか?」
「必要だ。学校に行き始めたら一緒に話す時間も減るだろうしな……。二人で話せる時間、ほしいなーってな」
「……ふふん、そのように可愛い事を言われては、その約束、守らぬわけにはいかぬな」

乙女はクス、と笑うと、オレの頬に手を当てて顔を近付ける。

「背が伸びても、お主は変わらず、妾の傍に居続けるつもりなのだな」
「あ?当たり前だろそんなの」
「いつか、お主の胆を食らうとしても、その気持ちは変わらないのか?」
「……食わせるわけねぇだろぉ。兄殺しなんて、良いことねぇぞぉ。何より、オレなんて食ったら、腹壊すぜぇ」
「そうかのう?お主も、可愛い妹の力になれるのならば、本望ではないのかえ?それにお主は、とっても美味しそうじゃ」
「んなわけねぇだろ。オレだって死にたかねぇよ」

こつ、と額がくっつく。
どちらからともなく、笑い始めた。
そんなことがあったのが数ヵ月前。
そして乙女が学校に通い始めてから、学校では怪事件が頻発するようになった。

「ゔお゙ぉい!うぜえぞぉ!」
『鮫弥、右だ』
「死ねカス!」

破魔の札を張った竹刀を使って妖を切りまくりながら、納得する。
確かに乙女は京妖怪のトップだったのだと。
あいつが動くだけで多くの雑魚妖怪がわいてくるのだから、納得せざるを得なかった。

「人間襲いてぇなら、オレを倒してから行くんだなぁ!!」
『これだけ減らせば十分だろう。お主も帰って寝た方がいいぞ。昨日だってろくに寝とらんではないか』
「……ま、そうするかな」

乙女が入学してからと言うもの、乙女に勝手に着いてきたカス妖怪どもが、人間を手当たり次第に襲い始めた。
乙女が通学している以上は、結界を張るわけにもいかず、こうして夜中に学校に忍び込んでは、退治して回っている訳である。

「あ゙ー、妖怪の兄貴ってのも大変なんだなぁ……」
『別に、お主が他人のために戦う必要などないだろう?妖怪とは人を恐怖させる生き物だしなぁ』
「……あの雑魚どもは度が過ぎてんだろぉ。それに、乙女が学校に来られるようにお膳立てしたのも、通学を許したのもオレだぁ。間接的とはいえ、オレのせいで誰かが怖い思いをしてるなんて、寝覚めわりぃだろ」
『ふぅん』
「それに、たまにああして暴れておかねぇとストレス溜まって疲れるしなぁ」
『お主、そっちが本音だろう……』

呆れたような声で言う紫紺の言葉を、オレは聞こえない振りをしてそっぽを向いた。
でも正直、剣の丁度良い練習台になるかな、と思ってはいる。
まあ乙女はコイツらの事知らないみたいだし、気にせず切って行きたいと思う。
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