×ぬら孫

「お主の陰陽術も、そろそろ技術的に信頼できる域にまで達した。身体的にも充分成熟したと言えるだろう。妖の年齢では、既に成人しとるしなぁ」
「!じゃあやっと……」
「式神融合を始める!」
「おお!」

パーティーで怪我をして帰ってきた翌日、紫紺はついにオレの式神融合にGOサインを出した。
待ちに待った時がついに来たのだ!
テンション上がるぜ!

「それとなぁ、お主が襲われたとき、直ぐに我が駆け付けられるように、我の体を紙か石かに、封印するべきだと思うのだ」
「封印?」
「例えば我がストラップに潜んでいたら、お主は常に持ち歩けるし、お主の危機に直ぐに反応できるだろう?」
「おぉ、なるほどなぁ」

確かに、そうなればとても便利である。

「まあまずは我を封印してみろ!」
「……でも、良いのか?そこまでお前の事を束縛したりして」
「ふん、お主に名を付けられた時点で、充分縛られておる。今更封印がなんだ」
「んー、そこまで言ってくれるんなら、遠慮なくやるぜぇ」

と、言うわけで、オレは取り合えず紫紺を封印することにしたのだった。
……あ、でもどこに封印すればいいんだ?
紙にしろ石にしろ、ここには紫紺を封印するのに見合うようなものはない。

「封印はこの石にしろ」
「ん?……それ、お前が人間に化けたときに根付けに付いてた……」
「昔、旧い友人にもらった呪避けの石だ。この石ならば、我を封印するのにも堪えられよう」
「そんなすごい石だったのか……。そんなもん誰にもらったんだぁ?」
「ちょっとは名の知れた陰陽師よ。ま、死んだ人間だ。お主が気にすることではない」
「……ふぅん」

そんな言い方をされてしまうと、ちょっと妬けてしまう。
こいつも、オレ以外の人間と仲良くしてたんだな……。
紫紺に、オレの知らない何百年を匂わされると、こいつの事全然知らないんだな、って思ってちょっと寂しい。

「さあほれ、早く封印してみろ」
「……んー」

気のない返事を返したけど、紫紺にとっても、オレにとっても、大事なことだし、この石は紫紺にとっても大事な物なんだろうから、慎重にやらねぇとな。
オレはまず、机の上に筆と墨、そして呪避けの石を用意する。
そして墨の上で指を少し切り、中に血を混ぜた。
その特別製の墨を使って、小さな石の上に紫紺の名前を記す。
そしてオレの額と、紫紺の額に1滴だけ血をつける。

「『紫紺』『彼の名を持つ者を』『此の石へと』『封ずる』」
「了承した。主たる鬼崎鮫弥の言に従い、我は此の石へと封ぜられよう」

儀式はごくごく、簡単なものである。
もう既にオレと紫紺の間には、主従関係が結ばれていると言うのも一因だけど、オレの血を混ぜたことや、石自体が力を持っていることも理由である。
そして紫紺の言葉が途切れた途端、石が仄かに光を放つ。
カァッと熱くなる額を眉をしかめて堪える。
紫紺の額も仄かに輝いて、その小さな体は黒い石と同化して溶けて消えていく。

「……出来た、のか?」
『……ああ、出来たようだなぁ』

紫紺が元いた場所には何もおらず、黒から紫紺色に変化した石の中から、頭の中に直接話し掛けられているような、少し響く紫紺の声が聞こえる。
どうやら成功らしい。
そして再び、声だけの紫紺がオレに指示を飛ばした。

『よし!では早速式神融合を試すぞ!』
「え、このまま進むのかぁ!?」
『我を呼び出すと同時に融合だ!』
「お、おーけー!」

オレは紫紺を呼び出し、そして唱えた。

「紫紺!『式神融合!!』」

シルシルと、石から沸き出すように紫紺の影が現れる。
そして次の瞬間、その影はオレの背中へと絡み付いてきた。
異物が無理矢理、体の中に捩じ込まれるような感覚を覚え、思わず拒否しそうになる。

「っ……紫紺!」
『安心しろ。お主なら出来る。大丈夫だ』
「っああ……!」

ぐるぐると目が回る。
でも紫紺が大丈夫、なんて言うから、オレも、それに答えなければならないと思った。
……『大丈夫だ』という、その物言いは、アイツの声を思い出させて、体が、震えた。

「ぐっ……!うぅっ……!!」

一瞬、目の前が真っ赤に染まる。
次は黒。
銀、藍、白、青、……群青色……。
チカチカと点滅する色に、思わず倒れそうになる体を、足を踏ん張って何とか支えた。

「はあっ……はっ……!」
『む……上手く、融合できたようだが……。やはり負担が大きいなぁ』

少しして紫紺の声がして、オレは荒く息を吐きながら自分の体を見下ろす。
爪が、いつもよりも鋭い。
まるで獣の爪……。
手の甲には所々に狐色の毛が生えている。
目の前の鏡を見ると、青白いオレの顔と、頭の上でピクピクと動く獣の耳がある。

「……紫紺、これは?」
『成功だ。お主は今、体の半分に妖を宿しているのだ』
「……今のオレには、何が出来る?」
『ふむ……、お主と我の知っている人や物に化ける事が出来るだろうなぁ。もう少し上手く出来るようになれば、化けた奴の技も、使えるようになるだろう』
「な……なるほど」

それは便利な能力である。
だが、こうも負担が大きくちゃ、使う前に、ぶっ倒れる。
オレは何とかベッドに倒れ込むと、紫紺との融合を解除した。

「……鮫弥?」
「ちょっと……休ませろ……」
「……ああ、ゆっくり休め。やはり始めは、肉体への負担が大きいだろうからな」

体が元に戻った事を認識し、オレはあっという間に眠りに落ちた。
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