×ぬら孫

「どうすれば、式神融合の負担を減らせるのかな」
「そんなもの、慣れしかあるまい」
「……はあ。やっぱりそんだけかぁ」

初めての式神融合を試みたその日、オレはダウンしてしまって、その後一日中寝込んでしまった。
流石に色んな人に心配されて、乙女には『何を企んでいるのか知らぬが、急いては事を仕損じるぞ?』とまで言われた。
ごもっともです。
オレには何も言い返すことができなかった。

「……一部だけ融合して慣らしていく、とかは出来ねぇのかな?」
「む……うむ、出来るだろうなぁ。人式一体術は覚えているか?」
「ああ、あれなら出来そうだなぁ!」

人式一体とは、式神と体の一部を同化させて武器とする術である。
式神融合と人式一体の違う点は、協力関係か隷属関係か、というところだ。
人式一体は式神を『使う』という色合いが強いわけで、オレはあんまり好きじゃない。
紫紺は式神ではあるけれど、仲間とか相棒とか、そんな風に思っているから。

「ま、やるかぁ!」
「む、わかったぞ鮫弥」

スッと左腕を出すと、紫紺が手の甲に乗る。
呼吸を合わせると、次の瞬間にはオレの手は二の腕から爪の先に掛けてが獣のように固い毛が生えていた。
指から生える鉤爪は、きっと人の体など容易に引き裂くことだろう。

「……うーん、簡単に出来たなぁ」
『……だなぁ』

拍子抜けの結果に、二人揃ってうーむと唸る。
やっぱり、人式一体と式神融合じゃあ、話がちげぇんだろうな。

「やっぱりもういっぺん、式神融合してみねぇかぁ?」
「そうだなぁ」

と、意思の一致を確認して直ぐに、式神融合をしてみる。

「んじゃあ、紫紺、『式神融合』」

ぶわぁっと影が広がり、体に絡み付く。
前回ほどの気持ち悪さはない。

「っ……紫紺、頼むぞぉ」
『む、任せろ』

たぶん、オレが紫紺に身を委ねているから。
オレを押し流そうとする力の奔流に、逆らうことなく身を任す。
クラリと一瞬目眩がしたが、直ぐに立ち直り、ほうっと一息をつく。

「ん……上手く、いったか?」
『ああ、前回よりも負担が少ないし……これは数を繰り返せば直ぐに慣れるかもなぁ』
「じゃあ時間おいて繰り返すか。……なあ、このまま一回だけ、変化できるかぁ?」
『む……ならやってみるか。お前の変身したい人物を思い浮かべろ』
「りょーかい」

変身したい人物、か……。
誰だろうな……、よく知ってる人のが良いんだろうな。
ちょっと考えて……そしてふと、ある人物が思い浮かぶ。

「……できた」
『なら、ゆくぞ』

紫紺が言った途端、ゾワゾワと全身の毛が逆立った。
体が熱くなる。
……視線が高くなり、いつも視界に入ってくる銀髪が見えなくなったところで、自分の変化が完了したと覚った。

「……出来たか?……ああ?」
『……うむ、出来た。鏡を見てみろ』

発した声が酷く低くて、自分で驚く。
鏡を見て、オレは更に驚き、息を飲んだ。
そこにいたのは、身長は190にも届こうかという長身、傷跡だらけの顔、オールバックの漆黒の髪、怒りを抱えた真っ赤な瞳、掌の上に集中すると、コォオ、と独特の音を立てて炎が灯る。

「ザン、ザス……」
『……鮫弥、これ以上の変化はお主の体に負担が掛かる。融合を解くぞ』
「……ああ」

鏡の中のザンザスが、みるみる内に姿を変えて、オレの体は元に戻る。
体を襲った強い倦怠感に、思わず膝を付く。

「……式神融合をするとな、相手の感情を少しばかり読み取れるようになる」
「……そ、うか」
「お主の大切な男だったのだなぁ」
「ん゙……そう、『だった』」
「だった、のか」
「死んでしまった人だ。…………それに、今でも大切な男は、他にいるよ」

それだけ言って、オレはベッドに突っ伏して枕に顔を埋めた。
眠る気分じゃなかったが、体は貪欲に睡眠を求めている。

「鮫弥、お主は転生をした」
「……」
「もしやもすれば、これからも、二度三度と生と死を繰り返して、お主は長く生きるかもしれん。下手をすれば、我よりもな」
「……」
「その中で、いつかその男にも会えるかも知れない。こんな言葉、何の慰めにもなりはしないが、鮫弥、希望を持て。あまり思い詰め過ぎれば、いつかお主は、壊れてしまうぞ」
「……ありがとな、紫紺」
「……良いのだ、我が主の為だからなぁ」

湿った鼻を頬に擦り付け、紫紺はオレの顔の隣で丸まった。
鼻を啜る音と、小さな嗚咽が、部屋に漏れ響いていた。
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