×ぬら孫
「生意気な面をした餓鬼だ」
目の前に立った壮年の男にそう言われた。
男から漂う妖気。
独りぼっちの薄暗い廊下。
こんなシチュエーション、昔にもあったような気がする……。
そう、あの鋏男、もとい、茨木童子と遭遇したあの時のような……。
「だがあの羽衣狐の『お気に入り』だ。羽衣狐の前じゃ、手は出せねぇなぁ?」
「だからわざわざ、羽衣狐様のいないこの場所に、オレを連れてきたと言うのか?」
「どうでも良いんだけど、オレもう行って良いか?あんまり遅くなると祖父に心配掛けちまうしよぉ」
「ガキは黙ってろ」
「……」
休日の夜、金持ちの道楽(と書いてパーティーと読む)に招待されたオレは、新品のタキシードに身を包んでいた。
京都郊外の豪奢な洋館で行われているパーティーには、結構な人数が集まっている。
オレを挟むように立っている二人の男の内一人は、昔襲われたことのある茨木童子。
もう一人の男は……
「我が名は、鬼童丸。大した恨みはないが、貴様にはここで死んでもらおう」
「話が突飛すぎて理解できないな。悪いがその話は一旦保留と言うことで……」
「テメーが理解する必要はねぇんだよ。さっさと死にな」
「ゔおっ!?数年前と変わらず一方的だなゔお゙ぃ!?」
数年前、自宅にてオレは茨木童子に襲われたのだが、今回は見知らぬ洋館で、二人の敵に襲われている。
オレが何をしたと言うのだろう。
思わず遠い目をしそうになるが、そんな暇はない。
タキシードがすげぇ動きづらいが、加えてろくな武器も持ってはいないが、もうこうなったらやるしかないだろう。
オレは普段から持ち歩いている武器を取り出し、茨木童子に切りかかった。
「なっ……!その武器は!!」
「数年前テメーから剥いだ……もとい、頂戴したモノだぁ」
数年前に奴に襲われたとき、奴から取り上げた鋏を、そのまま頂戴していたのだ。
鋏くらいならオレが持っててもそんなに目立たねぇし、結構頑丈だから役に立つんだよな、これが。
「茨木童子、貴様……こんな餓鬼に武器を取られた上に、逃げられたのか……」
「う、うるせぇ!コイツは普通と違う……化け物なんだよ!」
「妖怪に化け物呼ばわりはされたくねぇんだがな……」
失礼な奴である。
だが奴が驚いてくれたお陰で、挟み撃ちの状況からは逃れられた。
オレだってあの後、何もしないでいたわけではない。
それなりに成長しているのだ。
「テメーらがやる気だって言うなら、相手してやらぁ……。掛かって来なぁ、オッサン」
「だぁれぇがぁオッサンだゴルァァア!!」
「おい、熱くなるな茨木童子!」
鬼童丸って奴は止めているが、あの時と違って初めから全力で掛かってきてる分、大分ましだと思うぜ?
着物姿で、長い日本刀を二振り、柄に近いところで交差させて、デカイ鋏のようにして襲い掛かってくる。
その刀や体の後ろに浮いている変な輪っかに、雷撃を帯びた茨木童子の攻撃が届くギリギリまで引き付け、直前で横に避ける。
電撃は全て雨の炎でガードし、攻撃で出来た隙をついて、奴の脇を鋏で斬りつける。
しかしオレの攻撃もまた、防がれた。
鬼童丸という男がその日本刀で鋏を弾き飛ばす。
体勢まで崩されないように、弾かれた鋏はさっさと手放し、目の前に迫る刀の腹に、嵐の炎を纏った手を押し付けた。
「なっ……!?刀が塵に……!」
「クソがっ!また妙な妖術を使いやがって……!」
「妖術……悔しいが否定しきれねぇな」
この世界じゃオレしか使えねぇし、妖術っちゃ妖術なのかもしんねぇけど。
でも『あの頃』は皆、当たり前のように使ってたから、何だか複雑な気分だ。
「わりぃがここで簡単に死ぬわけにゃいかねぇんだぁ。あんたらも、死にたくなけりゃ、退け」
「……はっ、とことん舐められたもんだな。おい、鬼童丸。テメーまさか、このまま退くなんざ言わねぇだろうなぁ?」
「……おい小僧、貴様のその力、何が為に使う」
「あ゙あ?」
「その力を羽衣狐様、そしてやがて生まれ来る『鵺』の為に振るえるかと聞いている」
「……『鵺』?」
嵐の炎により、半分が塵と化し、最早使い物にならなくなった刀を鞘に納め、鬼童丸は聞いてきた。
『鵺』……どこかでその名を聞いたことがある気がする。
「『二条城の鵺ヶ池』……。そこで、その『鵺』は生まれるのかぁ?」
「!どこでそれを?」
「……誰が言うかよ。それになぁ、オレはオレがやりたいようにするぜぇ。乙女を守りたいと思えば、そのように行動する、間違ってると思えば、例え乙女だろうと戦って止める」
兄妹として、その行動が正しいことなのかわからないし、妖怪と人間は価値観が違うから、アイツにとっちゃいい迷惑かも知れないけど、な。
鬼童丸はその鋭い眼光を一瞬逸らし、そして次の瞬間には再び、刀の柄に手を掛けていた。
「……そうか、それは…………残念だ」
鬼童丸から物凄い圧力を感じ、オレはハッと表情を引き締めた。
これは……畏!
まずいと思ったその瞬間には、鬼童丸とその武器が眼前に迫っていた。
咄嗟に出し得る限りの炎を出して纏い、後ろに跳んで避けながら、鋏で刀の軌道を辛うじて逸らす。
刀は米神を皮1枚裂き、鋏を持つ手の甲を掠め、太股を斬りつけて、通り過ぎていった。
「ぐっ……ぅ!」
「……仕留められず、か。思ったよりも固いな……」
流れる血もそのままに、急いで振り返る。
鬼童丸の刀は遂に刀身の全てが崩れ落ち、オレの持つ鋏もボロボロで、今にも崩れ落ちそうになっていた。
米神の傷から垂れる血を雨の炎で止血し、持っていた鋏を捨ててもう2本懐から鋏を取り出す。
茨木童子に不意打たれないよう、二人を視界の中に入れるために距離を取る。
「……ふん、これ以上暴れれば人が来るか。茨木童子、帰るぞ」
「はあ!?」
「目立つことは良策ではない。……小僧、貴様が我らの邪魔にならない内は目をつぶってやる。だが次に我らの前に立ちはだかったとき、二度と容赦はせん」
「はっ……、言うじゃねぇか。……次に会うときまでには、テメーら纏めてぶっ倒せるくらいの実力をつけといてやる。覚悟しておけぇ」
嫌がる茨木童子を、鬼童丸がズルズルと引き摺って連れていき、やっと緊張の場面は終わりを告げた。
傷を拭う。
ああ、くそっ。
ハンカチが血塗れだ。
破れた服をソーイングセットを出して雑に縫い、怪我をした箇所も含めて幻術で隠した。
……うん、一般人になら、多分ばれねぇだろ。
そしてパーティーは無難にやり過ごし、家に帰った後に紫紺に一時間くらい説教された。
勝手に怪我するなって言われて、心配なら素直にそう言えって言ったら、余計に説教時間延びたんだけど、オレ何か悪いこと言ったか?
目の前に立った壮年の男にそう言われた。
男から漂う妖気。
独りぼっちの薄暗い廊下。
こんなシチュエーション、昔にもあったような気がする……。
そう、あの鋏男、もとい、茨木童子と遭遇したあの時のような……。
「だがあの羽衣狐の『お気に入り』だ。羽衣狐の前じゃ、手は出せねぇなぁ?」
「だからわざわざ、羽衣狐様のいないこの場所に、オレを連れてきたと言うのか?」
「どうでも良いんだけど、オレもう行って良いか?あんまり遅くなると祖父に心配掛けちまうしよぉ」
「ガキは黙ってろ」
「……」
休日の夜、金持ちの道楽(と書いてパーティーと読む)に招待されたオレは、新品のタキシードに身を包んでいた。
京都郊外の豪奢な洋館で行われているパーティーには、結構な人数が集まっている。
オレを挟むように立っている二人の男の内一人は、昔襲われたことのある茨木童子。
もう一人の男は……
「我が名は、鬼童丸。大した恨みはないが、貴様にはここで死んでもらおう」
「話が突飛すぎて理解できないな。悪いがその話は一旦保留と言うことで……」
「テメーが理解する必要はねぇんだよ。さっさと死にな」
「ゔおっ!?数年前と変わらず一方的だなゔお゙ぃ!?」
数年前、自宅にてオレは茨木童子に襲われたのだが、今回は見知らぬ洋館で、二人の敵に襲われている。
オレが何をしたと言うのだろう。
思わず遠い目をしそうになるが、そんな暇はない。
タキシードがすげぇ動きづらいが、加えてろくな武器も持ってはいないが、もうこうなったらやるしかないだろう。
オレは普段から持ち歩いている武器を取り出し、茨木童子に切りかかった。
「なっ……!その武器は!!」
「数年前テメーから剥いだ……もとい、頂戴したモノだぁ」
数年前に奴に襲われたとき、奴から取り上げた鋏を、そのまま頂戴していたのだ。
鋏くらいならオレが持っててもそんなに目立たねぇし、結構頑丈だから役に立つんだよな、これが。
「茨木童子、貴様……こんな餓鬼に武器を取られた上に、逃げられたのか……」
「う、うるせぇ!コイツは普通と違う……化け物なんだよ!」
「妖怪に化け物呼ばわりはされたくねぇんだがな……」
失礼な奴である。
だが奴が驚いてくれたお陰で、挟み撃ちの状況からは逃れられた。
オレだってあの後、何もしないでいたわけではない。
それなりに成長しているのだ。
「テメーらがやる気だって言うなら、相手してやらぁ……。掛かって来なぁ、オッサン」
「だぁれぇがぁオッサンだゴルァァア!!」
「おい、熱くなるな茨木童子!」
鬼童丸って奴は止めているが、あの時と違って初めから全力で掛かってきてる分、大分ましだと思うぜ?
着物姿で、長い日本刀を二振り、柄に近いところで交差させて、デカイ鋏のようにして襲い掛かってくる。
その刀や体の後ろに浮いている変な輪っかに、雷撃を帯びた茨木童子の攻撃が届くギリギリまで引き付け、直前で横に避ける。
電撃は全て雨の炎でガードし、攻撃で出来た隙をついて、奴の脇を鋏で斬りつける。
しかしオレの攻撃もまた、防がれた。
鬼童丸という男がその日本刀で鋏を弾き飛ばす。
体勢まで崩されないように、弾かれた鋏はさっさと手放し、目の前に迫る刀の腹に、嵐の炎を纏った手を押し付けた。
「なっ……!?刀が塵に……!」
「クソがっ!また妙な妖術を使いやがって……!」
「妖術……悔しいが否定しきれねぇな」
この世界じゃオレしか使えねぇし、妖術っちゃ妖術なのかもしんねぇけど。
でも『あの頃』は皆、当たり前のように使ってたから、何だか複雑な気分だ。
「わりぃがここで簡単に死ぬわけにゃいかねぇんだぁ。あんたらも、死にたくなけりゃ、退け」
「……はっ、とことん舐められたもんだな。おい、鬼童丸。テメーまさか、このまま退くなんざ言わねぇだろうなぁ?」
「……おい小僧、貴様のその力、何が為に使う」
「あ゙あ?」
「その力を羽衣狐様、そしてやがて生まれ来る『鵺』の為に振るえるかと聞いている」
「……『鵺』?」
嵐の炎により、半分が塵と化し、最早使い物にならなくなった刀を鞘に納め、鬼童丸は聞いてきた。
『鵺』……どこかでその名を聞いたことがある気がする。
「『二条城の鵺ヶ池』……。そこで、その『鵺』は生まれるのかぁ?」
「!どこでそれを?」
「……誰が言うかよ。それになぁ、オレはオレがやりたいようにするぜぇ。乙女を守りたいと思えば、そのように行動する、間違ってると思えば、例え乙女だろうと戦って止める」
兄妹として、その行動が正しいことなのかわからないし、妖怪と人間は価値観が違うから、アイツにとっちゃいい迷惑かも知れないけど、な。
鬼童丸はその鋭い眼光を一瞬逸らし、そして次の瞬間には再び、刀の柄に手を掛けていた。
「……そうか、それは…………残念だ」
鬼童丸から物凄い圧力を感じ、オレはハッと表情を引き締めた。
これは……畏!
まずいと思ったその瞬間には、鬼童丸とその武器が眼前に迫っていた。
咄嗟に出し得る限りの炎を出して纏い、後ろに跳んで避けながら、鋏で刀の軌道を辛うじて逸らす。
刀は米神を皮1枚裂き、鋏を持つ手の甲を掠め、太股を斬りつけて、通り過ぎていった。
「ぐっ……ぅ!」
「……仕留められず、か。思ったよりも固いな……」
流れる血もそのままに、急いで振り返る。
鬼童丸の刀は遂に刀身の全てが崩れ落ち、オレの持つ鋏もボロボロで、今にも崩れ落ちそうになっていた。
米神の傷から垂れる血を雨の炎で止血し、持っていた鋏を捨ててもう2本懐から鋏を取り出す。
茨木童子に不意打たれないよう、二人を視界の中に入れるために距離を取る。
「……ふん、これ以上暴れれば人が来るか。茨木童子、帰るぞ」
「はあ!?」
「目立つことは良策ではない。……小僧、貴様が我らの邪魔にならない内は目をつぶってやる。だが次に我らの前に立ちはだかったとき、二度と容赦はせん」
「はっ……、言うじゃねぇか。……次に会うときまでには、テメーら纏めてぶっ倒せるくらいの実力をつけといてやる。覚悟しておけぇ」
嫌がる茨木童子を、鬼童丸がズルズルと引き摺って連れていき、やっと緊張の場面は終わりを告げた。
傷を拭う。
ああ、くそっ。
ハンカチが血塗れだ。
破れた服をソーイングセットを出して雑に縫い、怪我をした箇所も含めて幻術で隠した。
……うん、一般人になら、多分ばれねぇだろ。
そしてパーティーは無難にやり過ごし、家に帰った後に紫紺に一時間くらい説教された。
勝手に怪我するなって言われて、心配なら素直にそう言えって言ったら、余計に説教時間延びたんだけど、オレ何か悪いこと言ったか?