×鰤市

「──つまり、あの技を使った代償に、いまの君は戦闘能力どころか、まともに動くことはおろか、声を出すことも出来なくなってしまった、ということか」
【そう】
スケッチブックの上に長々と並ぶ文字を読み終えて、納得したようにそう言った石田に、オレはページを捲って肯定の言葉を見せる。
先程オレが転けたのを見て、動くのは危険だと言うことになり、結果としてオレはベッドに戻り、クラスメイト達はその周りを取り囲むようにして座ったり立ったりしている。
その中に一人だけ、肩身が狭そうに身を縮めて、雛森桃が座っている。
【技とかいろんな説明、喋れるようになってから】
「……今すぐにでも聞かせてもらいたいことだけれど、しゃべれない状態じゃ、確かに大変だろうしね。声が出るようになったら、僕達と……死神の人達に説明をしてくれ」
【OK】
石田は淡々としていた。
あの戦いを見て、当たりがきつくなるかもと考えていたが、どうも杞憂だったらしい。
何を考えているかまではわからなかったが、過度な警戒や、疑心は感じられなかった。
チャドは、何と声をかければいいか、悩んでいるらしかった。
結局その場では一言も声をかけずに、石田の後を追うように病室から消える。
黒崎は来ていなかった。
重傷を負って倒れていたはずだから、まだベッドから抜け出せないのだろう。
さて、井上は、何故か二人を追わず、オレの元に残っていた。
「……あのね、私ずっと、スクアーロ君のこと、お兄ちゃんみたいだなぁって、思ってたの」
突然言われたことを、一瞬遅れて理解して、首をかしげた。
お兄ちゃんみたい、というのは、少し意外だ。
常日頃から、粗野で乱暴な言葉遣いをあえて選んですることが多いから、そういった感想を言われることは、少ない。
「尸魂界に入ってから、なかなかスクアーロ君に会えなくて、怪我してないかなとか、隊長の人達も倒しちゃってるのかなとか、いろいろ考えてたの」
「……」
ちらりと雛森を窺う。
特別不快感は見えなかったが、ただぼんやりとした表情で、井上のことを見つめていた。
「本当は、すごくすごく強かったって事も、一緒にいた人の事も、私たち、なんにも知らなかったんだなー、って」
【怒ってる?】
「……ちょっとだけね」
えへへ、と眉を下げて笑いながら言う姿は、怒ってるというよりはどこか寂しそうに見える。
寂しさを感じるほどには、彼女は自分を信じてくれてたということで、けれどそれに対して、オレが返せるものはきっと、あまりにも少ない。
いつもよりも重たい腕を伸ばして、その栗色の髪に触れた。
長く、さらさらと指の間を滑っていく髪の下で、同じ色の瞳が心地良さそうに蕩けている。
「スクアーロ君の手、お兄ちゃんみたいで、私大好きだな」
彼女が、黒崎に抱く心とは別の『すき』。
オレがあの男に知らされた気持ちとは別の想い。
深く暖かな親愛の情が、ゆっくりと染みてくるようだった。
「だからやっぱり、ちょっと……けっこう怒ってるの」
伸ばした手を、井上の手が絡めとる。
自分の女としては些かゴツい手とは違い、柔らかく、細い、小さな手が、労るように指を包み込む。
「女の子だったって、卯ノ花さんに聞いたよ」
「あ……」
そういえばと、言わんばかりの目が雛森から向けられる。
そりゃあ、こう丁寧に治療されてれば当然、そんなことはバレてしまっているか。
「だからね、だから、また、私と友達になって?今度は、たつきちゃんとか、千鶴ちゃんとか、皆とたくさんお話ししようよ!きっとみんな驚くだろうなぁ」
怒ってると言うくせに、その瞳はあまりにも優しい。
言葉を持たないオレは、ただひとつだけ頷いて、自分にできる精一杯の、優しそうな笑顔を返した。
「今日から、また宜しくね!スクアーロちゃん!」
けれど、その予想外の愛称には、流石に笑みがひきつってしまう訳である。
【くん、でいい】
「だめ!もう決めたんだから!」
くすくすと忍び笑いが漏れる。
二人の住人には少し広い病室に、先程よりも安らいだ空気が広がっている。
結局戻してはもらえなかった愛称は不服だが、そのお陰で雛森の沈んだ表情を少しだけ晴らせたのは、悪くなかったのかな。
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